EX 風水露草&風水蓮華
サイドエピソードです。読まなくても本編には影響ありません。
なので、興味の無い方は飛ばしちゃってください。
時系列的には、アルカディアでの通信障害の直後です。
少年と少女が、自室の中でコネクトシステムに接続していた。シートに身体をうずめ、頭にメットを被っている。
今、コネクトシステムがうなり声を上げた。それから数秒して、少年の手が僅かに動く。少女の手も同じように動いた。
「あー、びっくりした。何なんだよ、さっきのノイズ」
そんな声を上げながら、少年──風水露草がメットを頭から外した。そして、隣のコネクトシステムに座る少女、風水蓮華の肩を軽く叩く。
「なあ、蓮華。大丈夫か?」
「……うん、大丈夫」
蓮華もメットを取り外した。困ったように両の眉が寄せられている。
二人はついさっきまで、アルカディアにダイブし〈オメガ〉をプレイしていた。アイテムを揃えるために街を徘徊していたところ、急に画面にノイズが走ったのだ。
それはバベルが目論んだ通信障害なのだが、今の二人にそれを知る術は無い。
「はー、システムトラブルかなあ。さっさと復旧してくんないかなぁ。せっかく新しいクエスト受けようと思ってたのにさあ」
「そうだね……私も新しい装備、作りたかった」
二人は現在、小学六年生。三年生のころから、〈オメガ〉をプレイし続けている。事の発端は、雑誌の検証に応募したコネクトシステムが当たった、というものだった。
当時、風水家にはコネクトシステムが一台しかなかった。今でこそコネクトシステムは一人一台と言ったレベルにまで普及しているが、当時は一家に一台が精々だったのだ。
風水家はそれなりに裕福だ。だが、小学三年生の子供たちにコネクトシステムを与えるほど、金持ちというわけではない。だから二人はコネクトシステムが欲しくて、雑誌の懸賞に応募し続けていた。それがたまたま、二人同時に当選した、というわけだ。
そして二人は、アルカディアに接続するようになる、VRゲーム〈オメガ〉をプレイすようになった。当然と言えば当然だ。二人はそもそも、〈オメガ〉をプレイしたくて懸賞に応募していたのだのだから。
何故〈オメガ〉なのか。理由は単純。面白そうだから。
「まあいいや。とりあえずリビング行こうぜ、リビング。ここにいてもしょうがないや」
「ご飯、そろそろかもしれないしね……」
「ああ、そうそう。そういう理由もある」
露草と蓮華はそんな言葉を交わしながら、リビングへと向かった。
風水家は三階建ての一軒家だ。二人は二階にある自室から、リビングのある一階へ降りていく。
リビングには、新聞を見る父親の姿があった。台所では母親が料理の盛り付けをしている。夕食の匂いが二人の鼻を刺激した。
「露草、蓮華。丁度よかった。晩飯の準備ができたと呼ぶところだったんだ」
父親が新聞から頭を上げる。年齢は三十後半、といったところだろう。部屋着で寛いでいる。
「へへっ。じゃあ、あの通信障害はある意味ラッキーってヤツ? クエスト行ってたらめんどっちかったもんな」
「そうだね。長いクエストだったら中断しなくちゃいけなかったし……」
「あのなあ、ゲームばっかりやっててもダメだぞ? 勉強もしないと」
父親が二人を咎める。
「そうは言うけどさあ、〈オメガ〉ってすごいんだぜ? まるで自分が勇者になったみたいでさ。すっごく高く跳べるし、めちゃくちゃ早く動けるんだぜ。力も馬鹿みたいにパワーアップするしさ!」
それが、VRゲーム〈オメガ〉の最大の特徴でもある。プレイヤーの感じる万能感。高い身体能力と、アクションの数々による快楽。
まだ幼い露草や蓮華がそれにハマるのも、無理はないだろう。
