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アポカリプスの庭で-25




 バイクに走る。

 僕がエンジンをかけると同時に、飛びつくようにしてアキがリアシートに乗った。

 急発進。

 前輪が浮いてアキが小さく悲鳴を上げるが、構わずに加速を続ける。ローからセカンド。そのまま交差点を左折しながら、サードへ。


(ティファニー、状況を)

(装甲車を修理してたら車両の音を拾ったんで大慌てでジャニスとカレンたんを叩き起こし、バスの屋根に。そしたら封鎖された道の向こうに、装甲車が現れたっす。で、ドカーン。現在軍事用ロボットは大聖堂前の車両の残骸を盾にして、メチャクチャに撃ちまくってるっす)

(退路は絶たれてないんだね?)

(はいっす。カレンたんが対物ライフルで1体を倒したら、軍事用ロボットはカメが首を甲羅に引っ込めるようにして右手の小銃だけ撃ってきてるっす)

(バスの損傷は?)

(なしっす!)

(よし。すぐに僕が装甲車と軍事用ロボットの背後を取る。そのまま少しだけ耐えて)

(了解っ、任せたっす!)


 来た時はのんびり走ったが、その気になって飛ばせば数分で大聖堂に戻れる。

 後は、アキをどうするかだ。バイクを停めた場所で待っていろと言っても、簡単には頷かないかもしれない。


(アキ?)

(RPGはいつでも出せるわよ。装甲車にぶち込んでやるわ)

(ダメダメ。バイクを停めたら、RPGは僕にちょうだい)

(まあ、ジョンの方が上手く撃てるわね。それで私は?)

(バイクで待っ)

(イヤよ)

(やっぱりか。・・・姿を消して、僕の後ろに。見えないと撃っちゃうから、決して前には出ないで。途中で急に止まるから、気をつけてね。それとRPGを撃つから、真後ろもダメ)

(どうする気なの?)

(装甲車は、軍事用ロボットじゃ動かせないでしょ?)

(あ・・・)

(出来るだけ姿は消したままで、危ない時はパルスガンを上手く使って)

(わかったわ)


 大聖堂が小さく見えてくる。

 迷わず、歩道に乗り上げながらエンジンを切った。

 ブレーキはかけない。そのまま行きにアキがATMがあると言ったビルに、バイクを隠すようにして停める。

 降りるとアキは、何も言わなくてもRPGを出してくれた。


「・・・怪我なんかしたら許さないわよ?」

「もちろん」

「約束だからね?」

「わかってるって。アキこそ、今夜はお酒は禁止ね。ガマンできなくなっちゃいそうだからさ」


 アキの耳に口元を寄せて言う。

 口をポカンと開けて顔を真っ赤にしたアキが、音もなく姿を消す。記憶がないというのは、どうやらウソだったらしい。

 RPGを担いで、身を屈めるようにして走り出した。

 見えている装甲車とその向こうの軍事用ロボットは、こちらに気づく気配などまるでない。まるでマヌケな鴨だ。


(ティファニー、タイミング合わせて出られる?)

(任してくださいっす、狙いは?)

(撃ち漏らした軍事用ロボット。RPGを1射。そのまま僕は装甲車の運転席を狙う)

(いい作戦っす)

(じゃあ、よろしくね。・・・ブレイク・ア・レッグ)

(マスターこそ、ブレイク・ア・レッグっす!)


 装甲車が、軍事用ロボットが近づいてくる。

 ムービーで、これを撃つ兵士は何度も見た。使い方は、頭に入っている。

 心配なのは狙った場所に飛ぶかどうかだが、僕には根拠のない自信があった。

 走りながら安全装置を解除。


(撃つぞっ!)


 叫ぶように言いながら止まり、トリガーを引いた。

 狙いは、戦闘車両の残骸を盾にしている軍事用ロボットの中央にいる機体。


 シュボオッ!


