アポカリプスの庭で-31
「・・・よ」
「・・・だろ?」
「・・・るべき!」
懐かしい声が聞こえる。
僕の大好きな人達。
声が足りないなあと思っていると、ドアを乱暴に開ける音が聞こえた。
・・・ビックリした。でも、いい刺激になったのかな。僕の耳は、かすかな機械の音まで聞こえるようになっている。
「ちょ、ち○こ拭く時は教えてって言ったっすよーっ!」
「・・・何してんの君達っ!?」
「あ、起きた」
「惜しい」
「あ、危なかったわね、ジョン。止めたんだけど、ジャニスとカレンが・・・」
「ウソ言うんじゃねえよ、アキ! カレンに匂いがたまんねえって聞いて、ノリノリでズボン脱がしてたじゃねえか!」
「・・・はあ。ここどこ? 死んでないなら、僕は寝てたんだよね。どのくらいの時間?」
「丸1日ってトコね。戦闘が終わった時に見たジョンの軍事用デバイスのバイタルサインを考えたら、驚異的な回復力よ」
「そ。ジャニス、ズボン返して」
「もう少しそのままで・・・」
「返して!」
「チッ・・・」
オクトとの戦闘中に見えなくなった目は、普通に視力を取り戻している。
手も足も、動く。ズボンも問題なく穿けた。
大丈夫だ。
どうやら、僕は命を拾ったらしい。
夢を観ていた。
この国がまだ強く大きかった頃の兵士達と、笑いながら酒を酌み交わす夢だ。
その中にはなぜか父さんとブルースもいて、父さんは僕に死ぬなと言った。
「問題なさそうだ。・・・ねえ、オクトが最後に何をしたかわかる?」
「スタングレネードみたいなのを、ペンダントに仕込んでたみたいね」
「あれか。音付きじゃないから命拾いしたんだね・・・」
「本当にそうね」
「そういえば、オクトは銃弾を受け止めてたでしょ。それなのになんで、マグナムの弾で死んだの?」
「銃弾を跳ね返すほどの素材が、右腕の分しかなかったみたいよ。ティファニーがしれっと回収してたから、そのうち何かに使うと思うわ。それより、痛いところはない?」
「喉が渇いて、お腹が空いてるくらいかなあ。・・・ああ、トイレも行きたいや」
「ティファニー、お手洗いを借りるわよ?」
「はいっす~」
「もしかしてここ、ティファニーの家?」
「そうっすよ~」
片腕しかないティファニーが、僕に肩を貸そうとする。
「いいよ、ティファニーの方が痛そうだし」
「アンドロイドに痛覚はないっす。嫌ならお姫様だっこで運ぶっすよ? 隻腕でも楽勝っす」
「・・・肩、お借りします」
部屋から出ると、木製の階段があった。
その階段を通り過ぎたところにあるトイレで長々と放尿していると、ドアの向こうからティファニーの溜息が聞こえる。
「どしたの?」
「用を足しながら、普通に話しかけるんっすね。・・・オクト、ジーンって言ったじゃないっすか」
「言ったね」
「インターネットに残ってた当時の記録を検索したら、ジーン博士はオクトのマスターだったっす」
「だろうねえ」
「パルスガンで撃たれたアンドロイドは、身動きどころか話す事すら出来ないほどの苦痛を味わうっす」
そうなのか。
ならこれからは、敵対する相手がパルスガンを持っていないか充分に気をつけなければ。
トイレには、水の入ったバケツが置かれている。
アンドロイドはトイレを使う必要がないので、僕達のために用意してある物なのだろう。
その水を、便器に流した。
「ジーン博士の名前を呼びながら、動けないはずのオクトは腕を伸ばしたっす。そして愛していたのにと言ってから、力を込めて拳を握ったっす。アンドロイドのくせに、あんなにたくさんの涙なんか流して」
「・・・僕は、ジーン博士の気持ちの方がわかるなあ」
「どんな気持ちでオクトを撃って、どんな気持ちでオクトに殺されたんっすかね。ジーン博士は」
「好きな人が危険な目に遭うくらいなら、死んだって止めたいもん。ジーン博士のそんな命がけの時間稼ぎのおかげで、オクトは生き残ったんでしょ。僕だってクリーブランドで何度も、シカゴまで1人で行けないか考えたし」
空港とかいう廃墟の前の道を、クルマの残骸がない方に向かって進む。それなら行けるかと思って、思わず明け方にベッドで身を起こしたものだ。
でも僕が1人でシカゴに向かったと知られれば、バスはシカゴを目指す。もし道にでも迷ったら、アキ達は僕抜きでオクトを殺さなければならない。
だから、唇を噛み締めながらベッドに身を横たえたんだ。
「マスターにシカゴのスペルを知られないようにしてたのは正解だったっすね」
「そんな事してたの? 酷いなあ・・・」
「どっちがっすか。さあ、終わってるなら部屋に戻るっすよ」
「うん。水が欲しいや。タバコも」
またティファニーの肩を借りて部屋に戻る。
「対物ライフルすら弾き返したオクトの右腕、ジーン博士が国に特別な許可まで取って作ったらしいっす」
「へえ。じゃあ、大切にしなよ」
「使っていいんすか? 縁起が悪いと思うっすけど」
「人を愛したアンドロイドと、アンドロイドを愛し抜いた人間の遺したものだからね。きっと、ティファニーを助けてくれるさ。・・・オクト・アンド・ジーンとでも呼ぼうか。その腕」
「・・・了解っす」
痛いところはないけど、体中の筋が強張っている感じがする。
話しながら戻るとアキとジャニスとカレンだけではなく、部屋には上品そうな中年の女性もいた。