「その勇者様、テストの点はあまりよろしくないんじゃないの?」
母親が台所からリビングへとやってくる。料理を盛り付けた皿を、テーブルの上に並べていった。
「それは……あれだよ、努力が伴わない結果も世の中にはあるんだよ。なあ、蓮華」
「そういうことも、あるね」
「もう、そうやって蓮華が甘やかすから」
露草と蓮華はそんな言葉をかわしながら、台所へと向かう。そこに置いてある皿や茶碗を手に取って、テーブルへと持っていった。
全ての料理を並び終えたところで、食事が始まる。ご飯に味噌汁、焼き魚にサラダに肉じゃが。豆腐の上にはネギが盛り付けてある。
「ほら。露草。キノコも食べないと」
しばらくして、父親が露草の皿にキノコを乗せた。露草はサラダにあったそれを、わざと避けてよそっていたのだ。
「えー、それは嫌いだ」
「好き嫌い言わないの。ちゃんと食べなさい。蓮華は好き嫌いしないのに」
母親に怒られてしまう。
「違うよ。蓮華はその……嫌いなものがあまり出てこないだけだよ」
「それを好き嫌いしないっていうのよ」
「露草、食べなきゃダメだよ……?」
「うるさいなあ、わかってるよ」
嫌々ながらも、露草はキノコを口に入れた。そしてすぐにコップを手に取り、流しこんでしまう。
「こら、行儀が悪い!」
「食べたとこには食べた」
そんなやりとりをすること、数分。不意に、リビングにインターホンの音が響いた。
「ああ、私が出よう」
父親が席を立ち、近くにあるモニタを覗く。そこには宅配便の配達員の姿が映っていた。
「はい。今出ます」
父親は玄関へと向かって行く。露草たちは何事もなかったかのように、食事を再開した。
その、十数秒後。
父親の呻き声が、玄関から聞こえてきた。それから遅れて、地面に何かが倒れる鈍い音。まるで、人が崩れ落ちたかのような──
「え? 何だよ、今の」
露草が突然の声に、顔をしかめる。席を立って玄関へと向かった。蓮華もそれに続く。
廊下に出た二人を待っていたのは、目を疑うような惨状だった。
父親が廊下に倒れている。玄関に血だまりを作っていた。そして、その後ろには黒いマスクで顔を覆った、数人の男たちが。その手には拳銃が握られている。
父親の眼が、二人に向けられた。
「逃げろ……」
直後、父親の頭に、弾丸が直撃した。
血が舞って、肉片が四散する。父親はそれっきりもう、動かなくなった。
二人は何が起きたか理解できず、立ち尽くしている。
父親が撃たれたのだ。銃で。しかし、何故? 突然の事に考えが追いつかず、呆然としている。
「あなた、どうかしたの!?」
あまりの異常を感じてか、母親が廊下にやってきた。そして、硬直。地面に倒れた死体を見て、言葉を失った。
その最中、黒いマスクを被った男のうちの一人が、口を開く。
「能力者以外は黙らせろ」
男の一人が拳銃を構えた。ポインターが母親の脳天を捉える。
そして、引き金が引かれた。
音もなく弾丸が放たれる。サイレンサーが取り付けられているのだろう。そして、弾丸は狙いを狂わすことなく母親に直撃、そして絶命させた。
父親と同じように、頭の一部が弾ける。血の雨が廊下に降り注いだ。
「か、母ちゃん?」
「嘘……嘘……」
一体、何が起こっているのか。二人が戸惑い、困惑している間に、男たちが家の中へ土足で踏み込んできた。二人は抵抗する間もなく、男たちに拘束されてしまう。
露草と蓮華は床に押し付けられる。その時になってやっと、露草が我に返ったように叫びだした。
「なんだよ……何してんだよ、お前ら!」
身体を暴れさせるが、しかし男たちの力には敵わない。虚しい叫びが響くだけだ。
「チクショウ! なんとか言えよ! ふざけんなよ! 父ちゃんを、母ちゃんを、許せない! お前ら! お前らァ!!」
