アポカリプスの庭で-12
僕の膝の上に座るカレンが、痛む頬をぷにぷにと指で突く。
地味に痛いのでやめて欲しい。
「痛い? ねえ、ジョン。痛い?」
「痛いに決まってるでしょ。だから突っつかないでよ、カレン」
「痛みを噛み締めて、その分アキの好感度を下げるといい。勝手にパンツを見せたくせにゴリラ並みの怪力でビンタするとか、人間の所業じゃない。アキはちょいブスな鬼、外道、鬼畜。わかった?」
「はいはい」
「くくっ。にしてもアキ、ジョンに会う前に廃墟で、衣料品はたんまり手に入れただろ。きわどくてエロいのもたくさん持ってんのに、なんでクマさんパンツなんだよ?」
「・・・うっさいわねえ。ジョンはまだ未成年だし、油断してたのよ」
「オマケにライアットガンどころか、ハンドガンの1つもパトカーにゃなかったし」
「それは私のせいじゃないでしょ!」
衝撃。
賑やかな声を、急ブレーキの音が掻き消す。
「あっぶな。カレン、頭ぶつけなかった?」
「ジョンが守ってくれたから平気」
「危ないわねえ。どうしたのよ、ジャニス?」
「・・・前を見な」
小柄なカレンを抱き上げ、通路に出る。
アキも反対側のシートで立ち上がって、フロントガラスの向こうを見ていた。
視界に入るのは状態の良さそうな大きな廃墟と、見た事もない形の大きな鉄の物体。いや、あれはオババの家の本で写真を見た事がある。それが何かは知らないけど。
「ジャンボジェット。いえ、それよりは小さいわね。どう見ても飛べそうにないけど。でも、空港に間違いはないわ。少し待って。私の軍事用デバイスにある、当時の地図を・・・」
「そうじゃねえよ、アキ。もっとよく見ろ。空港から先の道路だ」
アキが顔を上げる。
「そ、んな・・・。クルマが片付けられたみたいに、1台も見当たらないなんてっ!」
たしかに前方には、クルマの残骸がない。
でもこの規模の古い街なんて初めて見る僕には、それのどこがおかしいのかまったくわからない。
「何が問題なの、アキ?」
「この世界が崩壊したのは、酷くゆっくりとよ。だからこそ人間は生き残れたんだけど、その後は往時の力を取り戻すなんて夢のまた夢。あんな風に道路をキレイにする機材も人員も時間も、今の人類にはないはずだわ」
「クルマの残骸はあって当たり前。ないからこそおかしいって事か」
「そうよ。誰が、こんな事を・・・」
「なんか来た!」
「くっ、戦闘準備っ!」
カレンが1つ後ろのシートに置いているスナイパーライフルに飛びつく。
僕も座席の上の棚から、ボルトアクションライフルを手に取った。
通路でなるべく身を屈め、前方を睨む。
「戦闘用ロボットですって!?」
「逃げるぞっ!」
クルマに人間の上半身をくっつけたような物体が、バスとは違う方向に銃を撃つ。
「何っ!?」
「空港の敷地にサハギンの死体。あ、ロボットが引き返すわね」
「どういう事だ?」
「・・・わかんないわよ」
誰もが黙り込む。
この3人でも、どうしたら良いかわからないという状況は存在するらしい。
大きく息を吐いたのは、アキだ。
「少し戻って考えましょうか。ジャニス、少し手前に公園があったでしょう。そこの駐車場まで戻って」
「わかった。・・・こりゃ、大人しく南回りで帰った方が良さそうだな」
「そうかもね」
バスが向きを変え、動き出す。
いつもと違って会話がないし、カレンも僕の膝の上ではなく別のシートに座った。
手持ち無沙汰なので、ついついタバコに手が伸びる。それを吸い終える前に、バスは公園という場所の駐車場に到着したようだ。
「ここで一晩、ゆっくり考えましょう」
「・・・だな。とてもじゃねえが、状況を整理できねえ」
「すぐそこにトイレもある。しばらく滞在して、クリーブランドを探ってもいい」
「まずはトイレの安全確認かしらね。ジョン、付き合ってくれる?」
「もちろん」
ボルトアクションライフルを背負い、ショットガンを抜く。
「行けるよ、アキ」
「カレンは屋根で索敵。でも、狙撃される可能性も頭に入れて注意してね。ジャニスは、いつでも逃げ出せるようにしておいて」
「・・・屋根にいて狙撃にどう注意しろと」
「ここにはクルマの残骸があるけど、ロボットは来ねえのかな」
「わからないから、気をつけるしかないのよ。それに行きは気にしなかったけど、クリーブランドからここまでの道には規則的にクルマの残骸があったわ。まるで、問題なく車両は通行できるけど、非常時には盾に使うために配置したみたいにね」
「マジかよ・・・」
「まあ、そう感じただけで根拠はないわよ。とりあえずトイレを見るついでに、公園内を探索してみるわね。クリーブランドの状況を理解するための、手がかりがあるかもしれない」
「ジョンもいるんだ。気をつけろよ?」
「危険そうならすぐ戻るわ。行きましょう、ジョン」
「うん」
トイレは男女ともに、使用されている形跡はなかった。
アキと頷き合い、公園の奥に歩を進める。
アキが前、僕がその右後方だ。
「な、なにあれ・・・」
思わず声が震える。
駐車場から少し進んだ場所には、信じられないような光景が広がっていた。
爛れた肌の胴体。
引き千切られた手足。
それらが、うず高く積み上げられているのだ。
少し先の地面では目の辺りに穴が空いた少女の生首が、歩みを止めた僕達を虚ろに見詰めている。
