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アポカリプスの庭で-3




 ミルクレイプ・チェインソウが持っているのは、見た事もない形の銃だ。

 体も指も人間とは思えないほど大きいので錯覚してしまいそうになるが、どうやらそれは拳銃ではないらしい。

 拳銃よりも大きな銃口が、僕を狙っている。


「みんなにぐになっだ! ごんどむも、ばいも!」

「オマエの部下の名前なら、コンドームとチェリーパイだろ。いい加減に人間の言葉を覚えろよ、ミルクレイプ・チェインソウ」

「にぐにしで、食う! りどるびー!」

「ジョン。ソイツの銃はショットガン、散弾を広範囲にバラ撒く銃よ!」

「まさか、これがシャッガン!?」

「誰もいねえのに、ごえがぎごえる・・・」


 シャッガンとは離れて戦え。

 父さんは酔っ払っていた時だけどそう言っていた。

 なら、これ以上ミルクレイプ・チェインソウを接近させてはいけない。


「サヨナラだ、ミルクレイプ・チェインソウ!」


 銃口を跳ね上げる。

 眉間を撃ち抜けば、この肉の塊だって即死だろう。

 それにミルクレイプ・チェインソウが着ているのは全身を覆う、防弾チョッキを縫い合わせた服だ。狙うなら、顔しかない。


 パンッ!


「な、なんだって・・・」

「でへえ。ぶるーず様の言うどおりだ。顔をかぐせば、じなねえ」

「腕で庇って痛くないのかよっ!」

「クスリ、たくさんもらっだ。ごれ。んごっ、んぐっ。・・・んー、ぎもぢいーい。ごれでまだうだれでもいだぐねえ」


 動きを止めた僕に、ミルクレイプ・チェインソウの銃口が向けられる。


 ダアンッ!


 頬の肉を抉られたが、即死は免れた。

 ツイてる。


 運の波に乗れ、ジョン。


 父さんの声が聞こえた気がした。ポーカー狂いで、酒場に入り浸りだった父さん。酒より博打のはずだったのに酒のビンを手放せなくなってから、すっかり人が変わってしまった。

 旅立ちの日に仇が討てるなら、父さんも喜んでくれるだろうか。


「その腕が千切れるまで、撃ち続けてやるっ!」


 バンッ!

 バンッ! バンッ!


 マガジンの弾は15。

 顔を腕で庇うミルクレイプ・チェインソウは悲鳴も上げない。

 だがそれでも、僕には撃ち続ける事しか出来ないのだ。


「くそっ、本当に人間なのかよっ!」


 1マガジンも弾をブチ込まれたミルクレイプ・チェインソウの腕には、服が破れて爆ぜた果実のような傷口が見えている。それでも、しっかりとショットガンを持っていた。

 その銃口が、ゆっくりだが確実に近づいてくる。

 死ぬのか?

 僕はハッピーニューイヤーの意味を知らずに死ぬのか?


「そんなのは嫌だっ!」


 もう遅いのかもしれない。

 間に合わなくて死んでしまうのかもしれない。

 それでも僕は、マガジンを交換する。


「このくらいの助太刀ならいいよね、ジョン」

「アキ!?」


 どこに隠していたのかもわからないほど大きな、銀色に光る武器。

 剣なのだとは思うが、それは今まで見たどんな剣より美しい。

 そして、それを振り上げたアキも、今まで見たどんな女の人より美しかった。

 ミルクレイプ・チェインソウ。

 顔を庇っていた腕がズレる。

 その腕が地面に落ちるまでに、僕はアキとミルクレイプ・チェインソウ両方の目を見た。 


「ぎゃあっ。いでえっ!」

「今よ、ジョン!」


 走る。

 ミルクレイプ・チェインソウは右腕を切断され、ショットガンを落としている。それでも、左手で顔を隠すのを忘れてはいない。太った体は防弾チョッキで守られているので、なんとしても頭部だけ守れと指示されているのだろう。

