アポカリプスの庭で-17
「・・・呆れた。探索から帰ったら、バスが装甲車になってるなんて」
「バスはバスっすよ~。ただ切ったタイヤのゴムを鉄板で挟んだ防弾板を、車体に貼り付けまくっただけっす」
「う、運転席の視界は大丈夫かこれっ!?」
背負っているキャリアーを下ろすのも忘れ、ジャニスが運転席に走る。
朝から探索に出て帰ったばかりなのに元気だなあ。
僕が初めてバイクに乗ってから、もう3日が経っている。その3日はバスの内装を改造するからと、ティファニーが廃墟から持ち帰ったテントで寝起きをしていたのだ。
あれから僕はカレンが見張りをしている時はバイクに乗って駐車場を走り回っていたので、それなりの運転技術を身につけている、・・・はずだ。
「アキ、中を見たらもっと驚くと思うよ。保証するから、見て来て」
「怖いわねえ。カレンは中に?」
「うん」
屋根の上で見張りをする僕に、アキがうんざりしたような顔を見せる。
それでも、アキはバスのドアに向かった。
説明のためにその後を追うティファニーは、イタズラ成功とでも言いそうな笑顔。嬉しそうで何より。
「・・・まあ、驚くよねえ。命懸けの戦いが始まる前なのに、バスの中があんな風になってたら」
西海岸を襲う計画を立てているオクトを殺す。
言葉にするのは簡単だが、それがどんなに困難な事かはみんなが知っているはずだ。
西海岸にもエージェントやガーディアンはいるが、軍事ロボットはほとんどいないらしい。100や200のエージェントやガーディアンを呼びに行っても時間のムダ。それがアキ、ジャニス、カレンの共通した意見だった。
「3人、じゃない。4人は、僕が守ろう。・・・オクトを殺したその時、みんなが生きてるならそれでいい」
アキがバスを降り、夕食の支度を始めながら屋根を見上げる。
「驚いたでしょ?」
「絶句したわ。ベッドルームに、お風呂にトイレ。キッチンまであるのね、どれも狭いけど」
「バスタブとトイレは直接パイプで外に繋いでるから、停まってる時に使うと大変らしいよ。逆にキッチンは、走りながら使うのは危険だってさ」
「・・・特にトイレは危険ね」
「アキはお風呂っていうのが大好きなんでしょ? 良かったじゃん」
「居心地が良すぎて、西海岸なんかどうでもよくなりそうで怖いわ・・・」
「このまま旅にでも出る? ジパングに行くには、船か飛行機が必要なんでしょ。それを探しにさ。ティファニーがいれば、ジパングまで行けるかもしれない」
「・・・何千人もの人々を見殺しにして?」
「うん。アキを責める人がいたら、僕が殺す。西海岸を思い出して哀しくなったら、抱きしめて朝まで眠る。それでどう?」
「素敵ね。・・・でも、それは出来ないわ」
微笑んだアキが、殺気さえ込められているような鋭い視線で西の空を睨む。
やっぱりか。
「残念」
「どうして急に、そんな事を言い出したの?」
「他人なんかどうなったっていいから、死んで欲しくないなあって。アキもジャニスもカレンも、ティファニーも」
「・・・そう」
「でも、アキ達は西海岸の人達を見殺しに出来ない」
「そうよ。だから、私達に付き合う必要はないの。私達が戻らなかったら、ティファニーと2人で旅に出なさい。西海岸に寄るのは、可能ならでいいから」
「それはないな。僕はアキとジャニスとカレンに死んで欲しくないんだ。ティファニーにもね。だから、そのために動くよ」
「どういう意味?」