 ロケットが飛んでゆく。

 弾頭がなくなったRPGを捨て、僕はまた走り出した。


(ジョ、ジョン!?)


 アキは着弾を待ってくれるだろう。

 爆発で飛散する鉄の破片を恐れないで突撃なんて、普通の人間にはムリだ。

 着弾。

 とんでもない爆発音。熱を孕んだ風が、僕の顔に襲いかかる。


(いくっすよー。オラオラ、ポンコツは道を開けやがれっす!)


 ティファニーの笑い声。

 飛んで来るクルマの残骸の破片。

 躱せる。

 首を捻って動かした顔の横を、それは通り過ぎた。

 風の唸り。

 肌に粟が立ち、得も言われぬ快感が背筋を駆け登る。

 ・・・ここが、僕の生きる場所だ!

 アキの悲鳴はない。血の臭いもない。大丈夫、アキは無事。

 確信しながら、装甲車のハッチに跳びつく。

 クルマよりずっと小さな窓の向こうで、男が驚いている。

 ハッチを開けながら鎖骨の辺りに装備しているナイフを抜き、そのまま男の首に突き立てた。

 髪。

 くすんだ金色のそれを掴んで力一杯引きながら、ナイフを抉りつつ後ろに倒れ込む。


(ジョン!?)


 大丈夫。

 言う前にハッチからもう1人、助手席にいた男が転がり出てきた。

 ナイフを投げる。

 それが胸に突き立っても男は怯まず、アサルトライフルの銃口を僕に向けた。

 マグナムは間に合わない。首を捩じ切ったアンドロイドの体を盾にして、なるべく体を縮こめる。

 銃声も衝撃も来ないのを訝しんでいると、何かが地面に倒れ込むような音。


(パルスガンだからまだ死んでないわよ、ソイツ!)

(ありがとうっ)


 跳ね起きてマグナムを抜く。


「バァイ」


 動けない男の後頭部に、銃弾をブチ込んだ。


(ティファニー、状況を)

「ここにいるっすよ、マスター!」


 笑いを含んだティファニーの声。

 ナイフをアンドロイドの死体から引き抜いて装備し直しながらそちらに目をやると、軍事用ロボットの頭部を素手で引き千切るティファニーがいた。


「どんな馬鹿力してるんだか。残りは?」

「これで最後っす」

「ジャニスとカレンは無事?」

「はいっす」

(アキはバスに戻って出発の準備。時間はかけられないよ)

(わかったわ)

「ティファニー、バスと合流まで装甲車の運転してもらっていい?」

「当然っす。バイクを取りに行くっすよね、乗ってくださいっす」

「ありがと」


 右に回らず、左から装甲車に乗り込んで助手席に移動する。

 すぐに乗り込んだティファニーはエンジンがかかったままなのでギアをバックに入れ、見事なUターンをしてからバイクを隠したビルへ向かった。

 1発しか撃っていないけど、マグナムのマガジンを新しい物に変える。


「運転は任せて良さそうかな」

「はいっす」

「タイヤが4つの、小回りの良さそうな装甲車。でも武装は後部座席の機関銃だけ、か」

「ライトアーマーっすね」

「なにそれ?」

「装甲と武装を犠牲にして、速度と兵員輸送能力を両立した装甲車っす」

「なるほどね。あ、バイクはそこのビルの陰。バスまで先導するね」

「はいっす~」


 急いでバイクのエンジンをかけ、装甲車でも着いて来れるスピードで迂回してバスを目指す。

 辿り着いたバスでは、アキとカレンが後部ハッチを開けて待っていてくれた。


「バイクの積み込みは任せて。これからどうするのがいいと思う、ジョン?」

(せめてRPGやロケットランチャーがないと、戦争にならない。記念碑まで戻ろう。ジャニス、バスは装甲車に着いて来て)

(わかった)

