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彼女のこんなことは今に始まったわけではありません

前話の洸ちゃん視点です。

鎧より遥かに軽いスーツを着ているのに、月曜の朝は戦地に赴くような気分で心とスーツを重く感じさせる。


朝、悪友の顔を見たとき浮かんだのは決して朝の挨拶なんかじゃない。

悪友の提案。

それに乗る俺が一番愚かなのかもしれない。

その一言に尽きるだけ。


「おう、どうだった?」

どうせ聞かなくてもわかっているのにわざわざ聞いてくるこいつが恨めしい。

「どうもこうもあるか。」

「またいつもの展開で、お前のKO負けかよ。」

仮にもイベント会社に勤務してるんだかもっと俺が喜ぶ展開になる案を提案しろよな。


「さっき音羽に会ったとき、『みつさん、趣味悪いですね。』なんて言われたんだけど。どうしたらそんな展開になるんだよ。」

「お前の提案した案にのったからだろう。」

音羽にも弁明したけど、決して俺の趣味が悪いわけじゃない。


「まぁまぁ、そう言わずに話して見ろよ。なっ。」

その台詞も聞き飽きた。

そう思うのに、俺は昨日の音羽とのやり取りを充に話していた。



充の提案にのることを決めた後、音羽がずっと観たいといっていたDVDをレンタルしてきた木曜の夜。

計画を念頭におきながらも、休日はこのDVDを音羽と観ながら過ごそうと考えていた。


有名レンタル店のロゴが入ったバックをローボードの引き出しにしまい、充が置いていったAVをDVDプレイヤーにセットしながら頭に浮かぶのは、耳にタコができるほどに聞いた充の言葉。

『音羽に惚れたことがお前の運の尽き。』


あいつは事ある毎にこの言葉を言う。

たしかに自分でもそうだと思う。

大学のころの俺はと言うと、それなりにもてたし、彼女だっていた。

なのに、二年後に入ってきた音羽のマイペースさと、ちょっと変わった性格とゴールデンハムスターに似たクリクリとした目に気づいたときはやられてしまい、今は完全にKO状態だったりする。