「明日からはバスで探索でしょ。その時にわかるよ」
夕食の準備が出来ると、ティファニーが屋根に来て見張りを代わってくれた。
アンドロイドは睡眠も食事も必要とせず疲労もないからと、朝まで見張りをしてくれるのだ。それでも悪いので僕は夕食を食べると、眠くなるまでティファニーとお喋りをしに行くのだが、彼女はそんな時間を嫌ってはいないらしい。
今日もそうしようかと思って食事を平らげると、いつもは最後に食べ終わるアキがパンと音を立てて手を合わせた。
「ごちそうさまでした。ティファニー、本当に一番風呂は私でいいのね?」
「いいっすよ~」
「よーっし。おっふろ、おっふろ♪」
「ごちそうさまでした。嬉しそうだねえ、アキ。って、もう行っちゃった・・・」
「ジョンも後でカレンお姉ちゃんと入る」
「僕は最後に1人でね。お風呂は裸で入るらしいから」
「フラれたな、カレン。ああそうだ。これをやるよ、ジョン」
ジャニスがテーブルに置いたのは、小さな箱だ。
「タバコ?」
「そうだよ。やってみな、驚くから」
「へえ。いただきます」
1本抜いて口に持って行くと、不思議な匂いが鼻に届く。
たしかこんな匂いのキャンディを口に放り込まれて、酷い目にあったんだ。あれをやったのもジャニスだ。
「前に食わせたアメ玉みたいには辛くねえぞ?」
「ホント? あの日のゴハンは、口に残った香りで台無しだったんだけど・・・」
「大丈夫だっての。1本貸してみな。ほら。・・・ふーっ。いい香りだ」
「ホントかなあ。・・・ふーっ。あれ、スースーする」
「だろ? 今日の探索でそれなりに見つけたんだ」
「・・・んー、悪くはない。でも、僕は普通のヤツの方が好きかなあ」
「なるほど。じゃ、こっちはアタシが吸うか」
生まれて初めてのお風呂は、悪くなかった。
芯まで体が温まると、なんとなく疲れた筋肉にいい気がする。
「お風呂はどうだった、ジョン?」
「いいね。毎日だと水とバッテリーがもったいないから、たまにしか入れないんでしょ。また入れる時が楽しみ。それじゃ、おやすみなさい」
「おいおい、いったいドコで寝る気だよ?」
「運転席の後ろに決まってるじゃん」
「ベッドは大きいから、4人で寝られる」
「えー。カレンがくっついて来て、くすぐったくて寝られない予感が・・・」
「いいから来いよ、ほら」
「まあ、たしかに。ベッドがあるのに、通路で寝かせるのも。・・・うん。これは仕方のない事ね」
いくら大きなベッドを近場の民家からティファニーが運び込んだといっても、4人で寝るには狭いに決まっている。
なのに僕はアキとジャニスの胸に顔を挟まれ、カレンに半分乗っかかれながら、それでもいつしか眠りに落ちていた。
「・・・ん。朝か」
防弾板は、手動式に改造されたバスのドアにまで貼られている。それでも前を見たり周囲を見たり、敵がいれば窓を開けて銃で撃てるように隙間がある作りになっているので、朝陽は差し込むのだ。
目が覚めたので3人を起こさないように運転席と後部座席へのドアを抜け、そのままハシゴで屋根に出た。
「おはようっす、マスター」
「おはよう。見張り、ありがとね」
「いえいえ。インカムを修理しといたっすよ」
「インカム? ああ、なんか言ってたね」
「これっす。今日からバイクを使うつもりっすよね? それならこれが必要になるっす」
「バレてたかあ。どうやって使うの、これ」
「ちょっと失礼するっす」
インカムは、頭に装着する道具らしい。
(聞こえるっすか?)
