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62 生老病死

 黒の刃がセラの胸から引き抜かれた。吐血。血が飛び散って、床に赤の飛沫をまき散らした。セラの口が何度か動いたが、程なくしてそれは終わる。

 セラの肉体が床へと崩れ落ちた。鈍い音がして、そして動かなくなる。肉体の再生は行われず──セラは、死んだ。

 限界を迎えた。

 再生もできず。

 殺されたんだ。

 黒の刃によって。

 それを持った、男によって。

「ヒャハッ…………アヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 狂った笑い声が、部屋の中に響く。黒い〈大剣〉を握ったその男が、セラの亡骸を踏みつぶした。もう動かなくなってしまったそれを、何度も何度も踏みつける。血と肉が入り混じり、気味の悪い音が聞こえていた。

「ヴィティス……」

 俺は、〈大剣〉を握るその男の名前を呼んだ。

「そうだ、そうだ、死んじまえ。俺達の邪魔をする奴は全部! 俺と香凜のアルカディアを邪魔する奴は、親父だろうと誰だろうと、神だろうと何だろうと、そうさ観測者(オブザーバー)だって関係ねぇんだよ!」

 俺の声は届いているのだろうか。ヴィティスは、セラの亡骸を踏むことをやめない。そして自らを納得させるかのような言葉を喚き散らしながら、ひたすらひたすらそれを続けた。

 俺は〈銃〉をヴィティスに構える。そして、引き金を引いた。

 弾丸がヴィティスへと向かう。だが、ヴィティスはそれに反応、その〈大剣〉を盾にして弾丸を防いだ。

 ヴィティスが今一度、狂った笑いを上げる。程なくしてそれは止んだ。その狂気に満ちた目が、俺へと向けられる。

「なんだ、やんのかよニセモノォ。邪魔すんなよ。なら殺してやる。そうだ、殺してやる。テメェがいるからだ。テメェがこの世界に存在するから、香凜が俺の前に現れない。テメェが、テメェがいるから! 殺す、殺す、殺してやる! ああそうだ、テメェごときそのちっぽけな存在ごとき、この俺が消し飛ばしてやる!」

 ヴィティスが叫び散らしている。狂ってイカれて壊れてしまって、それでもなお叫び続けていた。でも、そんなこと、俺の頭には入ってこなくて。


 ──セラが、死んだ。

 ──セラが、殺された。


 ……ツユクサの時と、同じ感覚だ。俺は悲しいのか? 苦しいのか? わからない。喪失感がある。俺は何かをまた、失くしてしまったんだ。

 それは、なんだろう。掛け替えのない何かか? わからない。俺は、俺がわからない……

 けど、確かなことが一つだけある。

 今俺は、目の前の男と闘わなくちゃならない。それだけは、はっきりしている。

 多分、ケリをつけなきゃならないんだ。俺はここまで来た。ここまで来てしまった。もう戻れない。戻ることなんてできない。だから──

 俺は、<銃>を再び構えた。

「そう簡単にやられると思うか?」

「妙な自信を持ちやがって」

「やってみなきゃわからないだろう?」

「予測くらいは立てれんだろうが」

「俺とお前の間に、それほどの差があるとは思わない」

「ハッ! ほざけよ」

「事実だろ」

「やっぱりテメェは、気に入らねぇ」

 ヴィティスが前傾姿勢になる。俺は引き金に掛った指に、力を込めた。

 これで最後だ。

 きっと、最後だ。

 シデンの死体と、セラの死体と。

 俺の身体と、ヴィティスの身体と。

 ただそれだけが存在して。

 きっと、これで、終わりだ。

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