セットし終えた後、膳は急げとばかりに音羽に電話をかければ音羽から返ってきた返事がこれまたよくわからない文句だったりする。

『洸ちゃん戦う戦士にとって休日は、すべての重装備を下ろす日だって思うのは私の考えすぎじゃないと

思うんだけど。』


なんだ、それは。

たしかに世のサラリーマンが身に着けてるスーツや戦闘着を脱いで休日を謳歌するというのはわかる。

でもなんで俺が掃除に負けるんだよ。

そのあともよくわからないことを言っていた音羽。

でも今回は譲れない。先週の休日だってデートに誘えば、『友達と先約あるから。』

そう言われて引いたんだから、今回は俺に譲ってくれてもいいだろう。

仕方なく音羽を黙らせるために使った切り札の一言。


『今度ランチおごってやるから。』


その一言の威力は絶大だったらしい。

さっきまでわけのわからないことを言っていたくせに、懐柔される音羽がまた憎らしい。




切り札に釣られた音羽は昼過ぎにコンビニの袋を下げたやってきた。

ドアを開けて俺の顔を見たとたんに『プチ嫌がらせのオプション。』と言ってコンビニの袋を渡された。


『プチ嫌がらせ?』

そう思い渡されたコンビの袋を除けば、そこにあるのは音羽の好きな甘いコンビニスイーツばかり。

なるほど。

俺が音羽と違ってスイーツが苦手で、酒のつまみになるようなものが好きなのを知っていての反撃ときたわけだ。

彼女のこんな小さな嫌がらせも音羽らしいと思ってしまう俺は完全に音羽菌に侵されている。


そんなわけで、ただ今俺は音羽のためにおもてなしの最中で、ドリップ式コーヒーをセットしている。


「洸ちゃん、砂糖少な目、ミルク大目ね。」

「わかってるって。」


さてここからが充の提案だった。

「音羽、悪いけど先にDVDのセットしておいて。」

「はいはい。」

「ローボードの引き出しの中に入ってるから。」

「了解。」


音羽がローボードの引き出しを開けてDVDの入ったバックを手にしたのを見ると、俺はいったんトイレに行くためにこの部屋を出た。


充の提案はこうだった。

先週、音羽から先約があるからと断られた後、充から連絡があり、俺の部屋で酒を飲んでいたとき。

充は徐一枚のDVDを取り出して俺に差し出した。


「これお前にやるから今度見ろよ。」

「なんだよこれ?」

「AV。」

「いらねぇよ。」

そう言って俺は充に返した。

そのあとあいつはそのDVDを見ながら、

「いい案があるんだけど、聞きたいか?」

「なんだよ。」

「このDVDを音羽に見せて勘違いさせて嫉妬させるんだよ。」

「なんだそれ?」

「だからこのAVをお前が観たって思えば音羽も焼くんじゃねぇの?

『私がいるのにAV観てたなんて、洸ちゃんのバカ。』なんてな。」

「似てねぇし、気持ち悪いから真似すんな。」

「とにかくやってみる価値あるって。」

「どうやって音羽にAVなんかみせるんだよ。」

男じゃあるまいし、音羽がAVに興味があるとは思えない。

まして、AVを一緒に観ようなんて誘える分けないだろ。

「簡単だって。お前の家で一緒にDVD観よって誘って音羽にこのDVDの存在を認識させればいいだけだろ。」

「認識?」

「つまり、このDVDの中身を観なくても存在だけ知れば十分ってこと。」


充いわく、音羽がこのDVD自体を観なくても、俺にDVDのセットを頼まれた音羽は、プレイヤーの中に他のDVDが入っていれば、それを取り出して、セットする必要がある。

つまり、中身を観なくてもDVDを取り出せば、おのずとAVのタイトルが目に入るということだった。

さすが、悪友だと関心と呆れの割合もつかないまま、悪友の思惑通にのったはいいけど、さて音羽は本当に充の言うとおりAVの存在に気づくのだろうか?


トイレに行った後、時間をつぶしのために持ってきたスマホで時間をつぶすこと早数分。


『そろそろ戻るか。』


スマホをズボンのポケットにしまうとリビングに通じる扉を開けた。


「音羽?」


「あっ!」

音羽は中のDVDを取り出すことなく、そのまま再生ボタンを押したらしい。

リビングに戻ると、画面には絡み合う男女の姿が映し出されていた。


「洸ちゃん。」


「音羽。誤解しないでくれ、これは違うんだ。」

恋人にAVを観たことがばれて漂う悲壮感と言い訳をする俺といったところ。


「なにが違うの?これっていわゆるAVってやつでしょ。」

「いや、そうなんだけど。ってそうじゃなくて、俺の物じゃないし、俺が借りてきたんじゃないんだ。」

「だったらどうして、こんなものが洸ちゃんの家のDVDデッキから出てくるの?」


これにはひょっとして、音羽も妬いているのだろううか?