 でも僕の拳銃では残る左腕を潰せなくても、あのショットガンなら。


「おでの銃。ぶるーず様にもらっだ、銃・・・」


 ミルクレイプ・チェインソウは腕を斬り落として距離を取ったアキを追うより、僕の拳銃から顔を庇うより、ショットガンを拾う事を優先したらしい。

 だが、人間とは思えないほど太り過ぎた上に、痛覚がなくなるほどクスリをやっている。

 マトモに動けるはずがない。


「僕の、勝ちだ」


 ショットガン。

 拾い上げ、拳銃を手放して両手で構えた。

 銃口の1センチ先には、呆けた表情のミルクレイプ・チェインソウ。顔を庇う事すら忘れ、四つん這いになったままショットガンの銃口を見つめている。


「おでの、銃・・・」

「バァイ、ミルクレイプ・チェインソウ」


 トリガー。

 物凄い音と衝撃で、撃った僕の姿勢が崩れたほどだ。

 ミルクレイプ・チェインソウの頭部は粉々になって消失し、首から呆れるほどの血が噴き出している。

 数歩さがって、血の雨を避けた。

 巨体が音を立てて地に倒れると、拍手の音がする。

 アキだ。


「仇討ち成功ね、おめでとう」

「人を殺して喜んじゃダメなんだよ、アキ」

「いいわね。常識的な思考をする子は好きよ。荷物を取って来るといいわ。仲間が待ってる」

「それなんだけど、もし僕が信用できなかったら」

「ええ。一緒に行く話はなしでいいわ。大丈夫。2人共、良い子達よ」


 頷いて、クルマの屋根に荷物を取りに向かう。

 放り投げた拳銃と、使わなかったCも回収して信管を抜いておいた。

 ザックを持ってクルマの残骸から下りると、肩から下げている箱にアキが何かを言っている。


「お待たせ。もう外に迎えに来てるから、さっそく2人を紹介するわよ」

「あ、この銃」

「ソードオフ・ショットガン。元が古いから2発しか装填できないけど、近距離ならベレッタより威力があるわ。ホルスターは後で作ってあげるから、持っておいて。さあ、行きましょう」

「ありがとう。・・・その剣、すごくキレイだったね」

「それは嬉しい言葉ね。これは日本刀と言って、お姉さんの故郷の武器なの」

「それとアキも、キレイだった。助けてくれて、ありがとう」

「・・・そ、そう。こちらこそありがとう。キレイなんて言われたのは初めてだから、どう反応していいかわからないわ」

「こんなにキレイなのに」


 アキの後ろを歩きながら、黒くて長いまっすぐな髪までキレイなんだと僕は驚いている。歩く度にスカートの裾が揺れて、チラチラと見えている白い太股もキレイだ。


「故郷では、中の中か中の下。でもこっちじゃ身だしなみに気を使う余裕のある人なんてそうはいないから、それでジョンにはそう見えるのかもね」

「え、夜なのに明るい? でも焚き火じゃない? これは・・・」


 フェンスの向こうには、大きなクルマが待っていた。

 牛で言うなら横っ腹を僕達に見せて停まっているのだが、前と後ろにドアがある。

 プシュッっという音がして、そのドアが開いた。前の方だ。


「バスという乗り物よ。さあ、クリーチャーが来るかもしれないから早く乗りましょう。2人は本当の美人さんだから、ジョンも気に入ってくれると思うわ」


 ドアの向こうには赤い髪の体格の良い女の人と、僕と変わらない背丈の銀色の髪をした少女がいた。

 どちらも、アキのように清潔な服装ではある。

 でも赤い髪の女の人はズボンもシャツも凄く小さくて、アキより大きな胸やお尻が見えてしまいそうだ。

 逆に僕と同じくらいの背丈の子はヒラヒラした布がたくさんついた服を着ていて、とても動きづらそうに見える。そして胸もお尻も、アキより小さい。何より異様なのは、機械で目隠しをしている事だ。

 頭の後ろで赤い髪を束ねた女の人が僕を見ながらタバコに火を点け、それからニヤリと笑った。


「アキの好きそうなガキだなあ」

「かわいいでしょ。この子はジョン・ハッピーニューイヤー、よろしくね。露出狂みたいな赤髪のポニーテールがジャニスで、ゴスロリのボブカットがカレンよ。今は夜だから暗視ゴーグルをしてるの。どう、どっちも私より美人さんでしょ?」


 そうだろうか。


「アキの方がキレイ、かな」

「うえっ・・・」

「いい度胸だこのガキ。さっさと乗らねえと、急発進で振り落とすぞ?」

「女はちょいブスの方が簡単にヤレそうでモテたりもする」

「誰がちょいブスよ、カレン。こ、これはあれじゃない、ほら。人種が違うから細かい美的センスの違いと、どの顔を見ても同じに見えるって理由で、ちょいブスでも外国人にだけはモテ、って自分でちょいブスって認めんのかーい!」


