⑦
「どうも、ボク、アヤパンいいます。京都から来ましてん。よろしゅうおたの申します」
再び目が合ったとき、すかさず大スターが声を発した。
おや? 想像に反して、随分と気さくで腰が低い。恐怖に凍り付いていた僕の心が少し緩んだ。
「まぁ、京都いいましても、金閣寺や京都タワーやマンガ・ミュージアムなんかがある辺りとは、大分離れてますけどね。綾部市いうて、まぁはっきりいうたら、ただの山奥ですわ。ハハハ・・・」
「ハ、ハ、ハ・・・」
どうやら悪い人では無さそうだけれど、まだまだ愛想笑いを浮かべるのが精一杯だ。
「あの、ボク、関東地方は始めてなんですけど、先輩方は、もうだいぶん長いんですか?」
あ、がっつり質問されてしまった。なんか答えなきゃ。
「えっと・・・、僕は、まだ一年くらい・・・。あ、僕、ピョンタといいます。こっちがプリリンで、向こうがオメザメクン」
「あぁ、どうも。ピョンタさん、よろしゅうたのみます。プリプリ・プリリンさんとオメザメさんもよろしくお願いいたします。お二人のことは、よう知ってます。お二人とも有名人ですもんね」
「え、でも、アヤパンさん、日本一なんでしょ?」
「いえいえ日本一なんて滅相もない。ユルキャラ人気は一時的なブームにすぎませんから。ボクなんて生まれてまだ三年経ってませんし、お二人みたいに何年も第一線で活躍してはる先輩方に比べたら足元にも及びませんわ」
もしかして、アヤパンさんって、すごくいいヒトかも。見た目はヘンタイだけど。
酷く動揺していた二人も同じような印象を受けたのか、プリリンのプルプルもいつの間にか治まっていたし、オメザメクンの時計の針もほんの少し動いている。
ちょっと安心した僕は、聞いてみたいことが浮かんだ。
「アヤパンさん、ちょっと質問してもいいですか?」
「ピョンタさん、先輩なんですから『さん』付けや敬語は止めてください」
「・・・わかった。じゃあ僕のこともピョンタと呼んでくれるかい?」
「いえいえ、先輩に向かってそんなん滅相もない、呼び捨てなんか無理です無理です。せめて、『にいさん』と呼ばせてください!」
「に、にいさん・・・? まぁ、いいけど・・・。じゃあさ、アヤパンの生い立ちというか、どこでどんなふうに生まれたか、みたいなことを、よかったら教えてもらえないかい?」
「そんなのお安いご用で!」
大スターらしくない気さくさで、アヤパンはニコやかにしゃべり始めた。本当にニコニコしているかどうかは、顔面をすっぽり覆ったブリーフのせいで判らないけれど。
「ボクは綾部市が企画したユルキャラ・デザインコンクールの大賞に選ばれた作品が基になってます。地元の中学生の作品らしいんですけど、身体は市の鳥である『イカル』がモチーフになってます。そしてこの、頭に被ったブリーフですけど、日本一の男性用下着メーカー『グンジ』の発祥が綾部市でして、まぁ正直にいうたら、綾部市で自慢できるもんがそれしかないってことなんですけど、それで頭からブリーフ被ってるって訳ですわ」
アヤパンは驕るでも威張るでもなく、自虐笑いを誘いながら軽やかに喋った。残念ながら僕はまだ、声を立てて笑えるほど心を許せていなかったけれど。
「あの、へんなこと聞くけど、いいかな・・・? 気分を害したらゴメンね・・・。あの、それ、恥ずかしい、とかはないの?」
僕の視線を辿り、アヤパンは質問の意味をすぐに理解してくれた。そんな失礼な視線にも、気分を害した様子はまるで感じさせなかった。
「あぁ、ブリーフですか? やっぱり最初のうちはねぇ・・・。周りからは白い眼で見られるし、綾部市内でも教育委員会とかPTAを中心に、否定的な声も結構多かったんですわ。正直、ちょっと辛いときもありましたけど、でもこのブリーフは綾部市の誇りですから、綾部市を代表する立場のボクが恥ずかしがってたらアカンと思いましてね、それでまぁ堂々としてるフリしてたら知らん間にちょっとずつ人気が出てきまして、おかげさまで今年、優勝させてもらえましてん」
「へぇ、そうなんだ・・・。エラいね」
「いえいえ、普通のことを普通にやってきただけですから・・・」
「いやでも、スゴイよ。なんか・・・、ありがとう」
「えぇ? お礼いわれるようなこと、ボクいいましたっけ?」
「うん・・・。実は僕、自分の生い立ちとか全然判らなくて、それでなにかと自信が持てなかったりしてたんだけど・・・、アヤパンの話を聞いてたら、もっと自分に自信を持たなきゃ、って思ったよ」
「そういうてもらえたら、ボクも嬉しいです・・・。でもにいさん、見たところ生地も上等そうやし、縫い目もしっかりしてはるし、ちゃんとしたところの生まれと違いますか?」
「え、そうかな・・・」
