魔法と刀
3)魔法と刀
朝の日差しを感じ、床を出る。澄んだ空気が現代とは全然違う。そう、まるで田舎のおじいちゃんの家にお泊まりした時のような清々しい朝だ。
さあ、今日は何をしようか?
決まっている。昨晩は眠れなくて色々と考えていたのだ。
魔法だ。魔法だ。魔法だあーっ!!何と中学生心をくすぐる響き、ザッツ・魔法ー!!ふぉーっ!!
と、家臣の人間に変な目で見られた。こんなんだからうつけ者とか馬鹿にされるんだよな、俺…。
て言うか、あの家臣…名前何だっけ? 見覚えあるようなないような。
まあ、良い。魔法、魔法、まっほっうっ!!
慌てず急がず、駆け足で向かった先は修練場。城主・織田信秀が、家臣達のトレーニングの為に作った別名・無限地獄だ。
勿論、俺も幼い頃からめっちゃしごかれた。それもこれも、俺に6属性の魔法の才能があったために。
見た目はフツーの道場。…あまり、良い思い出はない。親父が居るときは絶対に近づかないし。
だが、今日は別だ。今日は親父は居ない上に家臣達も出払かっている。親父は出張…?ん、何だっけ。何しに何処に行ったんだっけ?
兎も角、それに付き添って家臣達も城を空けている。
つまり、誰も見てない…。鬼の居ぬ間にってやつだ。
「地獄というが、何もないよな、この道場…。無駄に広いし、百人組み手も出来そうだ」
まあ、そんな事はどうてもいい。魔法だよ、魔法!!どうやれば魔法が使えるのか、それは今の記憶が知っている。
「良し、じゃあ早速。王道はやっぱり、これだろ。ファイア!!」
ブオッと手から炎が吹き出る。驚いてすっころんでしまっが…、成功だ!!
炎が広がり過ぎて天井まで丸焦げになったが、俺でも問題なく魔法が使える。前世の記憶があるから少し不安だったのだ。
魔法を信じる気持ちが必要だと言うつもりはないが、成功したことで不安は解消された。となれば、これだけでは終わるのは勿体ない。今のは、本当に俺でも魔法が使えるかの実験という意味合い。
今度はどこまで使えるのか、だ。
「次も火だとつまんないか。なら、水だ。イメージは水鉄砲かな? 呪文を唱えたほうがカッコいいか…、ウォーターガン!!」
手を握り、人差し指を前に、親指は縦に立てる。つまり鉄砲のように構える。
呪文を唱えた瞬間、人差し指の指先から水の玉が飛び出す。
その威力は、…分からないな。
ただ撃ち出すだけだと壁に当たってはじけてしまう。これでは壁に水をぶっかけているだけだ。その威力を計るためにも、的が必要だ。
確か、剣術用の俵があったはず…。それを的にすれば良いか。
「もう一度、ウォーターガン!!」
うっひょ!!スゲェよ!!風穴開いたぞ!!最強じゃね?
二度目ということで更に明確にイメージできた。ウォーターガンというよりレーザーのような。
思わぬ魔法を生み出したのかもしれないが、良し良し、いいぞ。次々行くぞ。
「風穴開けたから、次は風!!ウィンドスラッシュ!!」
手刀を振るうように腕を使って空を斬る。風の刃が飛び出し、俵を通過する。
今度はドサッと真っ二つになる俵。切れ味良すぎ!!テンション上がるわー。こうなってくると刀要らないんじゃねーの?
いや、でも刀は男の美学。有って困る物じゃない。むしろ、超ほっすぃ〜!!