「あらあらあら。仲良しさんねえ」
「あ、もしかしてティファニーの?」
「マムっす」
「どうもすいません、大事な娘さんに怪我なんかさせて・・・」
「いえいえ。やったのはうちの人でしょう。こっぴどくとっちめておいたから、気にしないで。それより、飲み物とお食事をどうぞ。温いから美味しくないかもしれないけど」
「とんでもない。あ、ジョン・ハッピーニューイヤーです。はじめまして。ベッド、ありがとうございます。それに、お水や缶詰まで」
「ティファニーの母のフジーよ。いいから今は、ゆっくり体を休めなさい」
寝かされていたベッドに座って水を飲み、甘いオカユのような穀物を煮た缶詰を食べ始めると、アキがこれからの事を説明してくれた。
「それじゃ、シカゴのアンドロイドはしばらく今まで通りなのか・・・」
「ええ。とりあえずの代表者はウィンストンさん。数日後には選挙で大統領が選ばれるけど、それも押し付けられそうだってボヤいてたわね」
「ポイント・ブランクさんは、この国をどうするつもりなんだろうねえ」
「人間と手を取り合いたいとは思ってるらしいわよ」
「・・・それ、大丈夫? どう考えても人間は、アンドロイドにおんぶにだっこってなちゃうと思うんだけど」
「だから交流は徐々にしたいそうよ。西海岸には、全権大使を1人だけ派遣するって」
「ふうん」
「全権大使の座はいただきっす!」
「リミッター解除したティファニーが国を離れて大丈夫なの? どう考えてもオクトの代わりは、ティファニーがするしかないと思うんだけど」
一緒に西海岸に行けるのは嬉しいけど、そのせいで父さん母さんが苦労するのはティファニーだって望まないはずだ。
「平気っすよ。オクトに作られたアンドロイドだって、大昔の一般人程度には知識も技術も持ってるんっすから」
「忘れられた時代の一般人かあ。それって今の世の中なら、すっごく優秀な人材なんじゃない?」
「そうね。西海岸の役人やエージェントなんて、足元にも及ばないわ」
「いろいろとモメるんだろうなあ・・・」
「それは間違いないでしょうね。でも、なんとかなるわよ。まあいざとなれば、全員でシカゴにお引っ越しね」
「いいっすねえ、それ」
「いいわねえ。娘夫婦と同居とか憧れるわあ」
ごちそうさまをすると、ジャニスが火を点けたタバコが僕の唇に寄せられた。
お礼を言ってから、ゆっくりと吸う。
ポイント・ブランクさんはティファニーがリミッター解除した事をアンドロイド達には伏せておき、西海岸との交流が始まってマスター登録を利用して悪事を行うアンドロイドが出たら、僕達にその始末をお願いしたいらしい。
「なんかシカゴ、ヘキサゴンステイツのエージェントみたいだねえ、僕達。まあポイント・ブランクさんとフジーさんには、イッチュキュイッピャンノオンジがあるからいいけど」
「一宿一飯の恩義、ね」
「・・・そう言ったよね、僕?」
「報酬もかなり出るんだぜ。にひひ」
「何をもらう気なの、ジャニス?」
「シカゴにあるのなら、装甲車を好きなのに選び直していいってよ。それにバイクのパーツと・・・」
「そうだ、ベレッタ! それにTTもっ!」
「落ち着けって。ベレッタは枕元だ。バイク、TTもクルマで運んでもらってある。他の武器も壊れちゃいないさ」
「良かった・・・」
「それにシカゴに来た時に自由に使っていい家に、アタシ達が持ってない種類の武器。なんとゴールドまであるんだぜ?」
「・・・なにそれ?」
ジャニスがゴールドの素晴らしさを語り出す。
なんでも忘れられた時代でも相当に価値のあった物らしく、西海岸で売れば豪邸を買ってもお釣りが来るそうだ。
「カレンお姉ちゃんとジョンの愛の巣を買う」
「あはは。でも、そんなにもらっちゃっていいのかなあ。僕達は西海岸を攻撃されたら困るから、オクトを殺しただけだし」
「いいに決まってるっすよ。なんせマスター達は、シカゴ解放の英雄っすから」
「ヒーローねえ・・・」
「でもそれは、ウィンストンさんが大統領に選ばれたらの話よ」
「なるほど。・・・ちなみにジャニス、TTのパーツって?」
「ありゃ素人が趣味のレースで使ってたバイクだろ。それが、プロのレーサーが乗ってたバイクになると思えばいい」
「頑張れ、ポイント・ブランクさん!」
数日後、ポイント・ブランクさんは見事に大統領に選ばれた。
なのでティファニーも全権大使というのにすんなり決まり、報酬もいただける事になったらしい。
大統領就任アンド愛娘を送り出すパーティーというのを終えた翌朝、僕はティファニーの家の前でTTに跨った。
新しい装甲車にも積めるけど、久しぶりだからとワガママを言わせてもらったからだ。
エンジンをかける。
「・・・これからもよろしく、TT」
(おうおう、妬けるねえ)
(ホントよね)
(まあ、マスターのバイク好きは病気だと思えばいいっす)
(カレンお姉ちゃんにも乗る?)
ギアをローに入れた。
自然と笑顔になっているのは、久しぶりにTTの鼓動を感じているという理由だけではないだろう。
僕の名前は、ジョン・ハッピーニューイヤー。
ハッピーニューイヤーの意味はまだわからない。
それでも、楽しくて希望に満ちたものはこの手に掴んだ。
それを手放さない事が、これからの僕の生きる目的になった。
「出発しよう。僕達なら、海の向こうにだって行けるはずだ」