「わ。機械を付けた方の耳から声が聞こえる」
(はいっす。口の脇にあるマイクは雑音をカットしてティファニーやアキ達の軍事用デバイスに声を届けてくれるので、バイクに乗りながらでも話せるっす。それに小声でも拾ってくれるから、よほど近くに敵がいなければ使えるっすよ)
「軍事用デバイスに繋がってる訳でもないのに、凄いねえ」
「まだマスターの分しかないっすけど、バスでの探索で範囲を広げれば全員分を用意できるはずっす」
「それと武器が揃ったら、シカゴか・・・」
敵は軍事ロボットと武装したアンドロイドに守られている、リミッター解除したアンドロイド。
どう考えても、簡単にオクトを殺せるとは思わない。
「怖いっすか?」
「アキ達やティファニーが死んだら、なんて考えると怖いね」
「自分が死んだら、とは思わないっすか?」
「思わないなあ。死は、いつ誰に訪れても不思議じゃないし」
「・・・若いのに達観してるっすねえ」
「小さな頃から、人を殺してばかりだからね。自分だけ殺されないなんて、都合のいい事は思わないよ」
「ど、どういう意味っすか?」
そういえばティファニーには話してなかったか。
僕の一番古い記憶はベレッタでブルースに逆らう街の人間を撃ち殺し、走って逃げて父さんが設置したCのある道へ誘き寄せた時のものだ。油断したのか鉄パイプで1発殴られて血だらけで走ったので、よく覚えている。
それを話すと、ティファニーの瞳が曇った。
「嫌な気持ちにさせちゃったかな。ゴメンね」
「いえ。それより、マスターのお父さんは・・・」
「死んだよ。お酒を街から支給されているうちに、お酒がなきゃ暴れ出すようになってね。僕がお酒と女を買うお金を稼ぎに行ってる時に、このショットガンの持ち主だったミルクレイプ・チェインソウに鈍器で頭をカチ割られて死んだ」
「・・・そうっすか」
バスの中から物音がする。
アキ達が起き出したのだろう。
バスの屋根には僕の膝より少し高いくらいの手摺りにまで防弾板が貼られていて、そこに針金で空き缶が括り付けてある。ティファニーが気を利かせて付けてくれた灰皿だ。
その横まで移動して、タバコに火を点ける。
「マスター。タバコを吸ってて、息が切れたりしないっすか?」
「ないねえ。街を出てからは、吸ってなかったからかな」
「ちなみに、何歳から吸ってたっすか?」
「4歳かなあ。記憶があるのは、そのくらいからだし」
「・・・やっぱりっすか」
「何がやっぱり?」
「なんでもないっすよ。それより早く顔を洗わないと、またアキがうるさいっすよ~」
「ははっ。じゃあ、下に降りようかな。探索の時、ティファニーは屋根?」
「そうっすね。今日中に繁華街まで行くなら、臨戦態勢っす」
「了解。じゃ、また後で」
水浴びと違い、洗顔なら水筒の水で済む。だがキッチンの水道という設備は貯水タンクに繋がっていて、バルブを捻ればそれだけで水が出るのだ。
キッチンはベッドルームの向こう。
車内に戻ってベッドルームに入ると、ジャニスとカレンが抱き合うようにしてまだ眠っていた。
「ジャニス、カレン、朝だよ?」
「・・・んんっ」
「もう朝かよ。・・・こら、ひっつくんじゃねえカレン。アタシはジョンじゃねえぞ」
「・・・ジョンにこんな脂肪は付いてない」
「おっぱいを揉むなっての。まだ酔ってんのか? 見張りも運転もしねえでいいからって、貴重なワインをガブガブ飲みやがって。この野郎」
「ヤロウじゃない。脂肪よ、揉み出されろ」
「大丈夫そうだね。じゃ、先に顔を洗いに行くよ」
運転席とは反対側のドア。
「おはよう、アキ」
「ジョン。おはよう」
「珍しいね」
「何が?」
「アキが下着姿で歩き回るの」
「・・・きゃあっ。ごめん、こ、こっち見ないで」
「了解。ベッドルームに戻ってるよ」
「本当にごめんね。パジャマを洗濯カゴに入れたんだけど、着替えを持って来てなかったのよ」
「今までとは違うもんねえ。・・・またビンタされるかと思った。クマさんパンツじゃなければ殴られないのかな。変なの」
「なにか言った?」
「なんでもない」