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光秀

4)光秀


「お兄様。本当に私がご一緒しなくても宜しいのですか? 明智殿になら、私も口添えを…」

「心配すんな。それより、市。ここから先は決して誰も近づけさせるなよ?」

「はい。お兄様の頼み、承りました。決して誰もこの先へは行かせません。市にお任せを」


 誰も。というより、市に…なんだけどな。この場は市に任せて大丈夫だろ。

 後方の憂いは断ったも同然。俺はこれから明智光秀を殺そうと考えている。

 市にそんなエグいシーンを見せたくない。

 俺だって、正当防衛だなんて言うつもりもないが、これから起きる歴史を考えれば、絶対に明智光秀は排除しておかなければ未来はない。決定事項だ。

 自殺はしても、人から殺されるのだけは絶対にイヤだ。死ぬにしても死に方は選びたい。

 ヤられる前にヤる。見据えるのは眼前の敵。さあ、明智光秀との玉取り合戦の始まりだ。

 やっぱり、市には見せられないな。


「明智…。居るか?」

「おや、信長様ですか? 珍しいですね。少し散らかっていますが、どうぞお入り下さい」

「そうか。じゃあ、邪魔するぞ」


 と、ホント散らかってんな。インテリのイメージだと、その辺キチンとしてそうな感じなのだが…。明智光秀に関してはそういうわけでもないのか。

 因みに、俺の部屋は綺麗に整理整頓されている。俺が片付けて居るのではなく城の者がやってくれるからだ。って、自慢にもならないか。


「で、今日は如何なされましたか? 言っときますけど、悪巧みの手伝いはしませんよ。お館様に言われるまでもなく、です」


 ビシッと言い放たれた。そこはちゃんとしている。明智光秀のくせに。

 若干、腹立たしいがイメージ通りのキャラクター。そして、イケメンだ。

 フツーに腹立たしい。


「何を期待しているのか知らないが勘違いだ。そう言うことにお前は絶対に誘わねーし」

「そうですか。そうですよね」


 ん? 何だろ。一瞬、寂しそうな顔をしたような…。そんなわけないか。こういう奴は大概、一人でいる方が楽しいですっていうからな。ホントかウソかは知らんけど。

 一緒に遊びたいなら遊びたいと言えば良いだけの話 、一人にしてやるのが優しさってもんだ。


 と、そんな事より…。どうやって殺すべきか…。

 死んでくれと言って素直に死んでくれるはずないしな。俺ならお断りだ。

 自分がイヤなことを言ってやってくれるはずがない。

 まあ、どっちみち殺すけど。

 だが、死角がないな。なんか、すっげー警戒されている感じだ。

 ここは、不意を突いて魔法による一撃必殺を狙うしかないんだろうけど、明智光秀も恐らく魔法を使える。武士で魔法が使えない奴がここまで出世するはずない。

 …と言うことは、実戦経験有りだ。

 俺にはそれが無い。戦場にはまだ出たことがないのだ。

 実際に人を殺したことのない俺が襲いかかったところで明智光秀に抵抗されたら敵う道理はないし、やはり隙を見て殺すしかないだろう。


「どうしたんですか。黙って突っ立て?」

「いやな。お前って明智光秀ってんだよな?」

「ええ…。そうです…。僕は、いえ、拙者が明智光秀です。それが何か?」


 今の表情…、あれは俺のよく知る表情だ。

 自分の名前が嫌い。それよりももっと憎んですらいる。そう言う表情だ。

 この時代の人間なら決してしない顔。むしろ、この時代の人間は自分の名前に誇りを持っている。我こそは!!とか、我は何々なり!!とか、普通に言う。

 それは、やっぱり誇りがあるからこそ言えるもので、自分の名前が好きではない人間は自分の名前を呼ばれるとああやって話を逸らそうとする。

 もしかして、コイツもなのか?

 コイツも同じなのか?俺と…。


「俺は織田信長だ」


 嫌いな名前、ナンバーワンとナンバーツーの揃い踏みだ。敢えて、自分の嫌いな名前を名乗る。そして続ける。


「だがな。俺はこの名前が嫌いだ。何故だか分かるか、明智光秀?」

「あ…。いえ、そんなはずは…」


 どうやら、コイツも気づいたようだ。ただ、確信が持てないみたいだが…。

 なら、もう一押ししてみるか。


「織田信長ってのは、天下取りを逃す失敗者の名前だからだよ」

「!?!」


 今度ははっきりと気づいたようだ。

 思った以上の反応だ。そして想像した通りの反応でもある。

 その証拠に机の上のものが全部落ちたからな。どうすんのよ、あれ。

 習字とか授業でやったけど墨ってなかなか落ちないんだよね。


「もしかして、あなたも転生者なんですか!!」

「ああ、そうだ。俺は転生者だ。まあ、その事に気がついたのは昨日のことなんだけどな」

「まさかそんな。まさかそんな。本当に僕と同じ境遇の人がいるなんて…」

「だよな。俺もそう思う。まさかそんな、だよな。明智光秀が前世の記憶を持っているなんてこっちだってびびったっての…。因みに何時から?」

「僕ですか? 僕の場合は、結構前のことです。あれは確か、2年くらい前ですね。ここは戦乱真っ只中、家は武家の家系…。はっきり言って、それからと言うもの毎日、毎日、怖くって───。でも、良かった。僕はもう一人じゃないんですね!!」


 どうしよ。なんか、すっげー喜んでるけど状況理解してんのかな?

