家の事情
2)家の事情、世の事象
自殺したのが昨日のことのように繋がる。まるで自殺なんてしてなかったかのようだ。
だが間違いなく、ここは戦国時代。前世の記憶が夢で、今の俺が生み出した妄想…。それを信じこんでいるだけなら良かったが、ここでの記憶とこれまでの記憶の2つは本当にホンモノ。前世の記憶が甦ったところで俺は俺なわけで…。
はぁ…。
結局の所、あれこれ考えてもどうしようもない。夜の内に城へ戻り床へついたのだが、戦国時代の俺にも立場というものがある。
当然、城を抜け出して遊んでいたことは直ぐにバレ、親父から大目玉を喰らった。
そう言えば、前の家族からはこんな怒られた事はなかったっけ。
今時、中学生も夜の時間をフラフラ歩くことも珍しくないだろ。塾通いの奴もいれば、遊びまわっている奴もいる。
俺の場合、どちらかと言えば後者だ。
両親共に共働きだった。塾には行っていたが、夜遅くまで塾はやってない。終わった後にファミレス寄って遊んで帰るのが日常だった。
そのことを怒られたことはない。警察のお世話になったら別だが、特にそういったこともなかったな。
勿論だが、戦国時代に塾はない。学校もない。良いことだ。
ファミレスもコンビニもあってたまるか。と、そんな事はどうでもいい。あれば良いとは思うけど。
どうも、未だ記憶の整理がつかないせいで今と昔?今と未来?のことがちぐはぐとこんがらがっている。
こんな調子で大丈夫なのか?
「はあ。俺、これからどうすれば良いんだろ」
一応、織田家の嫡男だ。生活には困らないのは助かるが…。
実は普段の生活が中学生だった頃と似たり寄ったりで、うつけ者つまりバカと呼ばれている。
前世の記憶があってもなくても変わらないとは、これ如何に?
今も親父に「このっ、うつけ者が!!」と怒られたばかりだ…。
今の親父はかなり厳しい。代々続く織田家も親父の代で様変わりした。一代で築いたその武勇伝は立派なものだと憧れるが、父親としては失格だ。
仕事が忙しいのは理解できるが、家族のふれあいがない。顔を合わせれば仕事のことばかり。そのせいでグレてしまったのは言い訳に聞こえるか?
跡継ぎの俺を育てようというのは分かるが───。
「お兄様…」
「お、おう。なんだ」
妹だ。一人っ子だった俺にも妹ができた。じゃなくて、戦国武将織田信長としての妹だ。
まあ、馬鹿な俺とは違ってよくできた妹だ。その下に弟も居るが…、そっちはあんまり好きじゃない。
しかし…。お兄様か…。
記憶が戻った今、お兄様は恥ずかしい。なんと慣れない響きなんだろう…。何というか、淫靡に卑猥に聞こえる。
───。
仕方ないだろ!!妄想逞しい中学生なんだもんっ!!記憶が戻ったせいで血のつながりを感じないんだよ!!
「その…お腹がすいているだろうと思って、おむすびを持ってきました」
そう言えば、まだ何も食べてなかった。
落ち込んでいる俺のために、食い物を持って来てくれたのか。優しい妹だ。
あの親父から本当に生まれたのかと思うほど似てない妹。歴史通り名前は市。兄の俺から見ても超絶美少女だ。
ガキの頃はいつも城に篭もりっきりだったから、遊び相手は当然兄妹で遊ぶことになる。お兄様、お兄様と後をついて来る市はホント、カワイかった。
今もだが…。
つまり、俺と市は仲が良いのだ。とはいえ、最近はあまり外には連れ出せない。数年前までなら良かったが今では躾が厳しく連れ出すことが出来なくなった。
まあ、あんまり男っぽい遊びをさせるというのも俺としても考えものだし仕方ないんだが。
「あんがとな、市。大丈夫だから、入ってきていいぞ?」
「はい、それでは失礼します───」
前の親のように勝手に部屋に入って来ないのはやはり育ちの違いか。本物のお姫様だもんな。それも当然か…。しかし、市の奴───。
「こんな夜更けに、市のほうこそ大丈夫なのか?」
俺の心配も当然だろ。城の中とは言え安全だとは言い難い。ましてや、城の者に見られたら俺が悪者扱いだ。
「はい、心配は無用です。賄い方には、内密にとお願いしましたから。……私の心配よりも、お兄様。どうぞ、お召し上がり下さい」
「まあ、良いなら構わねーし、勿論握り飯は頂くがな───」
腹の虫はもう限界だ。
もぐもぐ、ゴクンと市の握ったおにぎりを頬張る。何故、市が握ったとわかるかって?