と考えながらも俵を片付ける。しかし、イチイチ的を用意するのはめんどくさいな。
「そうなると…木、だな。イメージは…木の人形か? 呪文はどうしよう…。あっ!!アレかな、出でよ、パペットマン!!」
床を手で叩くと、にょきっと床から木が伸びはじめる。ぬるぬると動き、やがて木の成長が止まった。
植物の成長を早送りで見ているかのようだ。それも出来上がったのはパペットマンと言うより、木のお化けだ。
「これ、案外と気持ち悪いぞ。イメージが弱かったか。まあ、どうせ壊すものだし、許容範囲だろ。次は土属性、ストーンエッジ!!」
言うまでもなく、一発で粉々になる不細工人形。
パペットマンは完全に失敗だな。強度が弱過ぎて使い物にならない。人を驚かせるには良いかもしれないけど…。
「とりあえず…。火、水、風、地と四属性は完璧だな。木属性はイマイチ使いどころが無さそうだ。一体何に使えば良いんだ? それは後で考えよう。じゃあ次で最後だ。最後は、憧れの天属性!!勇者が使う、アレ。行くぞ、ラ○デ○ンだ!!」
唱えた瞬間、恐ろしいほどの閃光が走る。一瞬にして道場の天井を突き抜け、床を通り越し、地面に穴があいた…。
パネーっす。マジ、パネーっす。何この威力。やっぱり、イメージがはっきりしていたせいだろうか。
これには明確過ぎるイメージがある。
さっきから呪文を唱えていたが、魔法を使うのに呪文は必要ない。端に気分的なものだ。
魔法の力は意志の強さだと親父から教えられたが、想像力も同じだろ。
中学生男子の想像力といったら逞しいものだ。
その結果が、これ。いやホント、戦国時代は、まさに中学生男子のためにあるような時代じゃねーか。しかも、六属性…この時代では、えっと…六系統六曜の力だ。7つある内の6つの力を自在に操ることができるのだ、俺は。
俺って最強ー。俺ってチート。今なら無双できちゃうんじゃね。これは現代知識のお陰かな?
笑いが止まりませんな〜。ハッハッハ!!
「凄い音が聞こえたのですが……。お兄様、何だか上機嫌ですね? 何か良いことでもあったのですか?」
「おお、市か。良いところに来たな。どうだ、見ろよ!これ、俺がやったんだぜ!!スゲェーだろ?」
妹に自慢する兄ってどうなんだとは思うが自慢せずにはいられない。
「まあ!これは!!はい!凄いです、お兄様!!風の噂に聞く、風林火山の武田や毘沙門天の上杉さえ霞んで見えます」
おいおい、それはいくら何でも、担ぎ過ぎだろ。武田上杉と言えば、俺でも知ってる戦国武将だぞ。もし、その話を聞いて怒った武田上杉が攻めてきたらどうすんだよ。
───勿論、俺が倒しちゃうけどな!!はっきり言って誰かに負ける自分を想像出来ない。勿論、何の根拠もないんだけどな!!
「どうだ、市? 市が、そこまで言うなら俺のとっておき見せちゃおうかな?」
「はい!!是非とも見せて下さい!!」
やっぱり、妹相手にいい気になるなんて恥ずかしいが、この気持ち…、どうしようもない!!
「良し。そこまで言うならよく見ておけよ。これが俺の本気だ!! 集え、六曜の力。火よ、水よ、風よ、地よ、木よ。そして、天の力よ、我が意に従え!!六天魔法、奥義!!超新星爆発!!」
動き的には、お馴染みのか○は○波。
しかし、古今東西未だ誰も見たことがないだろう星の輝きがここに誕生した。は…、流石に言い過ぎか…。言い過ぎだ。
ホントにスーパーノヴァが起きたら俺だって無事では済まない。やっぱ、刀は使えねーな。
こんな常識外れの力に刀一本でどう立ち向かえばいいんだよ。
それにしても、市はホントに佳い女の子だ。
俺のカッコつけをここまで喜んでくれるとは。今時の女子中生なら、なにそれ、チョーうざい!とか言うのに。やっぱり、お姫様は違うな!!それとも、ホントに俺がスゴ過ぎるってだけか?
「お兄様、本当に凄いです。感激しました。この道場は父上が、莫大な魔法を込めたものだと聞いております。それをここまで破壊できるお兄様に敵う者などおりましょうか───」
おっと。市はまだ俺のことを褒め千切っていてくれてたのか。絶賛の言葉が止まらない。
だが、それも仕方ない。市の言った通り、この道場は様々な魔法により造られた道場だ。
道場に掛けられている魔法は堅牢な防御の魔法は当然だが、他にも自己修復に対魔法防御と環境制御…etc.…俺の知らない様々な魔法が仕掛けられている。
それらを破り、壊したとなると………。
「マズい…、親父に殺される……。今度こそ、本気で親父に殺される!!ぶっ殺される!!」
マックスまで上がったテンションが一気に最低辺まで下がってしまった。血の気が引くどころか逆流しているんじゃないか?
家臣達には恐れられる道場だが、親父にしてみればこの道場は宝だ。今では、ほぼ瓦礫の山…。いや、大地に返ってしまったが、それを壊して笑って許してくれるような親父では決してない。
これを見た親父がどんな反応を示すか、想像に難くないだろ。
どうする。黙っていればバレない…か?
バレるに決まっているだろ!!
