アポカリプスの庭で-27
(こちらティファニー。目標地点まで治安部隊の姿なし。これより合流まで身を潜めるっす)
(了解。姿を消したアキを乗せてすぐに向かう)
「気をつけろよ、ジョン」
「危険ならジャニスとカレンお姉ちゃんを早目に呼ぶ。約束」
「うん、もちろん。ジャニスとカレンも気をつけてね。装甲車を玄関に横付けしたら、いい的になるんだから」
「わかってるさ。ジョンの指示通り、対戦車兵器を持ち出されたらすぐにジョン達の後を追う。な、カレン?」
「ん」
最後の1本かもしれないと思いながら根本まで灰にしたタバコを、立体駐車場の地面で踏み消す。
アキ。
頷き合う。
TTに跨ると姿を消したアキがリアシートに乗って、しっかりと僕の胴に手を回した。
「行くよ」
「ええ。私の事は気にせず、飛ばしていいわよ」
「ありがと」
立体駐車場を飛び出す。
最初の交差点を右へ。
電気がなくてエレベーターというのが使えないので、オクトは5階建てくらいのビルに住んでいるらしい。
(静かだ。アンドロイドの生活圏なのに・・・)
(それに真っ暗ね。ゴーストタウンみたいで気味が悪いわ)
(ロウソクも貴重品っすからねえ)
(この闇に包まれた街で、アンドロイドはどうやって夜を過ごしてるのよ?)
(ただ朝を待つっす。闇の中で、じっと)
(・・・殺した方がいい人間はいる。アンドロイドも同じだね)
(エンジン音が近いっす。オクトのビルに治安部隊がいるなら、そろそろ出てくるっすね。・・・ここっす、マスター)
歩道でティファニーが手を振り回している。
エンジンは切らずに、その前でバイク、TTを停めて素早く降りた。
音もなく空中に現れたRPGを掴んで、アサルトライフルと交換して背負う。アサルトライフルは手に持って、弾がなくなれば捨てるつもりだ。
ティファニーの前に現れたのは、ポンプアクションのショットガン。いつだったか、僕がパトカーのトランクから見つけた物らしい。
「行くよ、ティファニー!」
「はいっす!」
ティファニーが上着を脱ぎ捨てる。本で見た忘れられた時代のお嬢様のようだったのに、上着を捨てた途端、ナイトクラブでポーズを取る女の子みたいな印象になった。
・・・胸が小さいのに露出が多すぎだって。
ホルスターにはマグナムとハンドガンタイプのパルスガン。☓にたすき掛けにされた弾帯。三つ編みを揺らしながら走るティファニーが不敵に笑う。
「お願いだから死なないでね、2人共・・・」
ビルの入口。
そこから出て来たアンドロイドを、走り出した勢いを乗せて蹴り飛ばす。
ガラスの割れる音を、僕のアサルトライフルの射撃音が掻き消した。武装をしていないアンドロイドは、即死だ。血の代わりに流れるオイルが臭う。
ビルに踏み込む。
アキの足音は、階段を探すためにすぐに離れていった。
無事でいて、僕が行くまで。
声には出さずに祈りながら、アキの足音が向かった方とは別のドアから顔を出した女を撃つ。
「銃も持たずに、何しに出てきたんだろこの人」
「平和ボケしてるっすよ。敵なんて来るはずがないと思ってるから、ケンカか何かだろうって顔を出したんっす」
「出て来なければ、やられなかったのに・・・」
店舗のカウンターのような机を越え、耳を澄ませる。
右。左からもだ。
「ティファニー、左お願い」
「がってんっす!」
アサルトライフルのショットガンは、グレネードランチャーに変えてある。
トリガーの位置を確認して、アンドロイドか軍事用ロボットが現れるのを待つ。
男。
アサルトライフルを3発だけ撃ってから、左を確認した。
ティファニーは至近距離まで飛び込み、軍事用ロボットの頭部を粉砕している。あれでは軍事用ロボットに後続がいても、グレネードランチャーでの支援は不可能。
「バレバレなんだっての!」
撃たれた男とタイミングをズラして玄関ホールに飛び出したのは、コンバットスーツを着てヘルメットまでした兵士だ。
心臓に3発、キッチリと叩き込む。
「ボディアーマーっす、マスター!」
防弾チョッキ。
そんなものもあったなあと思いながら、僕は敵兵の銃口とその向こうの腕を見ていた。いや、勝ち誇ったような笑顔と、勝利を確信した瞳まで見えている。
まだ。
まだだ。
コイツは新兵のように練度が低いので、撃つまでに時間がかかるらしい。
それでも、僕より早くこの兵はトリガーを引ける。
「今っ!」
伏せながらアサルトライフルを撃つ。
驚く兵の放った銃弾は、僕のいた場所を虚しく通り過ぎた。
兵は何が起こったのかもわからないまま、顔面を撃ち抜かれて絶命している。
「・・・銃弾を躱すとか、人間やめてるっすねえ」
「なんか出来そうな気がした。ようやく武装した兵が来るか。動きが鈍いねえ、治安部隊」
「そろそろっすよ、マスター?」
「じゃ、仕掛けてからだね」
玄関ホールのそこかしこにC、クレイモア対人地雷を仕掛けてビルから出る。
まだ、他の場所にいる治安部隊が戦闘車両で駆けつけるには早い。そしてあれだけ銃声が響けば、ビルの中にいる連中は残らず異変に気がついただろう。
アキが戻るなら無線でそう言ってからなので、間違える心配もない。
「マスター。1番、起爆準備っす」
「あいあい」
起爆コードでCに繋がる起爆スイッチは8つある。
その一番右の起爆スイッチを持って、ティファニーの合図を待った。
「今っす」
「チック、タック、どかーん」
ドーン!