「さっき倒した軍事用ロボットを回収する時間はなさそうね・・・」

「本当なら、記念碑まで戻るのも危険なんだ。諦めて」

「もちろんよ。それにしても、いきなり状況が動くなんてね」


 走ってバスの運転席からベッドルームへ。

 僕のアサルトライフルは、安全装置をかけてベッドの上に置かれていた。

 それを背負って、また走って装甲車へ向かう。僕が助手席に乗り込むとティファニーは、笑顔で新しいタバコの箱を渡してくれた。


「わ、助かる。タバコまで頭が回らなかった」

「だと思ったっす」

「アキとカレンがバスに乗り込んだ。行こうか。来た道を戻って、この大通りを左折したら後は真っ直ぐ。バスも通れる道だから、そのまま記念碑まで」

「了解っす」


 タバコを吸いながらこれからの事を考え始めると、ティファニーが灰皿を引いて出してくれた。バスの運転席にある物に似ている。

 クリーブランドからは、すぐに離れるべきだろう。

 問題はルート。

 使った事のある道とわかりやすい道は、危険かもしれない。


「・・・まさか、こんな形で戦争が始まるとはね」

「先手を取られて、それを跳ね返して。でも装甲車をいただいたっすから、初戦はマスターの勝ちっす」

「最後に勝たなきゃ意味がないのが戦争でしょ」

「まあ、そうっすねえ」

(アキ、軍事用デバイスの地図でクリーブランドを出るルートを探してくれない?)

(わかったわ。来る時に使ったエリー湖沿いの道は、待ち伏せされてる可能性があるのね)

(僕がオクトなら襲撃の成功を確信していても、何体かの軍事用ロボットを移動させとくかな)


 タバコを2本灰にすると、記念碑の簡易陣地に到着した。

 ティファニーと装甲車を降りて、急いでRPGとロケットランチャーを回収する。


「地雷は全部、装甲車に。他は半々で」

「はいっす~」

「カレン。こっちはいいから、バスのキッチンから飲み物や缶詰を装甲車に運んでくれる?」

「わかった」


 簡易陣地と装甲車を何度も往復し、後部座席のさらに後ろにある兵士6人ほどを運ぶためのスペースに武器を運ぶ。飲み物や缶詰もそこだ。

 それが終わると、アキがバスではなく装甲車の後部座席に乗り込んだ。


「アキ。装甲車の機関銃を任せていいなら、僕はバイクで動くけど?」

「ムリムリ。パルスガンを命中させたのだって、マグレなんだから。日本のJKが機関銃大好きっていうのは幻想よ! ペガサスファンタジーよ!」

「はぁ。なら仕方ないか。で、ルートは?」


 助手席に乗り込む。


「来た道を戻る形で直進して、右折。道が見えたら言うわ。野球場を右に、墓地を左に見ながらヘキサゴンステイツの勢力圏から出る感じになると思う」


 野球場が何かは知らないが、墓地ならわかる。

 縁起の悪そうなルートだけど、非常時なんだから仕方がない。


「出すっすよ、マスター?」

(お願い。行くよ、ジャニス)

(おうよっ!)


 装甲車が走り出す。

 どこで見つかってどこまで観察されていたのかは知らないが、ティファニーが装甲車を修理し始めてすぐの襲撃だ。相手の準備は整っていると思っておいた方がいいだろう。

 次の勝負は、今から向かう脱出ルートをオクトが読んでいるかどうか。


「・・・読まれてたら、キツイ戦いになるね」

「そうっすねえ」

「どうやって発見されたと思う? 僕はムービーで見た凄く小さな偵察機が怪しいと思うんだけど」

「無人偵察機を運用となると、オクト並みの人材がかなりの人数必要になるっす。偵察ドローンあたりじゃないっすかねえ」

「あの空に飛ばす、小さな機械かあ」

「あれなら、オクト1人でも飛ばせるっすから」

「よし、シカゴに行ったら街中に『オクトは暇人』ってラクガキしてやる」

「いいっすね。手伝うっすよ」



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