 騒ぎ出したアキの横を抜けて椅子に座る。半年も一緒に行動するなら、遠慮なんていらないだろう。

 またあの音がしてドアが閉まり、音と振動が椅子に座る僕を包んだ。


「こうやって、クルマは動くのか・・・」

「檻の中にクルマはねえのかよ、ジョン?」

「残骸ならたくさんある」

「ふーん。なら漁りに行く価値もないねえ」

「ねえ、後ろが鉄板と金網なのはどうして?」

「ああ、たまに客を運ぶからな。用心のためさ。一応、自分で自己紹介しておこうか。アタシはジャニス。このパーティーの運転担当で、戦闘ではRPGや軽機関銃を使う。まあ、RPGはさっきので品切れだけどな」


 軽機関銃というのもわからないし、RPGも音しか聞いていない。

 でも僕より背が高くて腕も太いジャニスなら、きっと上手く戦うのだろう。


「カレン。狙撃担当。19歳だからカレンお姉ちゃんと呼ぶ」

「じゃあ、アタシはジャニスお姉さまで」

「お姉さん、お姉ちゃん、アキ姉、アキ姉ちゃん。んー、悩むなあ・・・」

「アキ、ジャニス、カレン。半年間、よろしく」

「・・・呼び捨てかよ、かわいくねえぞ?」

「カレンお姉ちゃん。言わないと狙撃する!」

「いきなり強制はダメでしょ、カレン。徐々に、ゆっくりと自分好みに染め上げていくのよ」

「たった半年で?」

「そ、それは・・・」


 首を傾げてカレンが言うと、アキは言葉を詰まらせた。


「とりあえずドコ向かうんだ、アキ。こっからならモーガン・タウンに向かって、休息を取ってから街渡りの客を探すか? それとも適当に廃墟を漁って、その戦利品をモーガン・タウンに売りに行くか?」

「うーん。今回はジョンに決めてもらいましょうか。パーティー加入のお祝いに。ジョン、外の街でお泊りしてお客さん探し。それか廃墟でスリル満点のゴミ漁り。どっちがいい?」


 外の街にも興味はある。

 でも、今まで遠くから見るだけだった廃墟を漁って、銃や食料を探せるなら。


「廃墟に行きたいけど、僕が決めてもいいの? それと、パーティーって?」

「ああ。パーティーは協力してスカベンジャー・ハントをする集団の事よ。廃墟ってクリーチャーがウジャウジャいるから、1人で行ったらすぐ死んじゃうでしょ。だから私達は、3人でスカベンジャー・ハントをしてるの」

「いやあ、もう1人くらいメンバーが欲しかったんだけど、下心ミエミエの男しか加入希望者がいなくてなあ。ジョンに出会えてラッキーだったよ」

「ふうん・・・」

「ま、檻の入り口でいい出会いがあるって賢者のお告げは正しかったんだねえ。1年もかけて大陸を横断したのは、ムダじゃなかったか」

「もしかしてアキ達は・・・」

「そうよ。ジョンの目的地から来たの。戻るにしても数ヶ月はかかるから、ハッピーニューイヤーの意味は途中で知る事になるわね。西海岸まで私達と行くかは、ゆっくり考えて決めなさい。それまでは、この辺りの廃墟を探索して過ごせばいいわ。毎日、楽しく暮らせるわよ」


 スカベンジャー・ハントというのは、そんなに儲かるのだろうか。

 その事を率直に訊ねると、廃墟にある大昔の物は壊れていなければどこでも高く売れるらしい。そして銃の弾と同じくこのバスというクルマを動かすために必要な物も、廃墟に行かなければ手に入らない。

 僕が目指そうと思っていたシー、海と賢者のいる大都会は、このバスのようなクルマがなければとても辿り着けないほど遠いんだそうだ。

 ジャニスが鼻歌を口ずさみながらバスを走らせる。

 しばらくすると僕は、違和感を感じた。


「・・・クルマって酸っぱいんだね、アキ」

「え、まさか舐めたりしたの?」

「ううん。なんか口の中が酸っぱい」

「えっと・・・」

「初めてバスに乗ったんだ。乗り物酔いなんじゃねえのか?」

「ええっ!? ジョン、吐くって単語はわかるよね。吐きたい感じなの?」

「・・・殴られてないけど、そうかも」

「ちょ、バス止めてジャニス。私が周囲警戒するから、カレンは降りたらジョンの介抱を。背中をさすってあげて」

「パーティー加入1時間もしないでこれかい。こりゃ、騒がしい毎日になりそうだねえ」

「ジョン、もう少しガマンよ。降りるまでガマン!」

「顔面蒼白。涙目かわいい。もう少しガマンさせるべき」

「鬼か、カレン!」

「も、もう、ムリ・・・」



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