アポカリプスの庭で-19
(ちょっといいかな)
(どうしたの、ジョン?)
(今まで見た事ない雰囲気の大きな建物を発見。その前には、道路を塞ぐほどの戦闘車両)
(ジョンが向かった方向からすると。・・・この、トリニティ大聖堂かしらね。生き残った人類は、そこに立て籠もってクリーチャーやオクトの配下のアンドロイド達と戦ったのかも。空港でも球場でも軍事施設でもなく大聖堂を選ぶなんて、神様に助けでも求めるような心境だったのかもね。生き残った人間達は)
(ならそこに向かえばいいんだよな、アキ?)
(ええ。向かってちょうだい。ジョン、わかってると思うけど、あまり接近しないでね)
(わかってる。じゃあ、待ってるね)
道を塞いでいるのが戦闘車両なのは、ティファニーが軍事用デバイスに転送してくれるムービーで見たので間違いない。
問題はそれがすべて薙ぎ倒されていたり、穴だらけだったりする事だ。
「ジャニスは戦闘車両を欲しがってたから、1台でも修理できるのがあればいいな」
そしたら僕がバスの運転を覚えて、2台の車両で西海岸に向かえばいい。バイクはバスに積めばいいから安心だ。
「そういえばアキ達は家があるって言ってたから、お金を貯めるまで僕はバスに泊めさせてもらうのかな」
ここはもう、ヘキサゴンステイツの支配地域だ。巡回する軍事ロボットは、昨日の朝に僕達をすんなり通してくれた。その前日は朝から雨でバスにずっといたので、距離的にはまだそんなに進んではいない。
戦闘車両をそのままにしているという事は、普通のアンドロイドには修理不可能なのかもしれない。
でも、こちらにはリミッター解除したティファニーがいる。
戦闘車両を並べた辺りや建物の中に、修理不可能と判断されて放置されている武器がたくさんあれば、それをティファニーが修理してくれるだろう。そうすれば、僕達の準備は終わりだ。
シカゴへ。
生きては帰れないかもしれない。
そう考えてまず頭に浮かぶのは、アキ達が死ぬなんて許せないという事。
(見えた。・・・良かったわ。ジョンが大人しく待っててくれて)
(当然でしょ)
(最近のジョン、特にバイクを手に入れてからを見てるとねえ)
バスがバイクの前まで進んで停まる。
後部ハッチを開けてバイクを積もうとしていると、ティファニーが屋根から飛び降りて手伝ってくれた。どこかでお店でも漁ったのか、新しい水着に着替えている。
「ありがと」
「いえいえ。とりあえず、休憩しながら様子を窺うそうっすよ~」
「了解。でも軍事ロボットの姿が見えないから、クリーチャーはいないよね」
「どうっすかね~。なんせアンドロイドを未配置の街っすから、油断は出来ないっすよ~」
「なるほど・・・」
考えても仕方ないので、大聖堂というのを見張るために屋根に上がる。
最前部まで移動させた椅子に腰掛け、アキは双眼鏡で、カレンはスナイパーライフルのスコープで建物を見ていた。
「どう?」
「お疲れさま、ジョン。今のところ、クリーチャーの姿は見えないわね」
「どのくらい様子を見るの?」
「お昼までかしらね。昼食を終えても状況に変化なしなら、ジャニスとカレンを残して接近しましょう」
「3時間くらいか。了解」
「マスター、よく冷えたスポーツドリンクっす」
「ありがとう」
僕は双眼鏡もスコープ付きの銃も持っていないので、灰皿にしている空き缶の前に椅子を移動して、タバコを吸いながらスポーツドリンクを飲む。
「ティファニー、あの戦闘車両って直せないの?」
「時間をかければ可能じゃないっすかね~」
「シカゴでオクトを始末したら、戻って来てジャニスのために修理してくれない?」