俺の中で甘い期待が出てくる。


『あぁ部長。』

『もっとぉ、もっとしてぇ。』

『いいです。』


この場には明らかに似つかわしくない映像と声。

それが俺と音羽の声を遮りながらも映像の中の二人には関係ないとばかりに流れ続けている。


「だからこれは、(みつる)の物で俺のじゃないんだ。」

これは本当に俺のじゃない。


「信じてくれ。」

若干言い訳がましいような気もするが。


「前に充が遊びに来たときに、俺が知らない間に置いて帰ったんだ。」

前半は本当で、後半はうそ。

充からの提案にのり、今日のために音羽が来る前にDVDプレイヤーにセットしたのは俺だから。


『あ~。』


『部長~。』

その声を合図にテレビの中の女は大変な姿になった姿を画面は映し出している。

さすがに音羽には刺激が強かったのか、顔を両手で覆ってしまった。


「音羽。」

俺が呼ぶと音羽は両手の人差し指と中指の隙間からこちらに顔を向けた。


その間にもとんでもない映像が繰り広がられているわけで、さすがにこれ以上はムリかと思い停止ボタンを押すことが頭を過ぎる。


『あ~。』


「信じてくれ、俺はこのDVDは見てない。それだけは神に誓って言える。」

これが最後のダメ押しとばかりの台詞。

とはいえ、本当に俺はこのDVDは観ていないわけだからなにも後ろめたいことなんてない。

本当に神に誓ってもなんら問題はない。


両手で顔を隠しながらも人差し指と中指の隙間から俺を見ていた音羽の目線がテレビへと移動する。

『音羽?』


「洸ちゃんすごいね。」

「はっ?」

「だって×××してるよ。」

「あー今度はあんなことまで!」

「どっどうしよう、洸ちゃん。あんなことまでしゃちゃってもいいの!?」


信じられないことに音羽は指の隙間から観える映像を実況中継のように口に出し始めた。


「おっ音羽?俺のこと怒ってないのか!?」

俺がお前というれっきとした彼女がいるにも拘らずAV観てたかもしれないっていうのに、妬いてないのかよ。とは口に出していえないので、怒っていないのかと聞けばこの返事。


「怒る?なんで?」


俺と話しながらも音羽の目線はテレビに釘付け状態なわけで。

なんではないだろう。

充の話だとそういうのを観てたことがばれたりすると怒る彼女もいるらしいのに。


『なのになんでお前は怒ったり妬いたりしないんだよ?』

そう言えればこんなに苦労しないか。


「このDVDを俺が見たと思ってたんだろう。だから怒ってたんじゃないのか?」

頼む。そうだと言ってくれ。


「怒ってなんかないよ。でも洸ちゃん好きなDVDの趣味悪いね。」

「えっ。」

好きなDVD?趣味悪い?


「洸ちゃん、世の中にはまだまだ知らないことってたくさんあるんだね。」

「あっ、ああそうだな。でっ、音羽。これ俺のじゃないって言ってるんだけど…」

そんなシミジミ言うことか?でもってお前絶対なんか勘違いしてるだろう!


「わかってるって。みつさんの物なんでしょ。でも洸ちゃんこれ好きだから借りたってことだよね。」

「いやだからさ。」

んなわけあるか!俺だってこんなの好きじゃねぇし。

俺はどっちかつーと、って違う!

俺の好みを思い浮かべてどうする。

そんでもって趣味の悪い充と一緒にするな!


「知識を増やすことは大切だし、幾つになっても探究心を忘れないっていう洸ちゃん素敵だと思うよ。うん。」

「おっおう、ありがとう?」

『ありがとう?』自分で言っておきながらどこがありがとうなんだ?

でもってどこに褒めるポイントがあったんだ?

なんか疲れたけど、これはこれでよかったのか?

今回も作戦は失費に終わったわけだけど、音羽の口から『素敵だと思うよ。』と言われたのだから。



「ところで洸ちゃん。私へのおもてなしはどうなったの?」

そう思っていたところに音羽からの一言。

マイペースというか、なんというか。

感心してしまう。


「悪い、今持ってくるから。」

「あっ、お皿も忘れないでね。」

「はいはい。」


けど、音羽のこういうところがすきなんだから惚れた弱みと思って諦めるしかない。

結局今日も作戦は失敗で、おまけに趣味が悪いという大変不名誉なレッテルまで貼られたというのに、俺はそんな音羽のことが好きなんだから。

あぁ、今日もやっぱりKO負けなんだな。


キッチンから音羽を見ると、リモコンの停止ボタンを押したようで、そこに二人の姿はなかった。


温くなったコーヒーをレンジで暖めながら思わず漏れでた俺のため息は、レンジの音にかき消されたことは間違いない。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

では次回もお付き合いいただければ、うれしいです。

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