そりゃ、こんなボロボロになってりゃ、いくら馬鹿な俺でも分かるってもんだろ。
流石に、具はない。この時代、お米だけでも贅沢なのだ。その上、市が握ったときたらプレミアもんだ。
さらにもう一個。ぱくんと一口、もぐもぐゴクン。ただの白おにぎりなのに止められない、止められない。
「ホント、美味いな。このおにぎり!!市は料理上手か!?」
「…ありがとうございます。流石はお兄様。私が握ったものと見抜くとは…。でも、お兄様が誉めるだなんておかしいですね」
クスクスと笑う。まあ、確かにそうなんだが…。何も笑わなくてもいいだろう。
「今日は頭をぶったからな。きっと、そのせいだろ」
「そうでした。お兄様が、お怪我をしたと──。具合は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。止血はしたし、帰ってから包帯を巻き直したからな」
まだ傷口はジンジンするけど大丈夫だろ。案外、傷は深くなかったし、ただ単に打ちどころが悪かっただけ。頭は繊細なのだ。
「そ、そんな…。お兄様、ちゃんと怪我の手当てをしなくては!!傷を見せて下さい。私が治しますから!!」
慌てる市。そう言えば、市は治癒系統の魔法の使い手だった。
………あれ?俺、今なんて言った?
治癒系統の…魔法…。そう、魔法だ。魔法ってなんだ!?
てっ、なんだじゃねー。そうだよ。魔法があるんだ。記憶がぐちゃぐちゃのせいで!!
どうも、前世と今との記憶が合わさって常識非常識の区別がつき難い。決して、魔法の存在を忘れていたわけじゃないのだ。
「お兄様? ぼーっとしてどうしたのですか。やはり、お怪我の具合が!?」
「いや、大丈夫。大丈夫だ。そ、そうだな。市に看てもらうとするか。何かあったら大変だからな」
「はい!お任せ下さい、お兄様!!」
俄然、やる気の市。張り切って治癒魔法を発揮する。
どうやら、上手くごまかせたようだ。
前世の記憶とか妹に言うようなことでもない。逆に頭がおかしくなったと心配かけるだけ。それに魔法を、この目でしっかり見ておかないとならない。
前世を思い出したことも誤魔化し、美人な妹に甲斐甲斐しく治癒してもらえる。二重にお得な作戦だ。
市の手が傷口の上に置かれ、月の光にも似た優しい光が市の手から零れる。
目の前には魔法の光に照らされる美少女。
傷口が少しむず痒いが、こんな間近に女子がいるのは初めてだ。しかも、こんな暗がりの密室で…。
前世も今も、イケメンではない俺はフツーに女子に免疫がない。高鳴る緊張、ドギマギしてしまう。
「───はい、こんな魔法で大丈夫でしょうか? どこか痛みはありませんか?」
「いや、大丈夫。流石は市だな。全く痛みが無くなったぞ」
治癒が終わり、市が少し離れた。少し時間が掛かった気がするが、今は魔法のことで頭が一杯だ。
ホント、スゴい。魔法スゴい。ヤバい。戦国時代ヤバい。まさか、戦国時代に魔法があったなんて歴史の授業でも聞いたことがない新真実だ。
だが、くそーっ!!現代にも魔法が残っていれば、風邪なんて一発で治るじゃん。
なんで、現代に魔法ないんだよ。魔法いつ滅びたんだよ。怪我しても直ぐに治せるし、さっきまで戦国時代ってびびっていたが、実は案外楽勝かもしれん。
「そういや、市?」
「はい。なんですか」
心配して来てくれて、飯を持ってきてくれて、怪我を治してくれて…。もう、やることは無いだろうにまだ部屋に居座る、市。
もしかして、ブラコンか? ───じゃなくて…。
「市が修めたのって、治癒系統のみだったよな」
「はい。私にはお兄様のように六系統六曜の才能はありませんでしたから…。お兄様の使えない治癒系統月曜の魔法の習得に専念しました。私も、お兄様のお役に立ちたいですから…」
少しでも側にってか?
そんなわけないよな。ダメな兄を持って心配しているだけだろう。
「そうだったな。ていうか、そうだったのか。…だけどな、市が足手まといだなんて俺は思ってないからな。例え、治癒魔法が使えなくても同じだ」
「ふふっ。今日のお兄様はやっぱり変ですよ。でも…、私を想うお兄様のお言葉、私は嬉しいです。…そ、それではそろそろ失礼しますね」
本当に言葉通り、そろそろとゆっくり立ち上がり、市は自分の部屋へ戻って行った。
仄かに残る市の残り香…。
はぁ。ヤバい、今日は眠れそうにない。あの笑顔は反則だろ。
妹って、あんなに可愛いものなのか?
14年の人生、妹なんて居なかったからな…。いや、今の14年は妹いるけど…。あー。もう、記憶の整理がつくまでは混乱してそうだ。
それにしても、市のあの笑顔。待ち受けにしたいくらいそりゃもう可愛いかったなー。
が、残念ながらこの時代にはスマフォはフツーにない。仕方ないから頭の中に焼きつけるとしよう。
悶々とした感情のまま床につき、眠れるはずもなく、当然そのまま翌朝を迎えた。
全く…、今日は散々な一日だったぜ。