「バスはどうするっすか?」
「僕が運転を覚えるよ」
「シカゴから西海岸までの道にどんなクリーチャーがいるかわかんないっすから、それもいいかもしんないっすねえ」
「やった。ジャニスが喜ぶよ。教えてくる!」
雨水の溜まった空き缶に、吸い殻を放り込む。
バスの運転席のシートに立ってジャニスがRPGなんかを撃つためのハッチを開け、上半身を突っ込んだ。
「おわっ。逆さになってると頭に血が上るぞ、ジョン」
「ねえ。大聖堂ってのの前に、たくさん戦闘車両があるでしょ?」
「ああ。戦車に装甲車。護送車まであるなあ」
「オクトを殺したら、ティファニーがどれか修理してくれるって!」
「マジか! あ。でもそうなると、バスがな。カレンじゃ不安だし・・・」
「僕が運転を覚えるって。楽しみだねえ」
「本気かよ、ジョン?」
「あったりまえでしょ。でさ、たまにでいいから僕にも戦闘車両を運転させてよね」
「それが目的かよ。まったく。・・・いいよ。運転も手取り足取り教えてやるさ」
「うんっ」
屋根のパラソルの下で、のんびりティファニーに転送してもらったクルマの運転に関するムービーを眺める。バイクとはかなり違って見えるが、根本は同じだろう。
これなら、大丈夫そうだ。
「お昼ごはんを用意するわ。見張りを代わってくれる、ジョン」
「了解」
双眼鏡を受け取り、カレンの隣の椅子に座って大聖堂の方向を見張る。
戦闘車両の残骸。
それと灰色の何かが目立つ。
「カレン、戦闘車両の近くにある灰色のって何?」
「土嚢。ホントは土を袋に入れていくつも積み上げ、それに身を隠して敵を迎え撃つ。あれは土が雨で流れて萎んでないから、中は軍事用の特殊樹脂か何かだと思う」
「なるほど。・・・やっぱり生き物の気配はないね」
食事が出来ると、ティファニーが双眼鏡も使わずに見張りをしてくれた。
ハンバーガーを食べ終え、ジャニスとタバコを吸いながらアキの計画を聞く。
「アタシはバックでバスを接近させて、いつでも逃げ出せるように運転席で待機か」
「軍事ロボットとすれ違ってからクリーチャーは出てない。でも気を抜かず見張りする」
「僕はキャリアーを背負って行くよ、アキ」
「そうね。ティファニーが中にある物を修理できるって判断したら、バスまで運んで直してもらうのがいいわ。当時の人間達が皆殺しにされた建物に、泊まりたいとは思えないし。じゃあ、始めましょうか」
「おうっ」
後部の荷台からキャリアーを背負って屋根に戻ると、すでにアキとティファニーの準備は整っていた。
アキが軍事用デバイスに口元を寄せる。
「それじゃ接近を開始して、ジャニス」
「あいよ。まずはUターンだからな。落っこちねえように掴まってな」
まだこの辺りはクルマの残骸が少ない。
ジャニスの鮮やかな運転でバスがUターンすると、そのまま尻を大聖堂に向けて進み始める。
見る間に近づいてくる、独特な形状の建築物。
神に祈るための場所だとアキは言ったが、神というのはゴテゴテに飾りつけた壁の建物が好きなのだろうか。
砲塔というのがなくなってしまったり、キャタピラというのがメチャクチャに壊れてしまっている戦車の手前で、バスは停まった。
「行きましょう。油断はなしよ、2人共」
「うん」
「はいっす」
屋根を下り、戦車と戦車の間から建物の入口に向かう。
装甲車は損傷が少ない物が多そうだが、それでも運転席が潰れてなくなっていたり、フェンダー部分がごっそり吹っ飛ばされていたりする。
「おかしいわね・・・」
「何が、アキ?」
「壊れた武器やインカムはあるけど、ガイコツがないのよ。土嚢の裏にもね」