 俺、今コイツを殺そうと思っているんだけど…。だけど、まあ何も今すぐにってわけでもないのか。明智光秀が裏切るのは当分先の話。

 今くらい、話を聞いてやっても…。それに、俺としても同じ転生者の話を聞くのは損な話じゃないし、俺よりも早く記憶が戻ったと言うのも気になる話だ。

 経験者の話は何よりも為になる話だろうからな。


「多分なんだけどさ、その話し方からすると年齢的にタメなんじゃねーのかな、光秀? 光秀って呼んでいいか?」

「その名前あんまり好きじゃないですけど、とりあえず、それで良いですよ、信長様」


 あ、やっぱり好きじゃなかったな。当然と言えば当然か。裏切り者の代名詞だからな、明智光秀って。その気持ち、俺には良く分かる。俺だからこそ分かる。

 信長とは俺も呼ばれたくない。お兄様と呼んでくれる市とは、だから仲が良いのか?───と、今は市じゃねぇ、光秀のことだ。


「じゃ、ミツだ。俺達、同年代だろ。なら、タメ口でいいぞ。で、俺を呼ぶなら…」

「ノブ、様で。一応、君主の若君ですから」

「まあ、それでも良いか。で、ミツは幾つくらいの時に死んだんだ?病気?あ、交通事故とか?」

「…いえ、僕の場合は自殺です。学校の屋上から…」


 驚きだ。そこも俺と同じなのか。自殺すると生まれ変わるとか?

 そんなわけないか。偶然だろうな。


「そうか、自殺か。実はな、俺も自殺なんだよ。これ言うと、絶対笑うだろうけどさ。俺の前世の名前ってさ、織田信長っていうんだよ。今まさに織田信長の俺がって思うだろうけど」

「…いえ。僕は笑いませんよ」


 返ってきた答えは、俺が考えていたのとは逆方向の答えだった。絶対に笑うと思ったのに。

 だって、そうだろ。中学生の織田信長が、死んで生まれ変わって、そしたら戦国武将の織田信長だ。

 俺だって、最終的にはありえねーって笑ってしまったんだぞ。

 それなのに何でコイツは笑わないんだ。


「不思議そうな顔をしてますね。僕もなんです」

「え?」

「僕も転生する前の名前は明智光秀だったんだ。ノブ」


 そう言って、やっとミツは笑った。

 俺もつられて笑う。前世も今生も合わせて一番の大笑いだ。冗談だとしても信じられない。こんな偶然あるのかよ。

 偶然だからこそ感じるこの想い。同じ境遇で笑い合える、コイツとは友達になりたいと俺は本気で思った。

 恐らく、ミツの奴も同じことを思ったんだろう。

 互いに友達になろうとは恥ずかしくて言い出せなかったが、話し方が変わったのはミツなりの意思表示なんだろう。それが尚更に嬉しいのだ。


「いやあー、久しぶりに笑ったよ。そう言や、ミツ。ミツは学生だったんだろ?学校どこだった?」

「え、僕? 僕は市立の○○中。○○県の○○市にある。ノブなら分かってくれてるだろうけど、名前の事でイジメられてたんだ」

「え!?マジで!!俺もその○○中だぞ!! でも、自殺した中学生って、確か2年前の…。まさか、少年Aってお前のことかよ!?」

「あぁ。やっぱりニュースになったんだ。世の中、そう言うことに敏感だからな…。一応、聞いておきたいんだけど、僕の両親の様子はどんな感じだった?」

「ああ、結構テレビに出てたな。学校とか教育委員会だっけ? そこら辺から慰謝料ふんだくってた。マスコミも味方してた感じで結構儲けたんじゃないのか、あれは? ───あ、ゴメン。無神経だった。別に悪く言うつもりはなかったんだ」

「いや、良いんだ。どうせ、そんな事だろうと僕も思ってたから。僕の両親はそう言う人だよ。子供の事なんて何も考えてない。明智光秀なんて名前を付けるのが良い証拠さ」

「だよな!!子供の将来少しは考えろよ。だいたい、大人ってのは自分の都合ばかりで、子供の言うことなんて、ちっとも聞いてくれねーし。何て言うか、大人のクセに子供っぽいて言うのか。すぐに怒るし…、あっ!?」


 ヤッベッ。当初の目的を忘れてた!!

