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アポカリプスの庭で-6




 アキが手招きをする。

 身を低くして僕とジャニスがクルマに近づくと、アキは優しく微笑んだ。


「用心深さは合格ね、ジョン。玄関ホールに、クリーチャーはいないわ」

「このくらいの声なら、話して平気なのか」

「でも、廃墟では出来るだけ口数は減らして、声も潜めてね」


 声を出さずに頷く。

 アキは満足気にまた微笑み、割れた窓から運転席を覗き込んだ。


「目盛り1つもないけど、ガソリン抜いちゃって。ジャニス。こっち来てからはクルマの残骸をあまり見かけないから、これだけでも貴重だわ」

「了解。今回は見学な、ジョン」

「なるべく動かず、新しきモノが来ないか見張る。それでいい?」

「上等の答えさ。頼んだよ」

「うん」


 ひしゃげたドアの隙間に手を入れ、アキが何かを操作する。

 するとジャニスの目の前のフタが小さな音を立てて開き、僕にはわからない作業を始めた。

 目盛り1つもない、そう言われた時点でジャニスはポリタンクを1つだけ下ろし、フタを開けてポンプの先をすでに入れている。

 もう片方をクルマに差し込むと、ジャニスは小さなスイッチを押した。


「臭うでしょう、ジョン」

「うん。これが・・・」

「ガソリンが気化した臭い。この臭いがしたら、火気厳禁よ」

「わかった」


 パーティーに入ったのだから、覚えなくてはいけない事がたくさんあるのだろう。

 新しい事を知る。僕はそれが何より好きだ。

 迷惑はかけるだろうけど、1つ1つ覚えていけば僕も役に立てるはずだ。

 いつか。


「もう空だ。ポリタン1つにもなんねえなんてな」

「手に入っただけマシよ。このクルマの持ち主は、ガス欠が近いからここに突っ込んだのね。それより、後部座席は見た?」


 ガソリンを抜いた部分のフタを閉じながら、ジャニスがニヤリと笑う。


「当然だ。割れてるのも多いが、酒のビンや缶詰がゴロゴロしてらあ」

「この車の持ち主、火事場泥棒でもしてて逃げ遅れたみたいね。市庁舎なら食料の備蓄もあっただろうから、ここさえ破られなきゃ救助を待てたでしょうに」

「なら、軍の突入はなかった?」

「いいえ。階段の手前に迷彩服のガイコツが見えるわ。武器は、・・・なさそうね」

「ジョンにアサルトライフル。せめてボルトアクションライフルくらいは欲しいのにな」

「まだチャンスはあるわよ。行きましょう」

「ああ」


 アサルトライフル。それにボルトアクションライフル。

 いつかそれらを目にする機会もあるのかな。思いながら、アキに続いて階段を目指す。

 ポリタンクとそれ用のキャリアーはここに置いて行って、後で持ち帰るようだ。


「これよ。階段の警戒をお願い、ジャニス」

「了解」


 アキがガイコツに手を合わせる仕草をしたので、僕も真似ておく。


「服の下かな。・・・あった。軍事用デバイス。通信、地図表示は機能停止。うーん。やっぱりしばらくはこの無線機を手放せないわね」

「僕のキャリアーに入れればいい、アキ?」

「これは私のアイテムボックスに入れておくわ。軍用だから丈夫だけど、これ以上壊れたら大変だし」

「アイテムボックス?」

「私だけが使える大きなバックみたいな物よ。他の人には見えないから、高価な物はそこね。日本刀も、今はアイテムボックスの中よ」


 言われて気づいたが、アキがバスで出した日本刀がない。

 便利なバックもあるものだ。


「銃はないね」

「あったけど生き残りが使ったんでしょうね。サイドアームのハンドガンすら剥ぎ取られてなくなってるわ。廃墟ではガイコツを見かけたら、周りを注意深く見回すといいわよ、ジョン。銃がある可能性があるから」

「わかった」

「・・・この臭い。来るわよ、ジャニス!」

「任せろっ!」


 ジャニスが腰を落とす。

 新しきモノが来たのだ。僕も、拳銃を抜いた。


「ってなんだ、ただのゾンビじゃねえか。ジョン、撃てっ!」


 灼かれしモノ。

 クルマからはだいぶ離れたので、撃ってもいいのだろう。

 いつもの拳銃を眉間に撃ち込むと、灼かれしモノはあっさり倒れた。活きが悪いのは、倒すのが楽でいい。


「これなら楽そうだねえ」

「まだゾンビしかいないって決めつけるには早いわよ、ジャニス」

「わかってるって。何してんだ、ジョン?」

「ナイフを持って来てないから、灼かれしモノのポケットを切れない。何か代用できる物はないかなって」

「ゾンビのポケットなんて漁らなくていい。さっきのクルマの中は見ただろ?」

「いやらしい本とお酒。それに缶詰がたくさんあった」

「あれを売るだけで10日は遊んで暮らせるんだ。ゾンビのポケットなんかシカトだよ、シカト」

「・・・わかった」


 もったいない気がするけど、ジャニスの判断に従う。

 このままこの階段で上に行くらしい。

 日本刀を腰に装備したアキが、鼻をヒクつかせながら階段を上がっていく。

 次からは、僕もナイフを忘れないようにしよう。ガソリンのせいで銃が使えない状況が考えられるなら、素手で灼かれしモノを殴るよりはいいはずだ。


「風が上から来たけど、腐敗臭だけで獣臭さが微塵もない。本当にゾンビしかいないのかも。こっちはスカベンジャー・ハントをする人が少ないから、こんな楽勝の廃墟がまだまだあるのね。驚きだわ・・・」

