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アポカリプスの庭で-4




 酷い目に合った。

 僕が気持ち悪くなったのは乗り物酔いというもので、初めてバスに乗ったなら仕方がないと3人は言ってくれた。

 もう近くで寝るかとジャニスは言ってくれたが、水を飲んでいたら落ち着いたので構わずに進んでもらう。

 屋根に乗っていたカレンから、廃墟を見つけたと合図が来たのはついさっき。

 それでこの辺りで夜を明かすと決まったのだ。

 バスの運転席がある方は座席が最小限しかなくて、その後ろに寝るための広いスペースがある。そこに寝転がった僕は毛布をかぶっているのだが、どうにも落ち着かない。


「ううん・・・」


 耳に当たる吐息。

 アキだ。

 くすぐったいので頭を動かすと、柔らかいものにぶつかる。


「ヒマな時に好きなだけ揉ましてやっから、今は寝てろ。ったく、エロガキが・・・」


 別に揉みたくない。

 そう呟いたらジャニスに小突かれ、そのまま胸に頭を抱え込むようにされる。

 苦しいのでやめて欲しいが、仮眠を取ったらそのまま朝から廃墟に入るらしい。少しでも体を休めておかなければ。

 いっそ運転席で見張りをしているカレンと、朝まで話してようか。そんな事を考えながら、僕は都合よくちょうど訪れてくれた睡魔に身を委ねた。


「起きろ。起きろってば、ジョン。廃墟に行きたくねえのか、おい!」

「眩しい。・・・起きた」

「朝だからな。起きたんなら顔を洗いに行くぞ」

「水場があるの?」

「汲んである水があるんだよ。ほら、起きた起きた」


 身を起こして立ち上がろうとすると、小さな唇が目の前にあった。


「えっと、カレン?」


 こんな顔をしてたのか。夜はずっと暗視ゴーグルとかいうのをしてたから、わからなかった。

 かわいらしい、そう表現するべき顔立ちなんだろう。


「惜しい。寸止め」

「なに、どうしたのカレン?」

「これ」


 カレンが差し出したのは、動物の革で作られたベルトのようなものだ。

 受け取ってみると、2つある。


「ホルスターか。ちょうどいい。着替えを持って着いて来な、ジョン」

「もう1つは朝ゴハンの時までには」

「わかった」


 バスでの寝泊まりも、廃墟の探索も、僕だけが経験のない事だ。経験者のジャニスの言う通りにしようと、ザックを開ける。

 下着。靴下。シャツ。


「ズボンも、ジャニス?」

「当たり前だ」

「わかった」


 これからの季節は暑くなるので、上着はいらないだろう。

 ジャニスとバスを降りると、アキが焚き火で何かを焼いていた。


「おはよう、ジョン」

「おはよう」

「これ、ジョンのタオルと歯ブラシね。歯磨き粉は共用。掃除とお洗濯は当番制だけど、慣れるまではやらなくていいわ。あ、服やタオルは毎日交換してね。清潔に暮らす。それが数少ない私達のルールよ。いい?」

「いいけど、歯ブラシって何?」

「・・・そこからなのね。ジャニス、ちゃんと教えてあげて」

「あいよ。こっちだ、ジョン」


 ジャニスが立っているのは、バスの屋根に上るためのハシゴの前だ。

 昨夜は暗くて見えなかったが、屋根には大きな箱のような物やたくさんの荷物が載せられている。


「少し離れた場所に着替えやタオルを置いて、服を脱いでからここに来るんだ」

「何をするの?」

「水浴びさ。嫌いか?」

「好きだよ」


 言いながら服を脱ぐ。


「ちょ、土の上に置いたら汚れるって。このカゴに入れるの、洗濯物はこっち。ジャニス、ちゃんと教えてって言ったでしょ!」

「アキは細けえなあ。だそうだ、ジョン。覚えたな?」

「うん」


 洗濯物のカゴには、アキ達の服や下着も入っている。

 その上に、脱いだシャツを入れた。

 ブーツを脱いで靴下、ズボンもカゴに入れる。最後に下着を脱げば、水浴びの準備は完了だ。朝から水浴びが出来るなんて、アキ達はバスで移動しながらだというのに、とてもいい暮らしをしているらしい。