カチ、カチ、カチ。そうやって起爆スイッチを3度ノックすると、玄関ホールから爆音が聞こえた。
「狭いから、今ので他のCがイカれてないといいな」
「そうっすねえ。あ、5番を起爆準備っす」
「あいあいー」
「起爆っす」
「チック、タック、どかーん」
ドーン!
「さっきから何なんすか、その気の抜けた掛け声・・・」
「んー。親子の思い出?」
「なんすかそれ」
「子供の頃、こうやって戦争みたいな事してたんだよね。んで、Cの起爆って楽しそうでしょ。父さんにやらせてって言ったら、じゃあ一緒にやろうかって。その時に教えてもらった掛け声」
「殺伐とした事をしてるのに、お気楽な親子っすねえ・・・」
アキからの連絡がない。
それを心配しているうちに起爆できないCが出たので、敵を玄関ホールまでしっかり引き寄せてからティファニーとタイミングを合わせて手榴弾を投げ込んだ。
「エンジン音っす、マスター。戦車ではなさそうっすね」
(ジャニス、車両がこっちに接近中)
(やっと出番か。もう出ていいかい?)
「ティファニー、距離は?」
「近いっす」
(いいよ。地図は頭に入ってるよね)
(任せろっ!)
ここからが本番だ。
僕とティファニーが死ぬとすれば、今から敵車両を潰すまでの間になる可能性が一番高い。
ビルの中へ走る。
(玄関ホール。ドアの向こうに手榴弾、行くよ?)
アキの返事はない。
それは了承の意味だ。
玄関ホールにドアは3つ。右に僕が、左にティファニーが走る。
お願いだから、このタイミングで中央のドアから来るのはやめて欲しい。
ピンを抜き、レバーを握った手榴弾をドアの向こうに投げ込む。
それが爆発するより早く、中央のドアへ。
ドオンッ! ドオンッ!
同時に中央のドアに辿り着いたティファニーが手榴弾のピンを抜いたので、僕がドアを蹴り開けた。
カウンターのような場所に、身を寄せて隠れる。
ドオンッ!
爆発音で耳がおかしくなりそうだ。そう思うと同時に、僕は玄関の向こう、ジャニスとカレンが来るはずの道で2台分のブレーキが鳴るのを聞いた。
(なんだこれ、急に音がクリアに。・・・まあいいや。ジャニス、敵の車両はそっちの進行方向に尻を向けて停車。数は2)
(カレン、ロケットランチャー用意!)
(してある)
敵の車両がどんな物かはわからないが、ロケットランチャー1発で2台の車両を破壊するのはムリだろう。あれは次を撃つまでに時間がかかるし、撃った物を捨てて車内から新しいロケットランチャーを取り出すにしても、物が大きいので手間取るはずだ。
手前は、僕がやるしかない。
「ティファニー、玄関ホールを少し任せる」
「車両から敵が降りてるっすよ。先にそれを殺った方が良くないっすか!?」
「それだと戦闘車両の武装で撃たれる。まあ、なんとかなるって」
言いながらアサルトライフルをカウンターの上に置き、RPGの安全装置を解除した。
左手にはPDW。
「RPGの片手撃ちなんて、特殊部隊でもやんないっすよ?」
「車両はかなり近い。命中するでしょ」
「マスターがどんどん人間やめてくっす・・・」
(ジャニス、そっちとタイミングを合わせてビルに近い方を僕がやる。爆発するかもしれないから、巻き込まれないでね)
(あいよ。カレン、撃つ前に教えてやれ)
(わかった)
足音。
ビルの外だ。
車両から降りた兵は、玄関の手前で歩を止めたらしい。
連中も、無線機は持っている。タイミングを合わせて玄関ホールに突入して来たら厄介だ。少し早いけど、やるか。
玄関に移動する。
(敵がタイミングを合わせての突入を考えてそう。前のはもうやるよ)
(こっちも見えた。ジョンのバイクの先に、かなり大きな装甲車!)
TT、爆発に巻き込まれて壊れちゃうかな。
玄関から顔を出せば、確実に撃たれるだろう。1人や2人の銃撃ではない。それでも、足は止めなかった。
(男は度胸ッ!)
飛び出す。
大きな装甲車。花壇の向こうに、10人ほどの兵士。
RPGを装甲車の機銃に、PDWを兵士達に向け、同時に撃った。
「えっ・・・」
撃ったRPGは捨てた。
落ちていくRPGが、酷くゆっくりと見えている。
それに敵のアサルトライフルの銃弾が当たって、闇に火花が舞った。
僕が撃っているPDW。
先頭の兵士の顔面を銃弾が抉り、アンドロイドの顔の中の機械が剥き出しになる。飛び散る少量のオイル。
ゆっくりとした時間の中で、RPGが着弾して爆発する敵の装甲車。
急いで玄関ホールに戻りたいのに、僕の体もゆっくりとしか動かない。
それでも、兵士達は見えているので最後まで弾を命中させられた。
爆発した装甲車の破片。
玄関の壁。
どちらが早いのだろう。
見た感じでは、ギリギリのタイミングだ。
「間に合え!」
叫んだ瞬間に視界が赤く染まり、僕は玄関ホールに倒れ込んだ。
「マスター!?」
ティファニーが駆け寄って来て、僕を担ぐ。
時間は、本来の速度を取り戻したらしい。
カウンターの向こうの床に下ろされたので、まずPDWのマガジンを交換した。
それをホルスターに納め、カウンターの上のアサルトライフルを手に取る。
ドガアアンッ!
カレンの撃ったロケットランチャーだろうか。
(ジャニス、状況を!)
「マスター、目から血が!」
「赤いサングラス程度にしか感じない。いいからティファニーは、ドアから来る敵を警戒。足音からして、何人か来てるよ!」