「そうですよ。ボクらなんかね、パンツが誇りとかいうても、正味のところ中国のでっかい工場でロット一万個の大量生産ですもん。ほら、縫い目も粗いでしょ? にいさんのは縫い糸も細いし、目が緻密ですやん」
「そ、そうかな・・・」
思わず顔が綻ぶ。すると、脇腹をつんつん突付きながら、耳元でプリリンが囁いた。耳元といっても、僕に耳は付いてないのだけれど。
「なに、人気者に取り入ろうとしてんだよ! オマエ、あっち側に付く気か?」
「別に、あっちとかこっちとかじゃないよ。プリリンも聞いてたろ? アヤパンはいいヤツだよ」
「ふん、オレは認めねぇからな。あいつのせいで、オレたちがここを追い出される危機が迫っていることに変わりはねぇんだ」
プリリンは不信感に満ちた無表情で、僕の背中に隠れるようにしながらアヤパンを睨みつけていた。その不穏な無表情に気付いたアヤパンは、困惑の表情を浮かべた。といっても、ブリーフに隠された表情のことは、あくまでも僕の想像に過ぎないのだけれど。
「いやいやいや、ていうか、そんなんボクも望んでませんし・・・。みんなで愉しく暮らしていけるように頑張りましょうよ。ねぇ、プリリンにいさん!」
「気やすく『にいさん』とか、呼ぶんじゃねぇ!」
なんだか、新たな揉め事の火種が舞い込んだ感じだ。でも、あれだけ怯えきっていたプリリンが、憎まれ口を利けるようになったってことは、もう気を許したも同然かもしれない。
すっかりアヤパンの人柄に惹かれてしまった僕は、彼のことをもっと知りたくなった。
「ところでアヤパンは、どういう経緯でここに来たの? 誰かからのプレゼント?」
「まあ、そうです。今日、大学の研究室っていうんですかね、そこでクリスマス・パーティがありまして、ボクはサブローさんていう前のご主人様が用意したプレゼントやったんですけど、新しいご主人様に引き当ててもろたというわけです」
その言葉にオメザメクンが反応した。
「引き当ててもらった? アヤパンさんいま、引き当ててもらった、っていいました!?」
「どうしたのオメザメクン? 急にでっかい声出して、びっくりしちゃうよ」
「そんなことはどうでもいいんです。ねぇ、アヤパンさん!」
「は、はい。なんですかオメザメにいさん」
「いや、私は『オメザメクン』で商標登録されてますから、正しくは『オメザメクンにいさん』です」
「あ、すいません。オメザメクンにいさん」
「いえ、それでは長すぎてしっくり来ないので、にいさんは止めてもらっていいですか?」
「そ、そうですか・・・? じゃあ、オメザメクンさん、で・・・?」
「いや、だから、『クン』と『さん』が重なると日本語的におかしいので・・・」
「ちょっと! 『クン』とか『さん』とかこの際どうでもいいよ! で、オメザメクンはなにがいいたいの?」
「あ、そうでした。アヤパンさん、さっき『引き当ててもろた』っていいましたね?」
「はい、確かに、いいましたけど・・・」
「つまり、引き当ててもらったってことは、ご主人様のために用意されたプレゼントでもなければ、ご主人様が欲しがっていたワケでもないってことですね?」
「・・・まぁ、そうですね。人間様が七,八人いましたけど、それぞれにプレゼントを持ち寄ってきてまして、誰がどれをもらえるかは、クジ引きかなんかで決めたみたいです」
「やっぱりそうですか・・・。よかった、それを聞いて一安心です」
オメザメクンの昂奮が急激に落ち着いた。
「なんだよ、急に独りで昂奮しちゃってよぉ。なにがどうなったのか、さっぱりわかんねェよ」
プリリンのいうとおり、僕もオメザメクンが何に納得したのか全然わからなかった。
「まだ、わかりませんか? エリカさんがこの人気キャラを持ち帰ってきたのは、アヤパンさんが人気者だからじゃない。たまたま当たったからです」
「・・・と、いうことは?」
「だから、古いおもちゃに飽きた訳じゃないってことですよ。つまり、わたしたちは、このままここに居続けられる可能性が高いってことです!」
「あぁ、なるほど・・・」
オメザメクンの理屈をなんとなく理解した僕の隣で、プリリンは再びプルプルと震え始めた。
「どうしたの、プリリン?」
「・・・な、なんでもねぇよ・・・」
そういう声もわずかに震えている。見た感じ、怒りや緊張といった雰囲気でもない。これって、もしかして・・・。
「あれっ? 泣いてるの?」
「そ、そんなわけ、ねぇだろ! オレ様が、泣くわけねぇだろ・・・」
消え入りそうな声でやっと答えた。
こうして、僕らはみんなで仲良くやっていこう、ということになった。
アヤパンはいいヤツだし、みんなで仲良くできるのは嬉しいけれど、一つだけ気懸かりなことがあった。
