⑬
まずは一番小さいマトリョーナの上半身と下半身をくっつけた。
「はぁー、助かったわぁ~。あんたたち、ありがとう! もうお腹がスースーしちゃって、風邪ひくところだったわよ」
身体に見合った幼女のような声なのだけど、口調はいつものおばさんのままだ。
「お礼ついでにもう一つお願いしていいかしら? 顔とお尻が前後ろ逆なんだけど・・・」
よく見ると、たしかに花柄の前掛けがお尻のほうについている。
「あ、ホントだ。でも、いいじゃん。なんか問題あんの?」
「問題あるわよ、大ありよ! なんだか気持ち悪いのよ!」
「なんだよ、それくらい我慢しろよ・・・。どうせおっきいヤツの中に隠れて見えねぇじゃん」
「キィー! ホントにアンタは嫌なヤツね。そんなんだからエリカにも一緒に寝てもらえないのよ!」
「なんだとババァ! もう治してやんねぇぞ!!」
まったく、二人が顔を合わせた途端に早速これだ。と、呆れつつもホッとする。
「まあまあ、いいじゃんプリリン、直してあげようよ」
「あらぁ、やっぱりピョンちゃんは優しいわねぇ。それにくらべて、そこのブサイクときたら・・・」
「あ、もうムカついた。ぜってぇ治してやんねぇ!!」
「はいはい・・・。もうプリリン、ほら機嫌直して、早くやろうよ」
「あの盗聴器どこいった? 中に入れてやろうぜ! そうすりゃこのババァも喋れなくなんだろ!?」
悪態を吐きながらもプリリンは愉しそうに、マトリョーナおばさんを元に戻す作業を率先して行った。小さいうちは簡単に戻していけたのだけど、三つ目くらいから少し重くなってきて、作業が難しくなった。僕らは手が不器用な形をしている上に、プリリンもオメザメクンも腕が短く、重いものをしっかり支えることができない。小さなドラックマにいたっては、二つ目からすでに戦力外だ。
一番腕の長い僕が、自然と重いものを抱えたり、押し込んだりする役目になった。
作業的には、横倒しにしたマトリョーナを、次のマトリョーナの下半身に押し込み、その上から上半身をはめ込む。プリリンとオメザメクンには下半身を支えてもらって、上半身を僕が押し込む役目になった。
「みんな頑張ってぇー!! もう一息よー」
マトリョーナの声は、だんだんもとのおばさんに近付いてきた。
「ったく・・・。若い子の黄色い声援ならもっと力が入んのになぁ・・・」
「なにいってんのよ! アンタなんかさっきからなんにもして無いじゃない!!」
「あぁ、いったなチキショー、もうやってやんねぇ。ホントにやってやんねぇからな!!」
ことあるごとに罵り合いながらも、ようやく最後の一つになった。
「さぁ、いくよ!」
「はい。どうぞ!」
力を振り絞って、二番目に大きいマトリョーナを一番大きいマトリョーナの下半身に押し込んだ。ちょっとでも力になりたいのだろうけれど、足元をチョロチョロするドラックマが邪魔だ。だけど、さすがに邪魔だとはいえず、踏みつけないように注意しながらマトリョーナを押す足腰に力をこめた。
「よーし、オッケー! 入ったぞ!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。やった。あとは、これだけだね」
最後に一番大きな上半身が残ったけれど、中身が入っていない分まだ軽かった。それを前後ろに気をつけながら、下半身にピタリと合わせた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・、できた・・・」
「まぁ、ありがとう。ピョンちゃん、本当にありがとう!」
「よーし。とりあえずベッドに戻るか」
僕たちは心地好い疲労感とともに、その場を後にしようとしたら、
「ちょっと、待って! わたしをこんなところに置いてかないでよ!」
横倒しのままのマトリョーナおばさんがいった。
「そうはいわれましても、元の棚に戻すというのは、私たちの力ではとても・・・」
「棚じゃなくってもいいわ。せめて、あんたたちのところに一緒にいさせて。入口のそばで一人ぼっちなのは、怖いのよ・・・」
