アポカリプスの庭で-11
手に馴染んだベレッタ。
それとソードオフ・ショットガンを握り締め、僕は店舗の入口横に立っている。
あれだけの爆発。当たり前のように、ドアは粉々だ。
深く、長く、深呼吸をした。
「許せねえ。だから殺す。・・・男はそれでいい。だよね、父さん」
サングラスを胸ポケットに入れ、巨大な獣の口のような入り口に飛び込む。
暗い。
でも、このくらいなら。
広い店内の奥。カウンターの向こうでドアを守るように立つ大きなクリーチャーの顔面に、ベレッタの銃弾を撃ち込んだ。
「何っ!?」
ここから飛び出したクリーチャーは、カレンのスナイパーライフルの狙撃で死んだ。
それなのに、このクリーチャーは銃弾を眉間に喰らってもピンピンしている。それどころか、笑みのつもりか醜い顔を歪め、僕に見せつけるように銃を持ち上げた。
ボルトアクションライフル。
「罠まで仕掛けられたら、銃なんて予想済みなんだよっ!」
僕と父さんの奥の手、Cと同じような爆発物。
そんな物を使うクリーチャーが、銃を使えないはずがない。身を隠す場所がなければ外に飛び出し、入口に陣取って撃ち合うつもりでいた。
でも、外からは見えなかった店舗の中央には、僕の腰ほどの高さの、丈夫そうな鉄の箱のような物が置かれている。
滑り込むようにして、その遮蔽物に身を隠す。
タアンッ、チュインッ!
思った通り、遮蔽物はボルトアクションライフルの銃弾を弾いてくれた。
「ショットガン。使うのは、ミルクレイプ・チェインソウを殺した夜以来だ」
汚れた床の上に、缶ジュースが転がっている。
命中しても効果がないとわかったベレッタをホルスターに戻し、僕はそれを右前方へぶん投げた。
タアンッ。
見事に引っかかって撃ってくれた。
ショットガンを構えながら立ち上がる。
ボルトアクションライフルは、ベレッタのようにトリガーを引くだけで次弾を発射できない。クリーチャーもそれは良くわかっているようで、その表情はまるで焦っているように見えた。
ボルトを操作しようと、クリーチャーが動き出す。
「遅いっての」
ダアンッ!
物凄い衝撃。銃身と銃床を切り詰めてあるからか、この銃は反動が凄まじい。ブルースがミルクレイプ・チェインソウに持たせる訳だ。
散弾はクリーチャーの左胸、その少し上の肉を抉っている。
狙いがズレた? でも、血は出ている。ショットガンなら、コイツを殺せるんだ。
「もう一発だっ!」
散弾とは、距離が離れれば離れるほど広がって着弾するらしい。
なら、接近すればいいだけだ。
クリーチャーに駆け寄る。
「終わりだよ、バケモノ!」
カウンターの向こうにいるクリーチャー。
まだ銃撃は来ない。
僕の勝ちだ。
思うと同時に、目の前が真っ赤に染まった。
爆発音は、吹っ飛ばされながら聞いた気がする。
「があっ・・・」
爆発物。
罠は1つではなかったという事か。
もし数分前に戻れるのなら、浅はかな自分をショットガンの銃床でぶん殴ってやりたい。
「ゲッゲッ」
「・・・笑ってるつもりかよ、バケモノ」
吹っ飛んで壁に叩きつけられたらしく、酷く背中が痛む。
「・・・痛みはジャマだよ。どっか行け」
立ち上がる。
目の上でも切ったのか、視界が赤い。
それでも、顔を歪めるクリーチャーは見えている。このバケモノを殺すのに、支障はないはずだ。
「ゲッ!?」
ボルトアクションライフル。
その銃口の向こうで、クリーチャーは驚いているようだ。
姿は見えないのに人間の匂いが店内にもう1つあると気づけば、驚きもするだろう。
「獲物の横取りは感心しないよ、アキ」
匂いだけの人間を撃つか、見えている僕を撃つかで迷っているらしいクリーチャーを睨みながら言う。
アキが息を呑む音を聞きながら、僕はまた踏み出した。
「ゲギャーッ!」
「・・・アホウが」
クリーチャーは、もう銃口を僕に向けてトリガーに指をかけている。次弾の装填に時間がかかる銃を、そんな簡単に撃ってどうするというんだ。
半身になりながら、跳んだ。
銃声。
背後の床が、弾で削られる音。