「催涙スプレーを」
男の一人が仲間にそれを促した。露草は暴れ続けている。蓮華は怯えて、身体を振わせるだけだ。
「クソ! 殺してやる! お前ら殺してやる! お前ら全員、ぶっ殺してやる!」
その時、不意に。
露草の身体が、輝きだした。
「ま、まさか!?」
露草の身体が光に包まれていく。そして、露草を拘束していた男たちが弾き飛ばされた。身体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
その光やが止んだ時、そこには、露草であって露草でない──つまり、アバターの姿となった露草が立っていた。
「なんだ、これ……?」
露草は自分の身に何が起きたかわからず、困惑気味に手足を眺めている。その目に映るのは、アバターの姿。アルカディア、それも〈オメガ〉の中でしかありえない仮初の自分だ。
「くそ、抑えるんだ!」
「露草、危ない!」
蓮華が叫んだ直後、男たちが露草に向けて拳銃を構えた。そして、引き金が引かれる。
弾丸が露草に叩き込まれ──しかし、露草は何事もなかったかのように、そこに立っていた。痛みはある。だが、大したものではない。
「ハハッ……まるで〈オメガ〉の中みたいだ。これなら、これなら!」
露草は自分の身に起きたことを直感的に理解したのか、手のひらを前方へと掲げ、そして叫ぶ。
「ジェネレート、〈大剣〉!」
露草の前に、二振りの〈大剣〉が出現する。露草が〈オメガ〉で所有していた、〈二刀流〉の効力だ。露草のアバターは、〈大剣〉と〈魔法剣〉を二つ同時にジェネレートすることができる。
露草は目の前に現れたそれを握った。その間にも、弾丸は露草に直撃していく。しかし、露草は苦痛に顔を歪めるどころか、残虐的に笑っていた。
「これで、お前らを殺せる!」
露草は床を蹴って、男たちへ接近。〈大剣〉を男へと突き刺した。分厚い剣が男の心臓を貫いていく。吐血が〈大剣〉へ、そして露草の身体に降りかかった。
それに構うことなく、露草は次の相手に切りかかる。
「死ね! 死ね! 死ねよ、お前らぁ!」
狂ったように叫ぶ露草。拳銃で応戦する男たち。しかし、アバター化した露草に弾丸は通じない。
数分も立たないうちに、男たちは一人残らず死体となっていた。
血が、廊下に広がっている。後に残されたのは、露草と蓮華だけだ。
露草は〈大剣〉をバニッシュさせると、背後に倒れる蓮華へと血だらけの手を差し伸べた。
「なあ、蓮華。立てるか?」
「露草……」
しかし、蓮華は露草の手を握ろうとしない。蓮華の身体は震えていた。その身体は大量の血を浴びている。
「何怯えてんだよ。大丈夫だって。俺、アバターになれちゃったんだぜ? 負ける気しないよ。どんな相手にだって。そう、俺、勇者になれたんじゃんか。どんなヤツが来たって、へっちゃらだよ」
蓮華が怯えている理由は、露草の言うそれではない。露草はそれをわかっているのか、わかっていないのか。
「それにさ、あいつらは父ちゃんと母ちゃんを殺したんだ。殺されて当然じゃないか。悪い奴だよ。悪者だよ。仇を取らなきゃいけなかったんだ。だからやった。それだけだって。何かおかしいか? 何か間違ってるか? なあ、蓮華。俺は何も、間違ってないだろ?」
露草の言葉はまるで、自分自身に言い聞かせるかのようだった。
自信が行った、殺人という事実への肯定。敵討ちという名の、人殺し。その回答を蓮華に求め、それはまるで縋ろうとするかのようで。
そして、だから──蓮華は、露草の手を握った。
「うん……そうだね……露草は間違ってない……」
蓮華は露草に手を引かれ、立ち上がる。
二人が世良新醐の仲間になるのは、この二時間後の事である。