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アポカリプスの庭で-16




 バイクをバスの近くに置かれたスタンドに停め、タイヤを取りに戻る。今の僕に与えられた役割は、バスを改造するのに必要なクルマの鉄やタイヤを集める事だ。

 そう自分に言い聞かせたというのに、10歩も歩かないうちに僕は振り返ってバイクを見た。屋根の上のカレンとティファニーが、呆れたような表情をしているのも見える。


「意外。ジョンは学ぶ事が好きな少し変わった男の子で、物に執着するイメージはなかった」

「男の子はバイクとか好きっすからねえ」

「・・・もしかして、ジョンはムッツリスケベ?」

「かもっすねえ。おそらくあのハッチバック車のラゲッジスペースに入ったら、これ幸いと1人で処理をおっぱじめるっす」

「・・・ティファニー、ムービーの録画機能は?」

「バッチリ生きてるっす」

「最高級オイル10ガロン」

「請け負ったっす! 青き性の暴走を余すところなく切り取って、白日の元に晒してやるっす!」

「しないよっ!?」


 まずはひっくり返っているクルマから、タイヤだけを外して回る。

 それをバスのそばに運び終わると、アキから最初の武器が見つかったとの報告が来た。


「アキ、それは?」

「バレルの曲がったアサルトライフル」

「・・・いらない」

「カレンが使わなくても、ジョンが使うでしょ。もう1丁見つけて、ニコイチ修理できたらだけど」

「修理工場はどうっすか、ジャニス?」

「まだねえなあ」

「工具なら、ジョンのバイクが積んであったクルマにたくさんあったじゃない」

「欲しいのはボンネットを切ったり、ボルトを通すための穴を開ける工具っすよ」

「そんなの、私とジャニスだけで運べるの?」

「物によるさ。判断はアタシがするから、とりあえず修理工場を見つけるのが先だね」

「了解。ジョン、水分はちゃんと摂取してね? これから暑くなるから、こまめに水分補給する癖を付けなきゃ」

「うん。ちゃんと水を飲みながらタイヤを集めてるよ」


 覚悟していたクリーチャーの襲撃がないので、思っていたより作業は進んでいる。

 出来れば、お昼ゴハンまでにタイヤだけでも必要量を集めてしまいたい。

 昼が近くなるにつれ、気温はドンドン上がっていく。疲れを感じたら汗を拭い、バイクを見ながら水筒の水を飲んだ。


「マスター。そのタイヤを運んだら、次は取れてるボンネットやドアを集めるっす~」

「はーい。タイヤは終わったか」

「その前に昼食」

「こっちもお昼ごはんにしましょうか、ジャニス」

「やっとか。今んトコ、アサルトライフルが1にサブマシンガンが2、ポンプアクションのショットガンが1だな。インカムは2か」

「全部メチャクチャに壊れてるけどね。こんなの、本当に直せるのかしら」


 お昼ゴハンはアキとジャニスが持って行った物と同じ、パンに野菜とお肉を挟んだお弁当だ。驚いた事に、使っているのはすべて缶詰。ガソリンスタンドの店でたくさんの缶詰を手に入れたので、こんな贅沢も出来るらしい。


「美味しいね、カレン」

「夜はサハギンの塩焼き。そっちのが楽しみ」

「サハギン好きだねえ。僕もだけど」

「肉の方が美味いに決まってらあ。なあ、アキ?」

「お米があればなんでもいいわ。バスに帰ったら、まずはお米を炊くわよ」

「このライス中毒者め」


 お昼ゴハンが終わってからは、また黙々と材料集め。

 タイヤは外したりトランクから下ろしたりしなきゃならなかったけど、ボンネットやドアは元から取れているのを探して運ぶので少し楽だ。


「マスター!」

「あれ、軍事用デバイスの通信じゃない?」

「こっちっす~」


 その声に振り向くと、上下水着姿のティファニーが裸足で手を振りながら駆けて来るのが見えた。


「もう修理が終わったの!?」

「マスター登録してリミッター解除したアンドロイドなら、このくらい朝飯前っす! それよりどうっすか、このビキニ! 下はなんと、Gストリングっすよ!?」

「へー。で、手伝ってくれるの?」

「・・・枯れてるっすねえ。はいっす。ティファニーがボンネットやドアを引っぺがすので、マスターはそれを運ぶっす」

「引っぺがすって、素手で!?」

「モチのロンっす!」


 そう言うとティファニーはクルマの残骸に歩み寄り、ドアに手を、車体に足をかけて、いとも簡単に引き千切った。


「凄っ・・・」

「ドンドンいくっすよ~!」


 四肢を取り戻したティファニーの活躍で、作業は急ピッチで進む。

 そのおかげでアキとジャニスが戻る前に、ほとんどティファニー1人で必要量の鉄板を集め終わってしまった。


「・・・僕、いなくてもいいじゃん」

「にゃはは。マスター、軍事用デバイスをティファニーに差し出すようにして欲しいっす」

「こう?」

「はいっす。そのまま少しだけ動かないでくださいっす」


 何をするのだろうと思って見ていると、ティファニーの左手の人差し指が割れ、小さな機械が現れた。


「なにそれ?」

「これを、軍事用デバイスにこうっす!」


 指先にあたる部分が、軍事用デバイスのディスプレイ部分に接続される。

 目を閉じたティファニーがブツブツ呟くのを見守っていると、指は軍事用デバイスから離れて元のほっそりした人間の人差し指に戻った。


「で?」

「マスターの軍事用デバイスに、バイクの運転知識を得られそうなムービーを入れておいたっす」

「おおっ。ムービーって、動く写真だよね?」

「そうっすよ~。ここからの作業はティファニーに任せて、マスターはそれを見て勉強しておくっす」

「そんな。それは申し訳ないよ」

「手伝うつもりなら、せめて素手でドアを薄い鉄板に加工できないとっす」

「すいません、ムリです・・・」

「なら、大人しく勉強しておくっす」

「・・・わかった。カレンと見張りを交代しながら見ておくから、軍事用デバイスの操作方法を教えて」


 ムービーの再生や停止、巻き戻しなんかの操作方法を教わり、バスの屋根に上がってカレンと見張りを交代する。

 両足を取り戻したので明日からティファニーは、単独で探索に出るそうだ。バスの改造に必要な物は、自分で集める事にしたらしい。アキとジャニスが思ったより武器を発見できないので、気を使ったのだろう。

