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6 世良親醐

 ある雑居ビルの屋上にセラが着地した。追っていくるやつはいない。逃げ切ったんだ。

 セラは俺を下すと、辺りを軽く見まわして他に誰もいないことを確認した。


「ディストラクト」


 セラがそう呟くと同時、その身体が輝きだした。オレンジ色の鎧が粒子となって空間に溶けていく。

 その光の中から一人の男性が現れた。セラと同じ顔で同じ体格の、はだけたスーツを着た優男だ。つまりその姿こそが〈オメガ〉上でのアバターではなく、現実でのセラなのだろう。

 俺は、そいつに見覚えがあった。


「改めましてだね、八雲周くん。僕は世良新醐(せらしんご)。よろしくね。って言っても、病院で一度会ってるか。ははっ」

 世良新醐、と名乗った男が手を差し出してくる。半ば反射的に俺も手を差し出すと、笑みを見せながら世良はその手を握り返してきた。

 そう、世良は俺が目覚めた時に会った医者だったんだ。


「なんで……なんであなたは、俺を助けてくれたんですか?」

「君のことは、前から知ってたからね。君のお父さんに、息子をよろしくって頼まれてたんだよ」

「親父に?」


 俺の脳裏に、あの優秀で素晴らしい、クソッタレな親父のことが浮かんだ。

 脳科学の権威である親父。

 研究に没頭しアルカディアを作り上げた親父。

 俺が幼いころに時の人となった親父。

 そして、香凜たった一人も救おうとしなかった親父。


「君が何を考えているかは大体わかるけど。でもこれだけはわかってほしい。八雲博士は、君と妹さんに申し訳ないと思っていた。君らのことを、心配していたよ」

「……申し訳ないだけで済まされたら、(たま)ったもんじゃないですよ」

「まあね。その通りだ」


 世良は俺に背を向けて、下の階へ通じる扉へと向かった。

「アジトに案内するよ。ついてきてくれ」


 世良が扉を開ける。俺は黙ってそれに、ついていった。コンクリートの階段を下り、下の階へと向かう。屋上は八階にあった。


「世良さん。一つ聞いてもいいですか?」

「うん? なんだい?」

 人気の無い階段に、俺達の声が反響する。

「俺を襲ってきたあいつは、一体誰なんですか?」

「あいつ? ああ、ヴィティスのことか」

「ヴィティス?」


 どこかで聞いたような名前だ。


「そう。あいつのアバターネームさ。ヴィティスは〈オメガ〉の上位ランカーだったから僕も何度か喋ったことがあるけど……まあ、性格破綻者だよ。狂ってる」

「世良さんは、あいつのリアルのこと何か知ってます?」

「どうしてそんなこと聞くんだい?」

「……俺の家に、あいつがいたからです。それにあいつの顔、俺と一緒だったし」

「さあ……ヴィティスの本名とか私生活は知らないけれど。まさか、ドッペルゲンガーとかだったりしてね。とりあえず、あいつは僕たちの敵だよ」


 ふざけた口調で世良がそう言った。何を根拠にそう言っているのだろう。

 それから少しして、一番下の階にたどり着く。世良が扉を開けた。ここは雑居ビルの倉庫だろうか。広い空間に大量の段ボールが積み上げられている。コンクリートの壁にはヒビが多く、年期を感じさせた。

 世良は段ボールの合間を縫うようにして、奥へと向かっていく。俺も段ボールを倒さないように気を付けながら、それについて行った。


「敵って?」

 俺は再度尋ねた。

「敵は敵だよ。この騒動を引き起こした原因。そして、国家転覆、さらには世界掌握を企む悪の組織、バベル。彼はその一員さ。エース、ってところかな。めちゃくちゃ強いよ。君も、気を付けたほうがいい」

「世界掌握……」

「冗談に聞こえるかい? 言っとくけど、マジだよ」


 そういう世良の口調が、一番冗談に聞こえた。なんだかこの人の喋り方は適当、という感じがする。着崩されたスーツのせいかもしれない。そういえば、ネクタイもしていなかった。〈オメガ〉の時のセラとは印象が違う。あれの温和だったセラは、演技だったのか?


 世良が壁の前で立ち止まる。そして、そのすぐ傍に置いてあった段ボールを開けた。その中にはパスワードを入力するパネルの装置が入っている。

 世良がパスワードを入力すると、目の前のコンクリートの扉がスライドして開いた。世良は装置を段ボールの中に戻して蓋をすると、扉の向こうへと入っていく。


 目の前には狭い通路があった。俺達はそれをまっすぐ進む。ほんの少し進んですぐのところに壁がある。その脇にパスワードを入力するパネルがあった。世良がそれを解除して、先に進む。

 扉の向こうにもまた、同じものがあった。厳重なセキュリティだ。

 それを五個くらい解除した後だろうか。やっと、広い場所に出た。


「お疲れ様。ここが、僕らのアジトさ」


 そこはなんというか、〈オメガ〉内のギルドルームに似た雰囲気の場所だった。

 十メートル四方ほどの室内は、木製の調度品が目立つ。樽にみたてたデザインの椅子。木製の床。部屋の中心には大きなテーブルがあった。


 不意に、俺達から見て正面の扉が開いた。小さな男の子が室内を走ってやってくる。そして、そのまま──


「よう、おかえり! おっちゃん!」


 その声と同時に、世良の腹に向かって思いっきり握りこぶしを振りかぶった。世良はそれが来るのがわかってたのか、まだ小さいその握りこぶしを両手で受け止める。


「おっちゃんじゃないよ。お兄さん、って呼べって言ってるだろ? それか世良さんか新醐さんだ」

「えー、おっちゃんは兄さんって感じじゃないだろー? おっちゃんだよ、おっちゃん。まだおっさんじゃないだけありがたいと思わなきゃ。だってもう、今年で三十五歳なんだしさぁ。蓮華(れんげ)もそう思うよな?」

 その少年はすさまじい勢いで捲し立てた後、何時の間にかやって来ていた少女へと同意を求めた。

「え……私は……別に……」

 明るい少年とは対照的に、消え入りそうな声だ。しかし、二人ともどことなく似ている。兄妹なのだろうか。二人とも、まだ小学生だということはわかるけど。


「あ、何々、新人さんじゃん! 新しい人が仲間になったの!?」

 少年が俺に気が付いたようだ。目を輝かせて声を張り上げた。

「ああ、そうだよ。だからみんなを呼んできてくれるとありがたいんだけど」

風水(ふうすい)伍長、了解いたしました! 行こうぜ、蓮華(れんげ)!」


 世良に言われるがまま、風水、と名乗った少年が少女を引き連れて奥の部屋へと消えていった。変わった名前だ。苗字だろうか。


「元気だろう? 若いっていいよね」

 世良が俺を見て、笑った。けどあれは、若いではなく幼いと言うんだと思う。

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