大口を開けたクリーチャー。
カウンターの上に着地して、その眉間に銃口を押し付ける。
「バァイ」
反動が軽く感じる。
頭部がなくなったクリーチャーの体が床に倒れ伏すと、僕はいい匂いのする方向に向き直った。
「ジョン、その目・・・」
姿を消していたアキが、すうっと現れる。
特に外傷はないようなのでホッとした。
「怪我は、アキ?」
「・・・こっちのセリフね。大丈夫、ジョン?」
「目の上でも切ったみたい」
ベレッタを納めてからショットガンを折るようにして排莢し、新しい弾を2発込める。
怪我の手当てなんて、その後でいい。
「痛みはないのね?」
「うん。これっぽっちも」
ショットガンをホルスターに戻し、腰の水筒を取る。
どんな怪我でも、まずはきれいな水でしっかり洗うのがいい。それも、父さんに教えられた事だ。
「ジャニスは?」
「カレンが来て、休ませてるわ。脳震盪だけだから、1時間も経たずに歩けるはず」
「・・・良かったあ」
水筒を傾け、目の辺りに水を浴びせる。
頭を振って濡れた髪の水気を荒く飛ばすが、怪我をした感じがしない。血が垂れてこないし、痛みもないのだ。
「あれ?」
「どこも切れてないわよ」
「でもさっきまで、たしかに目に血が」
「・・・血涙」
「えっと、なにそれ?」
「人間は激しく感情が高ぶったりすると、血の涙を流したりする事があるらしいわ」
「ああ。アキとジャニスの事で怒ってたし、爆発物の罠が1つしかないと思い込んでいた僕自身にもかなり怒ってた。そのせいでかあ」
「かしらね。本当に痛みはないの?」
「まったく」
「そう。ならカレンと交代して、ジャニスを看ててあげて」
「了解」
「お説教は、ここのお宝を漁ってからね」
「う・・・」
指示には従うと約束していたのに、僕はそれを無視してクリーチャーを殺しに来た。
それでアキはかなり怒っているらしい。
「じゃ、じゃあジャニスの看病をしとくね」
「お願い」
アキがCのリモコンを放る。
それをキャッチして、僕は店を出た。
ジャニスは、店から少し離れた場所に寝かされているようだ。
こちらに顔を向けたカレンに笑顔を見せ、Cを回収して2人の元へ向かう。
「カレン、アキが来てくれってさ。持ち帰る物を選ぶみたい」
返事はない。
「えっと、カレン?」
「・・・カレンお姉ちゃんは怒っている」
「アキもね。仕事が終わったらお説教だってさ」
「そりゃあそうだろう。まったく、止めたのにムチャしやがって」
「ジャニス。大丈夫? 痛いトコない?」
「ねえよ。それよりタバコくれ、ジョン。爆発でどっか行っちまった」
言いながらジャニスが身を起こす。
それをカレンが止めようと手を伸ばしたが、ジャニスはその手を振り払った。
「タバコが薬なんだよ。アタシ達には。なあ、ジョン?」
「僕はそんなでもないって」
タバコを咥えて火を点け、それをジャニスの口元に持って行く。
カレンは、担ぐように持っていたボルトアクションライフルを僕に渡して店に向かった。
「店の中のクリーチャーも、こんな感じのボルトアクションライフルを使ってた」
「へえ。ラッキーじゃんか。そりゃ今日からジョンの物だ」
「あれがあれば、今より役に立てるかな」
「今だって役に立ってるさ。クリーチャーはジョンがぶっ殺したんだろ? ショットガンの音がここまで聞こえたぜ」
「うん。アレは許せなかった。だから、僕が殺さなきゃ」
「言うじゃんか。へへっ」
「ねえ、ジャニス」
「ん?」
「死なないでね、なにがあっても。僕、強くなるからさ」
ジャニスが煙を吐き、地面に灰を落とす。
そして突然、くつくつと笑い出した。
「・・・笑わないでよ」
「悪い悪い。つい、な。まあ、死なねえよ。4人で爺さん婆さんになるまでに金を貯めて、面白おかしく暮らすんだからさ」
「約束だよ?」
「ああ。約束だ」
真剣な眼差しに満足して店の方を見ると、アキとカレンはバスに向かって歩いていた。
「そういえば、サハギンがバスを狙う可能性はないの?」