「落ち着いて、ジョン。あれは死体じゃないわ。腐臭がないでしょ」
「・・・本当だ。臭うのは血じゃなくて」
「オイル、ね。どうやらここは、アンドロイドの墓場のようよ」
「アンドロイド?」
「人造人間。ロボットのようなものよ」
「ロボットは、さっきの街でサハギンを倒したヤツだよね?」
「そうよ。どっちも人に作られた存在。こっちの世界に存在していたのは知ってたけど、こんなに多くのアンドロイドがどうして・・・」
「もっと奥に行ってみる?」
「クリーチャーの臭いはないし、そうしましょうか。でも、私が逃げてと言ったら今度は従ってね」
「わかってるよ。あの時はゴメンって」
これが人間の死体でないとしても、人間と同じ形をしている。
気味が悪くて仕方がない。
いくつかの死体の山を見て回っていると、アキがふと足を止めた。
「・・・おかしいわね」
「何が?」
「服を着てるアンドロイドがない。五体満足なのもあるけど、すべて全裸なのよ。男も女も、子供も大人も老人もね」
「洋服は可燃ゴミ。可燃ゴミの処分場はあるけど、アンドロイドの処分場はない。それだけの話っすね~」
「誰っ!?」
アキが日本刀を抜く。
声がした方向に、僕もショットガンの銃口を向けた。が、そこにいたのは、左手しかない下半身を失った少女だ。
見ているだけで痛々しい。
「・・・あなたは誰?」
「ティファニーっす。ここに来る前はシカゴで、ジュニアハイスクールの生徒を演じてたっす」
「演じていた?」
「そっすよ~。あ、そこな美少年。後ろのちょっと高い位置にある、ほっそりした右手を取ってくんないっすかねえ? こんな体なんで、這い回るしか出来ないでしょう。ずっと狙ってたんっすよ、そのパーツ」
「えっと、アキ?」
「要求はこちらの質問に答えてからよ、アンドロイド」
「ティファニーって言ってるのにぃ・・・」
人間なら即死している状態でも、ティファニーは頬をふくらませて抗議する余裕があるらしい。
振り向いて白くて細い腕を取り、地べたにうつ伏せているティファニーに近づく。
「おおっ。それっすよ、それっ!」
「ねえ、知ってる事を話してくれないかな。そうすれば僕達だって、君に優しくなれると思うんだ」
「い、今は優しくないんすか?」
「うん。動けない君の前に女性の腕や下半身を積み上げて、それを燃やしてバーベキューをするくらいにはね」
笑顔で言ってやる。
交渉事は、お互いの言い分を言い合っていたらいつまでも終わらない。
どうしてくれたら、どうしてあげるのか。
それをはっきりさせるのが、早く終わらせる一番の近道だ。
「じゃ、じゃあ、話したら工具なんかも用意してくれるっすか? パーツを集めても、工具がなきゃ修理できないっす」
「私達が持ってるのなら貸すわ。クリーブランドの状況を教えてくれて、そこが安全だというなら探しに行ってもいいし」
「わおっ。話す、話すっす。何が聞きたいんすか!?」
「クリーブランドの空港の前に、戦闘用ロボットがいたわ。あれは何?」
「ヘキサゴンステイツを守る軍事ロボっすよ~」
「ヘキサゴンステイツ?」
「はいっす。クリーブランド、デトロイト、シカゴ、インディアナポリス、シンシナティ、コロンバスを結んだ線の中を領土とする、アンドロイドの国っす」
「アンドロイドの国・・・」
難しい話になりそうなので、考えに集中するためにタバコを咥える。
すると、見ててかわいそうになるほどティファニーが慌て出した。
そうか。オイルは燃えるんだっけ・・・
「で、演じてたってのは? ちゃっちゃか吐かないと、狙ってたキレイな腕が黒焦げになるわよ」
「アンドロイドにはそれぞれ役が割り当てられているっす! ティファニーはジュニアハイスクールに通って、週末にはショッピングモールで買い物を楽しむっす。エアだけど!」
「エア?」
「服なんかはヘキサゴンステイツでも作ってるっすけど、アンドロイド全員が毎日着替えて、週末に買い物するほどの量は作れないっす。製造関係の仕事に就いてる人の大半は、アンドロイド関係の製造に回されてるっすから」
「・・・意味がわからないわ」
アキは困惑しているらしい。あの頭のいいアキが、だ。
もしかして、ティファニーの説明が悪いのだろうか。
「そこっ、何おもむろにライターを取り出してるっすかっ!?」
「腕が惜しいならちゃんと説明しなさい。そのヘキサゴンステイツで、どうしてアンドロイド達がそんな事をしているの?」
「オクトの爺さんがイカレポンチだからっすよ!」
「・・・オクト?」
「シカゴにいる、ティファニー達の生みの親っす!」
「そのオクトもアンドロイドなの?」
「そうっすよ。世界をこんな風にしたのは人間。だから、人間を野放しにはしておけない。でも孤独には耐えられないから、アンドロイドを作っては大昔の人間の生活を真似させているっす」
「じゃあ、特に悪さはしてないのね?」
「まあ、今はまだそんなでもないっすねえ」
「・・・どういう事?」
ティファニーが1本しかない腕を動かして頬を掻く。
アンドロイドやロボットでも、肌が痒くなったりするのだろうか。
「西海岸に人間の多い地域があるらしくって、そこへの攻撃を計画してるって噂っす」
「なんですってえっ!」