アポカリプスの庭で-14
ティファニーが失っている右腕は確保してあるのでもう必要ないのだと思っていたが、どうやら1本あればそれでいいというものではないらしい。
右腕が1本に、丸ごとの女性用下半身が2つ。さらに左右の足も2本ずつ背負わされ、ジャニスは見るからに辛そうだ。
「代わろうか、ジャニス?」
「・・・こ、こんくれえ、屁でもねえさ」
「ならそこの足も取るっす、ジャニス」
「うるせえポンコツ。これ以上ワガママ言うと、エリー湖に沈めちまうぞ!」
「ケチンボっすね~」
「ティファニー、時間がないんだ。1秒でも早くビーチウッドって地域の方向に回り込んで、クリーチャーの少ない場所を探してからキャンプ地を決めなきゃいけないんだから」
「仕方ないっすねえ。なら、これだけでガマンするっす」
「行こう、ジャニス」
「おう。しかしこんな重いのが仲間になって、バスは大丈夫なのかねえ」
「キャンプ中はマスターとティファニーがそこらのクルマの残骸から部品を取って、バスも改造するっす。今より頑丈にして走行性能も上げるから、気にしないでいいっすよ~」
そんな話は聞いていないが、可能なら是非ともやってもらいたい。
まだそこまで話し合ってはいないが、シカゴへの潜入が困難だったり、潜入が露見して治安部隊の戦闘車両に追われるような状況になれば、バスの性能は少しでも良い方がいいだろう。
バスの車内に荷物を下ろすと、ジャニスはすぐにエンジンを始動させた。
「ああっ、重かった。行くぞ。東に少し戻って、広い道をめっけたら右折すりゃいいんだよな?」
「お疲れさま。そうね。湖のそばなら水には困らないけど、サハギンの襲撃が鬱陶しいと思うわ。それに、クリーブランドの中心部から遠いし」
「あいよっ」
バスが動き出す。
ティファニーは座席ではなく床に胴をついて、嬉しそうに持って来たパーツを点検している。
「アキ。このバスなんだけど、ティファニーが頑丈にして走行性能も上げてくれるって」
「ええっ。あなた、車両の改造なんて出来るのっ!?」
「データベースにある既存の改造だけっすけどね~。新たな設計は出来ないっすよ」
「そのデータベースは、どのくらいのものなの?」
「当時のインターネットのほとんどっすねえ」
「ええっ!?」
「それって凄いの、アキ?」
「うーん。世界が違うから、断言は出来ないわ。でもね、私が知っているインターネットというのは、神様の図書館みたいなモノなのよ。情報が正確である保証はないけど、それで調べられない事なんて本当に専門的な知識の、とても詳細な情報だけ。それが画像や映像まで閲覧できるとなれば、ティファニーは今の人類の誰より腕の良い技師で、並ぶ者などない学者と言ってもいいわね」
「へえ。凄いんだねえ、ティファニーって」
どうだ! そう言わんばかりの表情でティファニーが僕を見上げる。
とても誰より腕の良い技師にも、誰より知識を蓄えている学者にも見えないので、とりあえず頭を撫でておいた。
肌の手触りも、髪の感触も人間と変わらない。少し下か同年代の女の子にしか思えないのだ。
「ティファニー、服は? ジョンの前で全裸、羨ましい」
「そうは言ってもカレンたん。このまま服を着たら、オイルは付くし剥き出しのパーツで生地を傷めるしで大変な事になるっすよ~」
「なら、こうすればいいのよ」
アキが荷物をゴソゴソと漁って取り出したのは、いつもアキとジャニスが着けている上半身用の下着のような物だった。
「じゃーんっ。カレン用の水着! 19歳とジュニアハイスクールの生徒なのにピッタリな不思議っ!」
「アキ、コロス・・・」
「ぶははっ。それなら安心だな。道幅のある通りをめっけたから、右折すんぞー」