「アンドロイドが片付けたのかな」
「人間を、ゴミクズか害虫としか思ってないオクトの部下がっすか?」
「だってガイコツないもん。ねえ、アキ」
「雑談はそこまで。大聖堂は、クリーチャーがいて当たり前だと思ってて」
「わかった。って、ちょっと待って。こんなトコに、地下鉄の駅がある!」
「ええっ?」
「は? ・・・ああ。これはそういう名前の店っすよ。駅じゃないっす。しかも意味は地下鉄じゃなく、サブマリンサンドイッチを好きに作れる店って意味っす」
「ま、紛らわしい・・・」
交通ルールを覚えるため、僕はたくさんの文字をアキとティファニーに習った。
だから間違いないと思ったのに。
「でも地下鉄っすか。バスに戻ったら検討しましょうっす、アキ」
「・・・シカゴへの侵入経路?」
「そうっす。一考の価値はあるっす」
「そうね。ティファニーの作業中にでも、当時の路線図を見ておくわ」
土嚢が多くなっている。
ひしゃげたヘルメットに、壊れてしまった銃。
アスファルトには、爆発で抉られたとしか思えない痕もあった。
階段。その上に、大聖堂への入口がある。
アキがドアの前で目を閉じて耳を澄ますが、首を横に振ってドアをゆっくりと引いた。
「生き物の臭いはないね」
「ええ。踏み込むわよ」
アキを先頭にティファニーが続き、最後に僕が大聖堂に入る。
「そ、そんなっ!」
「・・・こんな事だと思ったっすよ」
「どしたの。って、うわぁ・・・」
僕達が目にしたのは、広い部屋の中央に高く積まれた夥しい数のガイコツ。
小さいのも多い。
それらを見下ろしている彫刻が、神なんだろうか。
「神なんていないんだね・・・」
「そう言いたくなるのもわかるわね、こんな光景を見せられると・・・」
「アサルトライフル発見っす~」
「こんなの見てなんともないの、ティファニー?」
「同情はするっすけどね~。世界が一部の人間のせいでここまで崩壊するのを、どうして止めてくれなかったんだって気持ちもあるっすから」
「そうじゃなくて、なんて言うか。ミルクレイプ・チェインソウの濁った目で見詰められてるみたいに嫌な気分になる。ここ・・・」
「気分が悪いならキャリアーを置いて外に出てなさい、ジョン。クリーチャーはいないし」
「じゃ、キャリアーはもらうっす」
「あ、ありがと。なんか吐きそう・・・」
2人の案じる声を背中に受けながら、小走りで外に飛び出す。
階段を下りてその一番下に腰を下ろし、ゆっくりと呼吸を整えた。
水筒を呷る。
「なんだろ、あの嫌な感じ・・・」
アキとティファニーに悪いなと思いながらも、タバコを咥えて火を点ける。
肺に溜めた煙を何度か吐き出すと、少しだけ気分が良くなったような気がした。
それでも中に戻って、積み上げられたガイコツの山の周りの床に散乱していた銃やインカムを集める気にはなれない。
「お待たせ。大丈夫、ジョン?」
「早かったね。ゴメン、手伝えなくって・・・」
「ティファニーが手早くやってくれたから。それより、気分はどう?」
「さっきよりは、かなりマシ」
「そう。ならバスに戻ったら、ベッドで少し休んでなさい。バイクで単独行動なんか始めたから、疲労が蓄積してたんだと思うわよ。今日と明日、ジョンはお休みね」
「そんな・・・」
「これはパーティーのリーダーとしての決定。不服なら、ジョンはもうバイクの運転禁止」
「・・・わかった」
バスに戻ると、アキにそのままベッドルームに押し込まれる。
バイクを運転できないなんて考えたくもない。仕方がないのでベッドに倒れ込むと、柔らかなスプリングの向こうまで体が沈んでいっているような気がした。