さっきのハシャギっぷりからして、エリカはアヤパンをとても気に入ったみたいだ。ということは、アヤパンと一緒に寝ることが増えてくるんじゃないだろうか。そうなったら、僕はアヤパンに対してどんな気持ちを持ってしまうのだろうか。アヤパンはいいヤツなのに、嫌いになってしまうのかもしれない。
密かにそんなことを心配し始めたとき、プリリンが話しかけてきた。
「おい、ピョンタ」
「え、なに?」
「あいつのこと、モンキッキ先輩にも、紹介しておいた方がいいんじゃねぇのか?」
プリリンはそういいながらヘッドレスト上段へと視線を送った。つられるように僕も見上げた。
「そうだね。起きてるかなぁ・・・」
「え、なんですか? 他にも先輩がいらっしゃるんですか?」
「そうなんだよ。エリカが子供のころから一緒に暮らしている大先輩なんだ」
僕はアヤパンに一歩近付いて、声を落とした。
「怒らせるとすっごく怖いから、気をつけてね」
気さくで明るいアヤパンの表情が少し強張った気がした。けれども、ブリーフを被った顔から表情を読み取ることは難しい。
「じゃあいいか、呼ぶぞ。せんぱーい、モンキッキせんぱーい!」
プリリンが上段へ向かって声をかけた。ほどなくして、毛むくじゃらの頭皮に囲まれたあどけない笑顔が顔を覗かせた。
「どうした、あのストラップ野郎のことが何かわかったか?」
そういえば、あの気味の悪いヤツを今日はまだ見ていない。カバンの中に入ったままなのかもしれない。エリカは酔っぱらっているからか、充電するのを忘れているようだ。
「いえ、今日はその件じゃありません。新入りが来ましたので、紹介させていただこうと思いまして・・・」
「新入り? あぁ、そっちのヤツか・・・。なんだか、またおかしなヤツのようだな・・・」
モンキッキ先輩は僕の隣から見上げるアヤパンを一瞥すると、あどけない笑顔をほんの少しだけ翳らせたように見えた。僕は口を挟まずにはいられなかった。
「いえ、先輩、見た目はヘンタイですけど、中身はすっごくいいヤツです!」
僕の弁護が終わるか終わらないかのタイミングで、すかさずアヤパンがブリーフを被った頭を下げた。
「はじめまして、アヤパンと申します。京都の綾部という町から来ました。よろしくお願いいたします」
「ほぉ・・・。あんたが、いまや飛ぶ鳥をも落とす勢いと評判の、アヤパンさんかぁ・・・。まあ、騒がしいヤツらの中に放り込まれて大変だろうが、悪いヤツらじゃねぇから、よろしくたのむわ」
「いえいえ、こちらこそ、なにかと不慣れでご迷惑をおかけしますが、よろしゅうおたの申します」
「ふん・・・。たしかに、見た目に比べて、ずいぶんとしっかりしたヤツだなぁ」
「そうでしょ、とってもいいヤツなんだよ、アヤパンは!」
「なんだよピョンタ。おめぇ、人気者に取り入ろうとしてんのか?」
「そ、そんなんじゃないよ。本当にアヤパンはいいやつなんだよ!」
「ったくオメェは・・・、新入りに、敬語の使い方を教えてもらいな」
「・・・・」
ともかく、これでアヤパンは正式に僕らの仲間として認められた。
「ところで、ストラップ野郎はその後どうなんだ?」
不意にモンキッキ先輩が話題を変えた。プリリンがすかさず答える。
「はい。特に変わった動きはありません。相変わらずラリってはいますが・・・」
「そうか・・・。もうしばらく、注意しておいてくれ。なんだか気になるんだ」
「わかりました。なにかあったら、すぐに連絡します」
それを最後にモンキッキ先輩はあどけない笑顔を引っ込めた。
「あのぅ、さっき先輩がいうてはったストラップ野郎っていうのは、ご主人様の携帯に繋がってるドラックマのことですか?」
アヤパンが伺うように尋ねた。
「ああ、そうだよ。見た?」
「ええ。パーティのときに軽く挨拶さしてもうたんですけど、たしかに彼はちょっとおかしかったですねぇ」
「そうなんだ。いつも酔っぱらってるみたいで、会話が続かないんだよね」
「ドラックでラリってる子グマってコンセプトなんだってな? ったく、気色悪りぃよな」
そう口を挟んだプリリンに、アヤパンは意外な返答をよこした。
「いえ、ボク、ショップの棚に並んでたとき、近くにドラックマもぎょうさんおったんですけど、ラリってるヤツなんて一人もいませんでしたよ。見た目に反してみんな礼儀正しかったし、まともなヤツばっかりでしたけどねぇ・・・」
「へぇ、そうなの?」
「はい・・・。彼には、なんやら特別な事情があるような気がします・・・」
僕らは自然と彼が入っているであろうバッグの方を眺めた。けれども、いくらバッグを眺めたところで、特別な事情ってのがなんなのかは判るはずもなかった。