「ヤツラは機械になんて見向きもしねえさ。興味があるのは、食えそうな生き物だけ。最初にバスの上にカレンを配置したのは、スナイパーライフルで効果的に援護するためだ」
「ふうん」
「アキとカレンはキャリアーを取りに行ったんだろ。ボルトアクションライフルよりアサルトライフルが欲しかったが、それをクリーチャーが持ってたらジョンも無事じゃすまなかった。まあ、ラッキーだな」
「アサルトライフルって?」
「ベレッタみてえにトリガーを引くと1発の弾が出るのと、トリガーを引いてる間ずっと弾が出る。その切り替えが可能な銃だ。セミオートとフルオートって言ってな。ベレッタにもフルオートへ切り替えられるモンはあるんだが、ジョンのはセミオートマチックのみだ」
「そこにあるジャニスの銃や、カレンが構えながら歩いてる銃みたいに?」
「だな。これは軽機関銃、カレンのはサブマシンガンだ。アサルトライフルは、その中間って感じだな」
「・・・銃は、銃身が長いほど遠くを狙える。その分、取り回しが悪い」
父さんはそう言っていた。
「よく知ってんなあ。だからカレンはスナイパーライフルを背負って、今はサブマシンガンをいつでも撃てる姿勢で歩いてるだろ」
「遠距離と近距離。中距離が、この置いて行ったボルトアクションライフルか。凄いね、カレンは」
「戦闘だけなら、西海岸で一番だよ。あんなちっこいのに。・・・さて、手伝いに行こうか」
タバコを地面に捨てて、ジャニスが立ち上がる。
ふらつきはしていないようだけど、もう少し休んだ方がいいんじゃないだろうか。それを伝えると、ジャニスは大丈夫だと言いながら笑ってタバコを踏み消した。
「バスの後ろには、まだ空きがあったよね」
「ああ。4人で食料品や日用品を積み込んで、とっとと出発だ。陽のあるうちに、クリーブランドまで進みてえ」
クリーチャーのいたお店には、たくさんの食料品や飲み物があった。クリーチャーの守っていたドアの向こうには金庫という物もあって、そこにはたくさんのお金も。
それを4人でバスに運んで、僕達はクリーブランドという街に向かっている。
道路にはクルマの残骸が多い。それでも道幅は広いし道路の横にも余裕はあるので、速度は今までより落ちてはいけど何の問題もなく進めているようだ。
恐れていたお説教も、今のところはされていない。
「どう、アキ?」
「問題なさそうよ。はい、ジョン。このボルトアクションライフルは、今日からあなたの装備よ」
「ありがとう」
「良かったなあ、ジョン。背負って持っていける武器があるのは安心だ」
「うん。それにしても、この辺はクルマの残骸が多いね」
「クリーチャーはサハギンばっかだけどな。おおっ!」
「どしたの、ジャニス?」
「アキ、パトカー発見。止めるから中を見てくれよ」
「了解。鎮圧用のライアットガンでもあれば儲けものね。カレンは屋根で索敵。ジョンは私とパトカーを漁るわよ」
「ん」
「わかった」
パトカー。ライアットガン。
どちらも知らない言葉だ。夜にでも、アキに訊こう。
パトカーはおそらく、見えているクルマのどれかの事のはずだ。
死角が多いので、ショットガンを抜く。
「良い判断よ、ジョン」
「ありがと。パトカーって、どれ?」
「黒と白に塗られてて、上にランプが付いてるのよ」
「なるほど」
アキに続いてバスを降りる。
ゆっくりとパトカーに近づいたアキは、残念そうに肩を落とした。
「いや、トランクルームに入ってるかも。よくそこからライアットガンを取り出してゾンビを撃ってたじゃない、私。ゲームでだけど」
言いながらアキはパトカーのドアを開け、何かを探している。
スカートが短いから、下着が丸見えだ。
「ねえ、アキ」
「なあに?」
「それって、なんて動物?」
「え。それってどれよ。野生動物の臭いはないし、パトカーに動物なんて・・・」
「いや、そのパンツの。かわいく描かれてるけど、動物だよねそれ」
「・・・い」
「い?」
アキがパトカーから上半身を引き抜いて振り返る。
顔が真っ赤だ。
そして手を振り上げて、・・・あれ?
「いやあああっ!」