おばさんの気持ちはよくわかる。僕はみんなと一緒だったから、なんとか正気を保っていられたけれど、一人きりならどうなっていたか判らない。けれど、おばさんの重い身体をベッドの上に担ぎ上げるなんて、どう考えてもできそうになかった。
僕らが途方に暮れかけたとき、プリリンが閃いた。
「これ、使えねぇかな?」
プリリンはクローゼットの前に落ちていた、緑色のパーカーのフードを広げた。
「ここにババァを入れて、みんなで上から引っ張り上げようぜ!」
なるほど。とりあえずやってみようと、横倒しのままのおばさんをコロコロと転がして、フードの中に収めた。そして裾の部分を掴んで、ベッドへの登頂を試みた。降りるときに使ったキャミソール・スライダーはツルツルしていてとても登れなかったけれど、少し迂回してカーディガンやセーターの山を伝って、みんなで協力しながらなんとかマットレスの上へと這い上がった。
「じゃあ、引っ張るぞ!」
プリリンの声を合図に、「せーのっ!」で引っ張った。ツルツルのキャミソール・スラーダーをつたって、思いのほかスムースにおばさんを載せたパーカーを引っ張り上げることができた。
「やったー! みんなシュゴイ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・、やったな・・・。これで文句はねぇだろ!」
フードから転がり出たマトリョーナおばさんは、でも申し訳無さそうに、もう一つ願いを告げた。
「できれば、立たせてもらえないかしら?」
「なんだよ、まだあんのかよ? 図々しいババァだなぁ・・・。しょうがねぇ、ピョンタ、いけるか?」
「えっ、僕!?」
「しょうがねぇだろ? オレたちの手じゃ抱え上げられねぇんだから・・・」
「ピョンタさんが抱えやすいように、わたしたちで脚の方をしっかり支えますから・・・」
「・・・わかったよ。やるよ・・・」
仰向けに横たわったままのモンキッキ先輩の隣までおばさんを転がしてきて、足元をオメザメクンとプリリンが支え、僕が頭を抱えて力いっぱい押し上げた。
「どりゃあぁぁぁ~!!」
「ピョンタさん、ファイトです!」
「おっ、いいぞ! その調子!」
「ガンバレー! みんな、ガンバレー!」
四五度くらいまで立ち上がった。僕は身体をおばさんの下へと潜りこませ、全身の力を使ってさらに押し上げた。
「ちぇすとぉぉぉ~!!」
「ピョンタさん、男を見せてください!」
「いいぞ! あと一息!!」
「ガンバレ! みんなガンバレー!!」
重い。チョー重い。腕が折れそうだ。しかし、僕は腰を落として両脚を踏ん張り、ありったけの力をこめて、おばさんの身体を一気に押し上げた。そのとき、
ブチブチブチッ!
嫌な音がした。
お尻の辺りからだったような・・・。
少し遅れて、強烈な痛みが僕のお尻を襲った。
「イターーーッ!!」
僕の絶叫に、みんなが驚いた。
「どうした? なにがあった?」
「お尻が、僕のお尻が・・・!」
僕は、お尻を押さえてのたうち回った。
「立てたわ! ありがとう、ピョンちゃん! あら、どうしたの? 大丈夫?」
「お尻がどうかしたのですか!?」
「おい、ちょっと見せてみろ!」
のたうつ僕の身体を押さえて、ピョンタがお尻を覗きこんだ。
「うわっ、裂けてやがる・・・。踏ん張りすぎたんだなぁ・・・」
「えっ、裂けてんの? 僕のお尻、避けてんの?」
「本当ですねぇ・・・。これは痛そうです」
「まぁ、かわいそうに・・・。お尻の病気はクセになるっていうし・・・」
「ちょっと、ヤダよ。クセになるのなんて・・・」
「この程度なら大丈夫だ。内臓も飛び出してないし、モンキッキ先輩に比べりゃ、カスリ傷だ」
「いやいやいや、裂けてんでしょ!?」
「ロシアの諺にこういうのがあるわ。『切れ痔にウォッカ、イボ痔にヴォルシチ』って」
「それ、どういう意味!?」
酷い、みんな酷すぎる。僕がこんなに苦しんでいるのに。
「縫い糸がほんのちょっと切れただけじゃねぇか・・・。大袈裟なんだよ、オマエは・・・。まっ、オレも経験したことはないけどな・・・」
そのとき、オメザメクンが怖いひとことを放った。
「あれ、裂け目から何か見えませんか?」
「ん? ホントだ。何だろう?」
ピョンタが傷口を触った。
