アポカリプスの庭で-18
朝食を済ませ、4人でテーブルや椅子を後部ハッチに運び入れる。
その作業を終え首にかけていたインカムを耳に装備する僕を、アキが不思議そうに見ていた。
「それ、軍事用デバイスの通信インカムよね? 無線式の」
「そうだよ。今日からバイクだからね。僕が使わせてもらうよ」
「今日からバイクですって!?」
やっぱり驚くか。
もしかして、反対もされるかな。
「どうするつもりなんだ、ジョン?」
「バスを使うのは、捜索範囲を広げるためでしょ。武器もインカムもいろんな場所で死んだ兵隊さんのをもらうから、バイクで走りながら見つけてこのザックに入れて持ち帰る」
「問題は危険かどうかよ?」
「クリーチャーがいねえ訳じゃねえからなあ」
「大丈夫」
「何が大丈夫なのよ、カレン?」
「ジョンはバイクの運転の練習じゃなく、バイクでの戦闘の練習をしていた。腕は上がってるから大丈夫」
カレンがそう言ってくれたが、アキとジャニスはまだ心配のようだ。
「なら、最初はバスから見える範囲だけにするよ。それならいいでしょ?」
「私達は屋根にいるから、それなら安心だけど・・・」
「いいんじゃねえか。危なっかしいなら、途中でバイクをバスに積めばいいんだし」
「・・・わかったわ。でも充分に気をつけてね、ジョン」
「うん」
夕方にはまたこの駐車場に戻って眠るので、焚き火などはそのままだ。
もしクリーチャーなんかに壊されたら困る物の積み込みを終え、バイクに跨って出発を待つ。
タバコを1本灰にする前に、バスはゆっくりと動き出した。
「・・・よし、ついに実戦だ」
吸い殻を指で弾いて飛ばし、ギアをローに。
バスの屋根のパラソルの下で心配そうに僕を見るアキに笑顔を向けると、ぎこちなくはあるが笑顔を返してくれた。
バスが向かったのは、道幅の広い道。忘れられた時代の言い方だと、4車線の幹線道路だ。
(聞こえるか、ジョン?)
(うん)
(今日の探索は広い道だけど、いくらかクルマの残骸がある。それを避けたりするし道が塞がれてる可能性があるから、バスを追い越す時は事前にこの無線で教えな)
(了解。アキ、カレン。ティファニーも聞こえる?)
(ええ)
(屋根から見てガイコツや武器があったら、方向を指示して。僕が取りに行くから)
(・・・それは助かるわね。それならお店なんかを見つけた時だけ、バスから降りればいいんだし)
(でしょ)
バスとバイクの、エンジン音と排気ガス。
それ以外の臭いや音がないかに集中しながら、のんびり進むバスを追いかける。
クルマの残骸や民家などもすべて探索すれば何か発見できるのだろうが、今は何より時間が惜しい。
(ジョン、対向車線の少し先。赤いクルマのそばに、コンバットスーツのガイコツが見えるわ。そこまで進んだらバイクを停めて、コンバットスーツの下にでも武器やインカムがないか見てくれる?)
(了解。軍事用デバイスはあったとしてもいらない?)
(地図表示機能、MAPってアイコンが消えちゃってるのはいらないわね)
(わかった)
交差点でバスが停まる。
赤いクルマは、ちょうどバイクの左だ。
エンジンは切らずにスタンドを立ててバイクを降り、手を合わせてからコンバットスーツをめくる。
(武器やインカムどころか、軍事用デバイスまでないねえ)
(そう。もう少し進むと、当時のガンショップがあるはずなのよ。そこは、私とティファニーで探索するわね)
(了解。なら僕は、その先のバスから見える範囲を)
(いいけど、くれぐれも注意してね)
ガンは銃、ショップはお店だ。
もし店内が当時のままなら、武器探しはそれで終わりかもしれない。
スピードは遅いけど、バイクで走り出すと風が心地良い。そろそろ、本格的に夏だ。
(見えた。あれだな。店の前で停めるよ)
(お願い、ジャニス。悪いけど付き合ってね、ティファニー)
(任してくださいっす)
アキとティファニーが、ガンと書かれた看板のさほど大きくない店に入っていく。
(ちょっと前に出るね、ジャニス)
(ああ。気をつけてな)
アクセルを開けてバスを追い越す。
道路脇には、不思議な形の木。アスファルトは傷みが少なくて、とてもいい道路だ。建物もたくさんあって、僕が読める看板には洋服と書いてあった。
それにしても派手な色の店の前にあるベンチに座った、真っ白な顔に子供がラクガキをしたような人形は何なんだろう。
「お、コンバットスーツ発見。って行き過ぎた!」
フットブレーキを蹴飛ばし、クルリと方向転換してコンバットスーツの横にバイクを停める。
降りて手を合わせてからコンバットスーツをめくると、大き目の銃があった。
(どうだ、ジョン?)
(銃と軍事用デバイス。盾にしたらしいクルマの下には、壊れてるけどインカムもあった。軍事用デバイスの地図表示機能は、・・・ダメみたい)
(おお、ツイてるな。それにしても、運転が上手くなったじゃんか)
(ありがと)
銃身がザックからはみ出したけど、構わずに入れて背負う。
(・・・あっ)
(どうした?)
(少し先に、パトカー。たぶんだけど)
(おお。期待できっかな)
(アキよ。店はカラッポ。ティファニーの話じゃ、ここはまだヘキサゴンステイツの支配地域じゃないけど銃があるのは明白だから、オクトの部下が来て持って行ったんだろうって)
僕がバイクでパトカーのところまで走ると、アキとティファニーはもうバスに戻ったらしい。
パトカーは、ドアもトランクもすんなり開いた。
後ろに回って、トランクを覗き込む。
「わあ・・・」
銃だ。
しかも、傷1つないように見える。手に持ってみると、僕のショットガンよりかなり大きいのに、比べ物にならないほど軽い。
(ショットガンね。ポンプアクションの)
(これもショットガンなのか。メチャクチャ軽いよ)
(ジョンのとは素材からして違うもの。トランクの中に弾はない?)