なら、市がやったことにすれば、市を溺愛している親父なら許してくれるんじゃないのか?
そんなの兄としてのプライドが許せるはずがない!!だいたいそんな嘘、すぐにバレるに決まっているだろ!!
第一、市は攻撃系魔法は習得してないのだ。俺にだって分かる嘘を親父が分からないはずがない。
「どうしよ、どうしよ、どうしよー!!そうだ!!魔法で作り直せば良いじゃん!!ムリだ!!元の形なんて覚えてねーよ!!」
それに形だけ直しても、そこに掛けられていた魔法の再現なんて俺には不可能だ。
そもそも、魔法の原理なんて知らないんだよ。
何の魔法を使えば、こういう結果に生まれるのか。この結果を得るには、何の魔法を使えば良いのか。
それが、俺には全く分からない。1+1が2にはならないのが魔法だ。
考えてもみれば、自己修復にしてもそうだ。
そもそも、自己修復って何属性何系統の魔法だよ。人は治癒系統の魔法で癒せるが、物に対しては効果はない。木属性の魔法では、道場の再建は出来ても細かな修復はムリだ。
いや、俺にはムリなだけで他の者にはできるのか。だが、それだって修復であり自己修復の魔法ではない。術者の魔法で修復したに過ぎないからだ。
一つの属性に対しても複数の系統があり、それらを組み合わせる。
魔法に必要なのは想像力だけではなく、当然の如く、魔法に対する知識が必要になる。
俺がさっきまでやっていたあれは、俺が勝手にアレンジしたもの。子供のゴッコ遊びだ。
「お、落ち着いて下さい、お兄様!! ここは、私が罪を被ります。お兄様に迷惑は!!」
「ダメだダメだダメだー!!そんなことしたら、いくら市でもどうなるか分かねーだろ!!俺の悪影響だとか言って、どこぞの領主に嫁がせるとか言い出すかもしれんだろうが!!」
溺愛しているとはいえ親父ならやりかねない。
市がなんと言おうが、離ればなれはイヤだ。せっかく妹が出来たのに、たった1日でお別れなんて悲しすぎるだろ。
何か、名案はないのか!?俺も怒られず、市も巻きこまない…、そんな素敵な名案が!!
「で…では、どうすれば………。そ、そうです!!今、この城には明智殿が居ります。明智殿に相談してみましょう。何か良い知恵を貸してくれるかもしれません」
「明智…?」
誰だっけ、ソイツ? いや、待てよ。今朝、廊下ですれ違ったヤツじゃね?
俺とはだいぶタイプの違うヤツ。学校でも塾でも居た、あの付き合いにくそうなインテリ的な面構えのヤツだ。
「あれ? お兄様は知りませんでしたか。最近、この城に仕えることになった明智光秀です。何でも、朝廷にも顔が利き、礼節を備える文武両道の有能な方だととか」
兄の前で他の男を褒めるな!って!?え?
その名前、聞き覚えがある。この時代で、ではなく現代でだ。明智光秀と言えば、三日天下の明智だろ?
本能寺で、織田信長を裏切り天下を取った男。織田信長を語る上で必ず出てくる名前だ。
本能寺で織田信長を裏切った後、豊臣秀吉に倒された。歴史の授業で何度も出てきて、その度に俺は何度も馬鹿にされた。しかも、教師の方は、前置きに先生は織田信長は好きなんだけどね。と必ず俺をチラ見するし、お前はホモか!!
当然、俺が二番目に嫌いな名前だ。
仮にもし、織田信長が天下を取っていたら…。もし、明智光秀が裏切ってさえいなければ、織田信長は英雄の名前になっていたのではないか?
そうしたら、俺は俺の名前にもっと誇りを持っていられたのではないか?
自殺なんて真似をしなくても良かったのではないのか?
───。と、そんなこと、今更どうでもいいな。結局、歴史は歴史でしかなく、歴史は変えられない。俺の自殺も変えられない。変えられないもの、それが歴史だ。
つまりだ。明智光秀は織田信長の天敵…。俺の敵。
そして、俺は今、その歴史の真っ只中にいる。
これは、もしかすると歴史を変えろと言う神様からの啓示ではないのだろうか…。
「お兄様…。どうかしましたか?」
今は妹の声も届かない。事は差し迫っている。
やれるのか、この俺に。いや、やらなければならないのだ。俺が生きるためには、明智光秀を殺さなければならない…。そう、絶対に。
歴史が…。運命が俺に、そう囁いているような気がする。