「イテテテ! ちょっと気をつけてよ!」
「あぁ、ダメだ。オレの手じゃ掴めねぇ。おい、チッコイの、これ掴めるか?」
「やってみましゅ」
今度はドラックマが傷口に手を突っ込んだ。
「イテテテテ!」
「暴れんなよ! オメザメクン、そっち押さえてくれ!」
「はい! ピョンタさん、我慢してください!」
「イタイイタイイタイイタイ!」
「取れたでしゅ!」
一瞬、気が遠くなるほどの激しい痛みが、お尻から脳天まで背中の縫い目に沿って駆け上がった。それが過ぎると、全身の力が抜けた。
「おい、見ろよこれ・・・」
みんなが息を呑む気配がした。
「え、なに? なにがあったの?」
一瞬の沈黙があって、プリリンが呟いた。
「タグだ。でも、見たこと無いヤツだな・・・」
「はい。私たちのとは、少し違いますね・・・」
「え、なんて書いてあるの? 僕の本当の名前とか、生まれた国とか・・・?」
「それは・・・」
「それは・・・?」
「・・・読めねェって。オレたち字は読めねぇって知ってんだろ」
そうだった・・・。痛みと落胆にがっくりと肩を落とした僕に、プリリンはいった。
「まあでも、ちゃんとしてるっぽいタグだぜ。これでオマエはバッタじゃないことが証明されたんだ。よかったじゃねぇか」
「え・・・、僕はバッタじゃないって、認めてくれるの?」
「バカだなオマエは・・・。最初から本気でいってたワケじゃねェっつうの!」
「はい。私たちには判ってましたよ。アヤパンさんがいうように、ピョンタさんは私たちよりも作りがしっかりしてますからね」
「な、なんだよぅ、オメザメクンまで・・・」
僕はなんだか嬉しくって、涙が零れそうになった。いや、実際には零れはしなかった。僕はまだ百歳にはなっていないらしい。
「ちょっとまって、まだ何か入ってましゅよ!」
甲高いドラックマの声が響いて、小さな手が再び傷口に突っ込まれた。
「イタイッ! ちょっと、急に入れないでよ・・・」
なにが大きな角ばったものがお尻の割れ目に引っ掛かって、痛みにも増して激しい異物感に背筋の縫い目がゾゾゾとなった。
「これ以上、取れましぇん!」
「思いっきり引っ張ってみたら、取れんじゃねぇか?」
「やめて! これ以上お尻が裂けたら、僕もアヤパンみたくなっちゃうよ!!」
「ったく、大げさだなぁ・・・。まぁ、でも確かにこれ以上傷口が開くとよくねぇか・・・」
「なんでしょう? 手紙ですかね?」
「うーん・・・。ピョンタ、なんか心当たりとかねぇの?」
「あるわけ無いでしょ・・・」
マトリョーナおばさんを助けたことがきっかけとなって、僕のお尻が裂けた。でもその痛みと引き換えに、僕は純正品として認めてもらえた。
そして、僕のお尻に潜むもう一つのモノとはなんなのだろう?
それから長い時間が過ぎた。どのくらいの時間かというと、寒さがひときわ厳しさを増し、やがて和らぎ、どこかから花の匂いが漂ってきて、すっかり暖かくなってきたと思ったら、ジットリと湿度の高い季節がやってきた。
そのくらい長い間、エリカは戻ってこなかった。
エリカだけじゃなく、部屋を荒らしていったお母さんも、それっきり家には戻ってきていない。
アヤパンの意識は、依然として戻らない。モンキッキ先輩の具合も悪いままだ。
僕もお尻が裂けたせいで、以前のように動き回ることはできなくなった。立ったり座ったりする度に、お尻に衝撃を与えないように慎重に、恐る恐る動く様を見て、プリリンはまた僕をからかった。
マトリョーナおばさんとプリリンは、相変わらず仲がいいのか悪いのか、毎日飽きもせず舌戦を繰り広げている。本来の調子を取り戻したドラックマは、見かけによらず礼儀正しいヤツで、お尻の具合が悪い僕をなにかと気遣ってくれた。
オメザメクンは相変わらずマイペースに、毎朝決まった時間に時報を告げた。時報といえば、エリカが出て行ってからもミニコンポは律儀に七時半に音楽を鳴らし続けたのだけれど、あの日以降、ノイズは無くなり、かつてのようなキレイな音楽を奏でた。
オメザメクンがいった。
「盗聴器から発信されていた電波が、ラジオ電波に緩衝していたのではないでしょうか?」
へ、へぇ・・・。