水着が何かは知らないが、形からしておそらく下着のような物だ。それより今までは湖沿いを進んでいたので建物は少なかったが、街に入れば建物がたくさんあるはず。そちらの方が気になる。
ジャニスの横に移動してタバコに火を点け、ジャニスに咥えさせながら初めて見る街並みを観察した。
「凄い。損傷の少ない廃墟が、こんなに・・・」
「これでもクリーブランドの中心からはだいぶ離れてるはずだからな。建物もまだショボイんだぜ」
「じゃあ中心部は・・・」
「ああ。ビルや店舗がたくさんあって、お宝の山だろうな。見なよ、右の店だ。ショーウィンドウの中に、当時の商品がそのまま残ってらあ」
「あれは、洋服だね」
「銃どころか、戦闘車両まであるんじゃねえかこりゃ」
「そんな簡単なはずないじゃないっすか~。軍関係の建物や警察署は、ヘキサゴンステイツの治安部隊が捜索した後のはずっすよ」
後ろから、ティファニーが言う。
「じゃあ、どこから銃を調達しろってんだよ!?」
「この辺りはそうでもないっすけど、クリーブランドの中心部はかなりの激戦区だったはずっす。なんせ当時はマスターの言うクリーチャーが溢れ出し、この辺りは地獄のようだったみたいっすから。そんで生き残った人間が一息ついたら、オクトの軍事ロボとアンドロイドが人間狩りを始めたんすよ?」
「当時の軍には、軍事ロボもいたでしょうに。どうしてこの辺りの人間は狩り尽くされたのかしら・・・」
「アンドロイドは人間に紛れ込むのが得意っすからねえ。最初期に作ったアンドロイドを、人間側の拠点に紛れ込ませてたんじゃないっすか」
「でもさ、その頃のアンドロイドは、どうしてオクトに従ってたんだろ。人間を殺せと言われて放り出されても、人間に助けを求めれば殺されはしないよね?」
「アンドロイドは既存の物を作るのは得意って言ったはずっす」
「言ったね。それで?」
「アンドロイドを拉致して爆弾を取り付けてから売買する、人間の犯罪組織。その手口、アンドロイドの頭部に埋め込む爆発物のデータが残ってたっすよ。さすがに建国後に作られたティファニー達みたいなアンドロイドには、取り付けられてないっすけどね」
「・・・クズだねえ。当時の人間も、それを利用したオクトも」
人間にもアンドロイドにも、悪人はいるという事か。
「ねえ、ティファニーは銃の修理なんかも出来るの?」
「もちろんっす。じゃなきゃ装備を整えろなんて言わないっす。損傷にもよりますが、同じ銃がいくつか必要になるっすね」
「ティファニー。あなたもしかして、軍事用デバイスを修理できたりする? 損傷がこれくらいのを5つ集めてあるんだけど」
アキが何もない場所から軍事用デバイスを取り出す。アイテムボックスとかいうやつだろう。
ティファニーはギョッとしたようだがそれには触れず、黙って片手で軍事用デバイスを受け取った。
「ん~。・・・可能っすね。マスターの装備なら、気合入れて直すっす」
「それ、3つは通信機能が残ってるわよね。ジャニスとカレンのは通信機能が死んじゃってるの。その部品を使って、それも直せない?」
「いけるっすよ~」
「おおっ。やったな。あの重い通信機を担いで歩く必要がねえなら、ゴミ拾いみてえな武器集めも早く終わりそうだ」
「なら右手をくっつけたら、軍事用デバイスから直すっす」
「ありがたいけど、いいの?」
「武装の充実が最優先っすからねえ。クリーブランドの中のクリーチャーは軍事ロボットが駆除するっすけど、キャンプ地は普通に襲撃されるし」
「敵地の方が安全って事か。変な状況だね」
キャンプ地は夕方には決まり、右手を取り戻したティファニーはすぐに軍事用デバイスの修理に取り掛かった。
なんでも耳に付けるインカムとかいうのが当時はあったらしく、明日の朝から探索に出るアキにそれを見つけたら持ち帰ってくれと頼んでいる。