「うおっ・・・」

「わあ・・・」

「いい脱ぎっぷり。そして凶悪」

「カレン、窓から身を乗り出してまで見たいの?」

「うん」


 苦笑しながら訊くアキに、無表情ながら嬉しそうなカレンが頷く。


「えっと。何を見たいの、カレン?」

「なん、・・・でもない」


 カレンが顔を赤らめ、バスの中に引っ込む。

 どうしたのだろうと思っていると、結構な力でジャニスに頭を叩かれた。


「・・・痛い」

「あのなあ。アタシ達は女で、ジョンは男だ。素っ裸で股間を見せつけたりしたら、襲われたって文句は言えねえぞ?」

「襲う? ジャニス達はゴハンに困ったりしてなさそうだし、スカベンジャー・ハントで廃墟に入るなら子作りは。・・・ああ、快楽目的の性行為か」

「ちょ、おま! どうなってんだよ、アキ!?」

「どうも育った街がロクでもなかったみたいなの。小腹が空いたから精液を飲ませろとか、普通に言われてたらしいわ。もしかしたら、経験はなくても行為を見た事くらいはあるのかもね」

「アタシ達だって、エロ本でしか見た事ねえのに!」

「・・・さらっとバラさないでよ、ジャニス」


 女は臭いから嫌いだ。

 でも、3人は臭くない。昨日、ジャニスに抱きしめられながらでも眠れたのは、それが理由だと思う。


「相手した方がいいなら、言って。廃墟に入るのもバスに寝泊まりするのも初めてだから、足を引っ張ると思う。そんな僕でも、役に立てる事があるのは嬉しい」

「・・・ダメよ、そんな事を言ったら。もっと自分を大切にしなきゃダメ、ジョン」

「とか言いつつ迷ったろ、アキ?」

「迷ってない!」

「いーや、迷ったね。寄宿舎のガキみたいに便所の個室や、見張りの順番中に運転席で自分を慰めるのには飽きてるはずだ。3人でジョンをかわいがれば、毎晩どれだけ愉しいか。そんな事を考えただろう? アタシは考えたぜ!」

「・・・威張るな」


 脱いだのはいいが、水なんてどこにもない。

 どうするのだろうと思っていると、ジャニスがハシゴを上がって丸い鉄の部品に手を伸ばした。


「ジョン、シャワーヘッドって言ってもわかんねえか。この大きなのが貯水タンクな。そこから銀色の筒みてえのが伸びてるだろ」

「この先っぽがキノコみたいになってるヤツ?」

「そうだ。その下に立て」

「わかった」


 僕が移動したのを確認して、ジャニスが丸い部品を回す。


「冷たっ!」

「まだ夜と明け方は冷え込むからな。夏になりゃ、逆にこの冷たさが恋しくなる。ほれっ、これが石鹸だ。よく泡立てて、体の隅々まで清潔にしろ。クリーチャーの中には、体臭に反応して人間を襲うのもいるからな」