 なんか、つい嬉しくなって話が盛り上がってしまったが、俺…今朝まさに親父に怒られるようなことしてしまったんだ。

 まさか、このタイミングで思い出すとは。


「急にどうしたんだよ、ノブ。変な声出して」

「いやな…。ミツに、こんな事言うのはホント恥ずかしいんだけど…。俺、道場ぶっ壊したんだよ」

「お、おい…。そ、それって…、信秀様が大切にしているあの道場のこと、…じゃないよな?」

「何だよ、ミツ。ボケたのか? 親父の道場が他にあるかよ」

「………」


 血の気が引く顔というのを初めて見た。ホントに青白い顔になるんだな。イケメン蒼白だ。

 できたばかりの親友を笑いたくはないがあまりにも可笑しくって笑ってしまった。


「馬鹿か!!笑いごとじゃないんだぞ!!あの道場の建築費、一体どれだけ掛かってんのか知っているのか!!僕の給料の10年分だぞ!!」

「へ、へぇー。それって、凄いのか?」


 それってホントどのくらいなんだろう。一応、公務員?だから、それなりに貰っているだろ。

 それが10年となると、何千万とか?流石に億ってことはないだろうけど…。

 今の価値で言うとどれくらいだ?


「金の問題を言っているんじゃないだよ、僕は!!あの道場の価値のことを言ってんの!!ノブは前世の記憶が戻っても馬鹿なのか!?」


 ウオッ!?できたばかりの親友にマジ切れされた。だが、ちっとも不愉快じゃない。むしろ嬉しい。って、俺はMかよっ!?


「んなこと言われても、俺には分かんねーよ。それより、ミツの知恵で何とかなんないか?」

「何とかって何だ。僕に直せるはずないだろ。無い知恵絞って言い訳でも考えるか、覚悟を決めて叱られろ。僕を家族喧嘩に巻き込むな!!」

「いやいや、その通りなんだけど。そこを何とかお願いしますよ。ミツなら、きっとスッゲェ名案考えられるから…、な?俺たち友達だろ?」


 と、流石にこの台詞はマズいか。今日できたばかりの親友に言う台詞じゃないな。反省反省。


「…わかったよ。ただし、あまり期待するなよ。100%の怒りを50%に抑えるくらいの緩和策でしかないからな。どの道、信秀様には怒られる」


 マジかよ。

 殺されるから半殺しにされるにランクダウン。あの親父の怒りを抑えることができるなんて、マジ、ミツ、スゲェー!!


「それって、ミツが口添えしてくれるってことか?」

「ああ、そうだ」


 あんなに嫌がっていたのに…。

 でも待てよ。じゃあ、残り半分はどこに行くんだ。


「それって、ミツも怒られるってことになるんじゃ?」

「ああ、そうだよ!!二度も訊くな!!僕だって怒られたくはないんだよ!!」


 そりゃそうだ。親父は怖い。家臣からも恐れられているくらいだ。

 そもそもからして、この件はミツは全く関係ないもんな。完全完璧に俺が巻き込んだ形だ。

 いくら、親友だと言っても突っぱねることも出来たのだ。なのにそれをしない…。

 もしかしたら、この明智光秀となら別の未来を築けるのかもしれない。いや、築き上げてみせる!!

 俺にコイツは殺せないし、ミツに俺を殺させはしない。それだけミツとは深く分かり合えたのだ。

 その前に親父に殺されそうだけど…。


「そんな怒鳴んなくてもいいだろ。巻き込んだのは悪いとは思ってるさ、俺だって」

「なら、今度からは真っ先に僕に相談してくれよ。こういうのは慣れてないんだ」

「そうか。分かった。今度から親父に怒られそうになったらミツに頼むよ。よろしくな!!」

「怒られる前提かよ!!その前に怒られるような真似は控えろ!!いや、するな!!」


 まったく以てその通りだ。だが、こればっかりはしょうがない。この時代には娯楽が無さ過ぎるのが悪い。


「ぜ、善処します…」

「担任教師と同じこと言うなよ!?それは僕が担任に相談した時に言われた台詞だ!!」


 うわ。それ、やらない、やる気ない時の決め台詞じゃん。

 つまり、俺もやらないやる気ないわけだが。


「はぁ…。とりあえず、道場に関しては僕が何とか怒りを治めるように話を進めるから、ノブはずっと土下座でもしていてくれ」

「えぇ…。土下座ぁ…」

「ノブ」

「おう!!土下座だな、任せろ!!」


 こえぇーよ。ミツ、超声こえぇーよ。


「お兄様!! 大変です、お兄様!!父上が帰って参りました!!」

「き、来たな…」

「覚悟決めろよ、ノブ…。いえ、信長様」

「お…、おう。ミツ、じゃなく光秀、後は頼んだぞ」


 例え、失敗して死んでもミツを恨むことはない。元々、殺されるのは覚悟していた。それを五分五分にまでしてくれたミツに感謝だ。

 そして、その場に親友が居てくれるだけで心の支えになる。今、逃げ出さず親父の前に立てるのも、やっぱりミツが居てくれるからだ。

 俺の後ろを歩くミツと市。親友と妹の前で恥ずかしい姿は見せられない。精一杯、勇気を振り絞って親父の前に出る。

 さあ、どうなるか。ここが一世一代の大舞台だ。





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