 危険だから僕も行くと言いかけたが、そうなるとカレンが1人でクリーチャーに襲われる可能性があるので言葉を飲み込んだ。

 素手でクルマのドアを引き千切るティファニーと、小柄で得意武器がスナイパーライフルのカレン。どちらと一緒に行動するべきかは、僕にだって判断できる。


「ジョン、おかげで休めた。交代」

「うん。じゃ、ムービーを再生っと。・・・なんだこれ、交通ルールの基礎知識? 僕がバイクで走るのは荒野と廃墟だから、これは飛ばしていいかな」

「それだとジョンは、西海岸でバイクに乗れない」

「そうなのっ!?」

「西海岸は、標識なんかがそのまま残ってる。管理局で世界が崩壊した当時と同じ実技テストに合格しないと、街での運転は許されない」

「なら、交通ルールってのも覚えないといけないのか。大変そうだなあ・・・」

「ジョンなら大丈夫」


 アキとジャニスは、クリーチャーに出会う事もなく無事に帰還した。

 ロボットも見かけなかったそうなので、まだヘキサゴンステイツに入っていない区域なのかもしれないとティファニーは言っている。

 焼いたサハギンと大盛りライスを食べて眠り、僕とカレンは朝からまたお留守番。


 それから5日ほどは、何事もなく過ぎた。

 たまに来るクリーチャーは、エサを求めてずっと歩き続けているらしい灼かれしモノくらい。

 おかげで僕の交通ルールの勉強はかなり捗った。


「ジャニス。今日はよろしくね」

「任せな。せっかくの休みだからねえ。見張りはティファニーがしてくれるって言うし、思う存分バイクの運転を練習しな。最初は見ててやるからさ」

「うん。・・・ついに乗れるんだね、僕」


 今日はアキとジャニスの探索も、2日前から始まっているティファニーのバスの改造もお休み。僕とカレンは疲れてないからいいと言ったけど、見張りはティファニーがしてくれるらしい。

 なので、僕は初めてバイクの運転をする事になった。


「嬉しそうねえ、ジョン」

「女より機械が好き、とかだとヤバイ。ティファニーは新品未使用の、性交渉可能な下半身を自分に移植してる」

「マジか!?」

「主人の性的サポートもアンドロイドの嗜みっすよ~」

「いらないいらない」


 ティファニーは屋根の上で不満そうに口を尖らせるけど、必要ないのだから仕方がない。

 バイクに跨がり、まずはエンジンをかけた。


「おおっ」

「初めてのキックスタートで成功か。やるなあ、ジョン」

「でもムービーで見るのと自分でやるのじゃ、やっぱり違うねえ。動かしていい、ジャニス?」

「いいよ。好きに動かしな。コケて少しくらい壊したって、ティファニーが直してくれるさ。あの子はあれで、いっぱしのメカニックだからね」

「スタンドは足で蹴れば動くっすよ~」

「そういえばスタンドを付けてくれたんだったね。ありがとう、ティファニー」

「西海岸でも乗るために、後でウィンカーやミラーなんかも付けとくっすよ~」


 お礼を言いながら、ギアをローに。

 ブレーキを放しながらゆっくり丁寧にクラッチを繋ぐと、バイクはグズったような音を出して沈黙した。


「うあー・・・」

「エンストだな。最初は仕方ないさ」

「そうっすね~」

「軍事用デバイスで見たムービー。レース中はすごく速いのに、そうじゃない時は優しく滑らかにバイクを操る人がいてさ。マネしたかったけど失敗」

「練習を怠らなきゃ、いつかジョンにも出来るさ。ほら、もう1度だ」

「うん」


 さっきのエンストを思い出す。

 丁寧というよりは、臆病というべき動作だったかもしれない。

 エンジンをかけ、今度は恐れずにクラッチを繋ぐ。


「動いたっ!」

「やるわねえ、ジョン」

「・・・こういうのを感動って言うのかな」

「駐車場を一周りして来な。まだ道路には出るんじゃないよ?」

「うん。いってきます」


 アクセルを開ける。

 バスでは感じた事のない加速感。


「凄いっ!」


 セカンド。

 ギアを上げた途端、前輪が浮き上がる。

 ここで焦ってはいけないと、交通安全について講習をしていた白髪のお爺さんは言っていた。


「それにガイは、いつも前輪を上げながら加速してた。スタートでも、時にはコーナーからの立ち上がりだって!」


 軍事用デバイスのムービーにあったレース映像。

 ガイという髭面の若者はクレイジー、つまり頭がおかしいレーサーだと言われていたらしい。でも彼にはたくさんの応援者がいたし、僕も彼の走りが1発で好きになった。

 こんな風に、僕も走りたい。そう思ったからこそ、軍事用デバイスでの勉強を真剣に続けていたのだ。



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