「わかった。・・・雨みたいで気持ちいいね」

「手早くやれよ? 水は無限にある訳じゃねえんだ」

「うん。急ぐよ」


 髪と体を石鹸で洗い終えると、ジャニスは水を止めてタオルを僕に放った。

 それで体を拭いていると、コップと歯ブラシというのを渡される。

 教えられた歯磨きという行為は、とても気持ちが良かった。


「なんか生き返ったって感じ。特に口の中・・・」

「初めてなら、まあそうだろうさ。明日からは毎朝これをしろよ? 水が足りなくなったら水浴びは中止にもなるけど、洗顔と歯磨きはよほど水に困らない限り毎日だ」

「わかった」

「ごはんよー。服を着てテーブルに着きなさい」

「おう、今行く」


 焚き火のそばに、小さなテーブルが出されている。

 カレンだけは、バスの屋根で食べるようだ。見張りというのは、片時もやめないからこそ効果があるのだろう。


「これ、食べ物?」

「そうよ。さあ、座って」

「うん・・・」

「では、いただきますっ!」

「いただきまーす」

「いただきます」


 屋根の上のカレンもいただきますと言っている。

 僕も言うべきなのかな。

 そう思っていると、アキに睨まれているのに気がついた。


「い、いただきます・・・」

「よろしい。たくさん食べてね。昨夜は時間が遅くてそのまま仮眠を取ったから、お腹は空いてるでしょ?」

「うん」


 茶色の塊に、恐る恐る手を伸ばす。

 アキもジャニスも手で食べているので、これでいいはずだ。

 茶色の塊は僕が思っていたより柔らかかったようで、持ち上げながら握り潰してしまった。


「うわっ」

「パンは柔らかいのよ。食べた事ないの?」

「ない」

「なら、主食は?」

「カチカチ」

「えっと、なにそれ・・・」

「機械から出て来る、四角くて固い食べ物。野菜や肉が高くて買えなくても、カチカチと機械の水を飲んでれば死なない」

「非常時用の食料生産プラントが生きてたのかしら」

「だろうなあ。いいから早く食え、ジョン。正面に大きな廃墟が見えるだろ。メシが済んだら、あそこを漁るんだ」


 遠くに見えている廃墟は、本当に大きい。ブルースが住んでいた、街一番の建物よりもだ。

 見渡す限りの荒野に、ポツンと残る大きな廃墟。

 たぶん僕には想像も出来ないような危険が、あの中で待ち受けているのだろう。それでも、そこに早く入ってみたいと心が浮き立つ。


「弾、あるかな・・・」

「ベレッタの弾ならバスにあるから、それを使うといいわ。ショットガンのも。そういえば、ホルスターはまだ付けてないのね」

「上着を持って来てないみたいだからな。着てみてからさ」

「これからの季節、上着は暑くない?」

「それでもだ。廃墟にはクリーチャーだけでなく、罠まであったりする。それに壁は崩れかけてたり、木製のドアはささくれてたりするんだぞ。革手袋と上着なしじゃ、出る頃には血塗れだ」

「ならジャニスも着替えるんだ?」

「まさか。アタシは冬でもこんな感じさ」


 ジャニスは慣れているから大丈夫という事か。


「私達には、これがあるからね」


 そう言ってアキが僕に向けたのは、腕に付いている機械だ。

 本で見た事のあるテレビのような物が付いていて、そこに文字が浮かんでいる。僕には、まったく読めない。


「なに、これ?」

「軍事用デバイス。私のは性能が段違いだけどね。ジャニスとカレンが装備してる標準的なデバイスでも、身体能力や経験に基づいた力量を数値化して表示してくれるの。それがレベル。高レベルになればミスが少なくなるから、厚着して怪我を減らす事を考えるより、薄着で機動性を確保した方が死ななかったりするのよ。まあ、ジャニスはさすがに薄着すぎるけどね」

「・・・理解できない。ごめん」

「まあ、難しいからなあ。要はこれを装備してれば、自分の強さがわかる。兵士の質を揃えるために使われていた、測定器だと思えばいい」

「凄いね・・・」

「例えば怪我の程度や治りの早さでどのくらいのレベルなのか推測も可能なんだが、そのためにジョンに怪我をさせる訳にはいかねえだろ」

「だからあの廃墟で、軍事用デバイスを探そうって訳。あれだけの建物なら、バイオテロの後で逃げ込んだ人も多いはず。それを救助に行った軍人がクリーチャーになった人達に倒されてれば、遺体と一緒に軍事用デバイスも残ってるでしょ。5つもあれば、街で修理してジョンが使えるわ」


 機械の修理なんて出来るのか。

 外って凄い。


「このゴハンも全部が信じらんないくらい美味しいし、世界が違うって感じだね・・・」

「徐々に慣れたらいいわ。おかわりは?」

「もうお腹いっぱい」

「食べ終わったら『ごちそうさまでした』ね」

「ごちそうさまでした。厚手の上着を取って来ればいい、ジャニス?」

「ああ。なるべく丈夫なのがいい」

「わかった」


 ドアが開いたままのバスに乗って、ザックの底に入れてある冬物の上着を出す。

 それを羽織って戻ると、真っ黒な液体が満たされたカップを渡された。


「なにコレ?」

「食後のコーヒーよ。ライダースジャケットなんて、よく持ってたわね。似合うよ、ジョン」

「ありがとう?」


 言ってからコーヒーというのを飲んでみる。

 口に運ぼうとしても止められないし、カップに入っているからには飲み物なんだろう。


「・・・に、苦い」



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