一緒にゴハンを食べられないのが残念だと僕が呟くと、ティファニーはいつもと違う優しげな笑顔で『その言葉だけでおなかがいっぱいだ』と言っていた。
バスに乗る人間が1人増え、そのティファニーの作業スペースも必要なので、夕食後にバスの前部と後部の荷台を隔てていた鉄板とフェンスは取り除いてある。
今の見張りはアキ。次が明日アキと探索に出るジャニスで、その次が僕だ。
「ふうっ・・・」
「眠れないっすか、マスター?」
「ん。なんか、状況に着いて行けてなくてね。ティファニーは寝ないの?」
「アンドロイドは眠らない。だから夢も観ないっす」
「・・・そっか」
「でも、夢が出来たっす」
「へえ。教えてくれる、その夢?」
「死んだと思ってたのに生きてて、3000の夜を1人で過ごしたっす。絶望してたはずなのに、今は笑ってる。だからずっと、死ぬまで笑っていたいっす」
「・・・オクトを片付けたら、もっと楽しい毎日になる。ねえ、もう1つだけ訊いていい?」
ティファニーが小さく笑う。
質問の多い奴だと、呆れているのかもしれない。
「なんっすか?」
「どうして、僕をマスターに?」
「そうですねえ。・・・マスターがスペシャルだからです」
「スペシャル? ゴメン、僕は言葉をあまり知らないんだ。アキに教わってはいるんだけれど」
「時間が流れ過ぎて、当時の言葉は古代語のようになってるっすからねえ。いつか話すっす」
「アキもハッピーニューイヤーの意味は半年後まで教えてくれないって言うし、みんなして意地悪だなあ」
「ハッピーニューイヤーの意味っすか?」
「うん。言ってなかったっけ。僕の名前は、ジョン・ハッピーニューイヤー。ハッピーニューイヤーの意味を知るために暮らしていた街を出て、アキ達に会ったんだ」
「そうっすか。半年後が楽しみっすねえ」
「やっぱり教えてくれないか」
「アキの楽しみを取っちゃ悪いっすから。・・・その時、ティファニーも一緒ならいいな」
「一緒に決まってるじゃん。西海岸で、スカベンジャー・ハントをして暮らそう。きっと楽しいよ」
「スカベンジャー・ハント? ・・・ああ、なるほど。ふふっ、そうっすね」
いつの間にか、僕は寝ていたらしい。
ジャニスに揺り起こされ、2人におはようを言ってからバスの屋根に上がろうとすると、ティファニーに軍事用デバイスを渡された。
それと自分のボルトアクションライフルを持って屋根に上がる。ソードオフ・ショットガンとハンドガンのホルスターは、付けっぱなしで寝ていた。
まずボルトアクションライフルの装填を確かめてから、水筒の水を含ませたタオルで顔を拭く。
「星がキレイだ・・・ ってそうじゃない。軍事用デバイス」
軍事用デバイスはフィストガード付きのレザーグローブからエルボーガードまでの途中にディスプレイというのがあり、左腕にベルトで腕に取り付けられるようになっている。ベルトでしっかりと固定した。
勉強のためにディスプレイの文字を読みたい気持ちを押し込め、周囲の闇に目を凝らす。
「だだっ広い駐車場のど真ん中。クルマの残骸も少ない場所だから、見張りがしやすいな。さすがだ」
「そうっすねえ」
「ティファニー!?」
「はいっす」
「どうやってここまで・・・」
「足がなくても、ないなりに動けるっすよ。隣、いいっすか?」
「もちろん」
「マスターは、夜目が利くっすね」
「いや。そうでもなかった、はず・・・」
ティファニーは、特に用事があって上がって来たのではないようだ。
お互いのいた街の事や、今までの旅の事。
たくさん話したので、見張りの時間はあっという間に過ぎた。
2時間の仮眠を取ったら、力仕事が待っている。
車内に戻って毛布を被ると、なぜか今度はあっさりと眠りに身を委ねる事が出来た。