(紙の箱が1つだけ)
(じゃあ、それも回収してね)
(了解)
ザックにショットガンなどを入れていると、バスが追いついてきて屋根からザックが投げられた。
交換しろという事だろう。
ハシゴを半ばまで下りたティファニーに、銃やインカムの入ったザックを渡す。
「・・・これはっ!」
新しいザックを背負いながら、僕はバイクに飛び乗った。
(前方の交差点、右から悪臭。先行する!)
急発進。
持ち上がる前輪をアスファルトに押さえ込みながら、ギアを上げる。
(待って、ジョン!)
(単独行動の試験だとでも思って、アキ)
スピードを落とさず交差点に突っ込む。
このバイクはオフロードレース用なので、こういった挙動はお手のものらしい。
オーバースピードで後輪が滑る。
慌てずハンドルを逆に切りながら、僕はクリーチャーを視界に入れた。
(足の長いクリーチャー。アキ達が何匹か殺したってやつだね)
(飛ばすぞ、しっかり掴まってろよ。にしても、ドリフトしながら報告かよ・・・)
(事故!?)
事故じゃない。
クリーチャーがすぐそこなので、口には出さなかった。
足が長くて、腕も長い。形は人間に似ているけど、全裸で体毛のない砂色の肌。動きが鈍いので、殺すのは楽だとジャニスは言っていた。
交差点はもう抜けている。
直進する状態から体重を少しだけ右後方にかけながら、フットブレーキを蹴飛ばす。
バイクが横になる。また後輪が滑っている方向とは逆にハンドルを切って、僕はバイクのタイヤからクリーチャーの足に突っ込んだ。
(危ないっ!)
(いや、あれは見た目ほど危険な事じゃないさ)
「グギャッ」
足を轢かれたクリーチャーがしゃがみ込む。
まるで人間みたいだと思いながら、左手でショットガンを抜いた。
飛びかかられたらアクセルを開ければ逃げられる距離だけど、このくらいなら散弾のほとんどが命中する。何しろクリーチャーはもしバスに乗ったなら身を屈めるようにしなければならないほどに、背が高いのだ。
「バァイ」
ズドンという射撃音の後に、ビチャビチャとクリーチャーの血肉が乾いたアスファルトに降る。
どんな化け物でも、散弾で頭部を吹っ飛ばされては生きていられないだろう。
周囲にこのクリーチャーの仲間がいないか注意深く見回しながら、1発撃った弾を新しい物に変えた。
(他にはいなそう。アキは何か感じる?)
(・・・ないわね。それにそのクリーチャーは、単独でしか見かけた事がないわ)
(そっか)
(それより、あんな危ない事をするならバイクは取り上げるわよ!)
(うええっ!?)
(はっはーっ。運転の腕もバイクに乗ってる優位性も見せよう、なんて欲張るからだよ)
(笑い事じゃないって。ジャニスとティファニーなら、僕がそんなに危ない事してないってわかるでしょ!? アキに言ってやってよ!)
オフロードというのは、アスファルトで舗装されていない道という事だ。
ベッドを調達してきた後にティファニーが砂を運んでくれてそれを駐車場に撒いて練習したのだが、砂の上ではバイクは信じられないほど滑る。
そんなオフロードで速さを競うためのバイクだから、さっきの挙動くらいなんて事はない。
(とりあえず、この交差点の真ん中は見晴らしがいいわ。こっち来て上がってらっしゃい。水分と糖分を補給しながら、休憩にするわよ)
(・・・はぁい)
頭部を失った足長クリーチャーは、食べられるかどうかわからないらしい。
そのままバイクで交差点の真ん中に戻ってバスの屋根に上がると、ニヤニヤしているジャニスが冷蔵庫で冷やした缶ジュースを放ってくれた。
お返しに、胸ポケットのタバコに火を点けてジャニスの口元に運ぶ。
「ねえ、助けてよ。ジャニス」
「どうすっかなあー」
「そのムダにでっかい胸でも揉みしだけば、ジャニスは1発で堕ちるっすよ~」
「・・・じゃあ、失礼してと」
「お、おいっ!?」
「はいはい、そこまで。あんまりジャニスをからかわないの、ティファニーもジョンも」
「残念だったっすね~、ジャニス」
「了解。・・・ぷはあっ。やっぱり冷えてると美味しいねえ。冷蔵庫をキッチンに付けてくれたティファニーに感謝だよ」
丸くて中央から棒が伸びて、それでパラソルを支えているテーブル。
その席に腰を下ろすと、お皿に載ったロールケーキを渡された。これも缶詰だ。
それをフォークでつつきながら、必死でアキにオフロードバイクの説明をする。
「・・・まあオフロードレースがどんなものかはわかったけど、危険な運転をわざわざするのは感心しないわ」
「さっきのは運転も上手くなってるんだよ、って見せたくてああしたんだよ。次からは交差点の手前でバイクを停めて、背負ってるボルトアクションライフルで遠くから撃つ。危なくなったらすぐ逃げられるように、バイクから離れないし。ね?」
「そうねえ・・・」
結局、アキは僕の単独行動を許してくれた。
ただしクリーチャーや軍事ロボットがいれば、報告しながらなるべくそれとの接触を避け、何も発見してなくても1時間に1度はバスに戻るならだ。
笑顔で頷いて立ち上がる僕に、アキが苦笑を見せる。