「ドルをたんまり稼いでから帰ろうぜ。LAに豪邸を買って、好きな事をして暮らす。遊びに飽きたら、スカベンジャー・ハントに出るんだ。ピッカピカの戦闘車両でさ」

「50万ドルで売りに出てたアレ?」

「ああ。機銃が2つも付いててよ。エンジンもかなりのブツだって話だ。・・・運転してみてえなあ」

「機銃はカレンと、射撃は苦手だけど私よね。ジョンは?」

「助手席でアタシにタバコを咥えさせたり、肩を揉んだりだな。タバコはジョンが吸って火を点けたのを、アタシに咥えさせるんだ」

「わかった。次からそうする」

「マジかっ!?」

「本気にしないの、ジョン。はいはい言う事を聞いてたら、どんどん要求がエスカレートするわよ」


 エスカレート。


「・・・死ねとか言う、ジャニス?」

「誰が言うか。せいぜいキスとか添い寝くらいだよ」

「そんなの、昨日もしたし」

「え?」

「・・・は?」

「寝てる時、ずっとジャニスとアキがくっついてた」

「キ、キスなんかしてないはずよね?」

「寝てたら、カレンが何回かキスして運転席に戻った。暗視ゴーグル? あれがちょうど目に当たるから痛くて」

「あんのアマ・・・」

「抜け駆けは禁止って言ったのに・・・」


 ベレッタという名前らしい拳銃だけでなく、32口径というのも抜く。

 ミルクレイプ・チェインソウの部下は、銃の後部にある部品を親指で押し下げてからこれを撃っていた。

 固い。

 それでも力を入れて押すと、それは動いた。


「ジョンが32口径を抜いたらゾンビが来た。・・・違うわね。ジョン、なんでゾンビが接近してるのがわかったの?」

「アキと同じ、臭いで。32口径っていうの、撃ってみていい?」

「そうね。この廃墟は初心者のレベル上げには最適だわ。弾はたくさんあるから、どんどん倒しなさい」

「わかった」


 僕は出くわした事がないが、灼かれしモノは集落や街をたまに襲いに来るらしい。やはりこんな姿になっても、屋根のある場所で暮らしたいのか。


 パァン!


「お見事。本当に射撃の腕がいいわねえ」

「お、おいアキ。ジョンは32口径を初めて撃ったんだろ。しかも廊下の端から出て来るゾンビの接近に気がついて、その眉間にここから銃弾を撃ち込むなんて・・・」

「凄いでしょ、ジョンの腕は」

「・・・まさか、同類か?」

「さあ。それは軍事用デバイスの判断を待たないと、なんとも言えないわ。この状態だと予想通り、ニコイチ修理じゃ済まないゴコイチ修理くらいかな。そこからデータの蓄積を待つから、答えが出るのは早くて夏の終わりかしらね」

「値が張っても、西海岸で可動品を買っとくんだったな・・・」

「だね。賢者サマのお告げなんだから、そうするべきだったかも」


 なんの話かはわからないが、臭いからして灼かれしモノはまだまだいる。


「えっと、軍事用デバイスを探しながら灼かれしモノを倒すの? それとも、灼かれしモノを倒しながら軍事用デバイス探し?」

「軍事用デバイスを探しながら、よ。まずは正面の部屋からね」

「なら僕は役に立たないなあ。でも、わかった」


 ドアを開ける。

 窓は廊下にしかないので、部屋の中は暗い。

 両手に拳銃をぶら下げながら、荒れ果てた室内にガイコツを探す。


「アロハシャツのガイコツが1つ。次ね」

「うん」

「待ちな、ジョン」


 ジャニスに呼び止められたので足を止めると、背中のキャリアーに何かを入れる音がした。

 重さはほとんど変わらない。ただ、動くと音が出そうなので、歩き方に工夫が必要かもしれない。


「売れる物の見分け方は、ゆっくり覚えればいいさ」

「うん。どんどん入れて」

「持ち帰れる量には限りがある。だから、なるべく高く売れる物を選ぶんだよ。なんでもかんでも入れてたら、バスが遺物に埋もれちまうって」

「・・・なるほど。アキ、次は?」

「あー、右の部屋にしよっか」

「わかった」


 次の部屋も、その次の部屋にも、軍事用デバイスはなかった。

 キャリアーに入れられる荷物だけは増えたが、銃は1つも発見できない。


「おかしいわねえ」

「軍人のガイコツが異常に少ねえもんな」

「1階のコンバットスーツはボロボロだったから、ここはそれなりの激戦区だったはず。それなのに軍人の遺体がないなんて」

「こんなに広い手付かずの廃墟なんて、この先また見つけられるとは思わねえ。根こそぎいただかねえか、何日かかけてさ?」

「街渡りの客を乗せるスペースがなくなるけど、それはそれでいいかもね。西海岸を出てから乗せたお客さんの半分以上は、途中で強盗になったし」

「だろ。ジョン、3つの部屋に戻るぞ。まだ売れる物は多くあったんだ」

「わかった」


 3部屋を回り直すと、それだけで僕の背負うキャリアーはいっぱいになってしまった。


「これじゃクルマの中の物が」

「あれくらいなら、私のアイテムボックスに入るわ。行きましょう。バスに戻って、少し早いお昼ご飯。それからジャニスとカレンが見張りを交代して、またスカベンジャー・ハントよ」

「・・・お昼ゴハン?」

「食事は1日3回に決まってるじゃない。中じゃ違ったの、ジョン?」

「1回が普通。僕はいつも夜だけ」

「呆れた。栄養をたくさん摂取しないと、大きくなれないわよ。胃が慣れるまでは苦しいかもしれないけど、毎食ちゃんと食べましょうね」

「うん。パンっていうの、美味しかったな」

「まだあるから、お昼にも出すわ」

「楽しみ」



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