52 ジョーカー
ドアを破壊して先に進む。後からセラもやってきた。
「蓮華は?」
「残ったよ」
「そうか」
交わした言葉はそれだけだ。それから俺達は、先に進み続けた。
戦って、戦って、戦って、ようやくここまで来た。
香凜に逢うために。それは今でも変わらない。そしてあともう一つ。親父との約束を、果たすために。死んでいった皆、アラガミと、レンゲ……あいつらの為にも。
……あいつらの為? 何故だろう。以前はこんなこと、まったく考えなかったはずなのに。弱くなっているんだろうか。よくある話では、絆を知って成長する、って言うけど。他人に縛られることが、成長なんだろうか。他人にとらわれなくちゃやっていけないって、弱体化なんじゃないだろうか。
まあいいさ。どっちだって。
俺は前に進む。進むしかない。それが正しくても間違っていても、それ以外の選択肢は無いんだから。
最深部へ近づいてきた。通路は狭く入り組み始め、隔壁が俺達の行く手を阻んでいく。でも、そんなこと関係ない。全部破壊するだけだ。
ある時にふと、セラが立ち止まった。
「さて、一度ここでお別れだ」
セラは<魔法剣>を振った。そこから放たれた光属性の魔法が、通路を照らしてアバター能力者達を消し去っていく。
「残るのか」
「そうだね。必ずバベルをぶっ潰してくれよ? そうしなきゃ、ここまでやってきた意味がない。凌と蓮華の為にも──いいや、ここまで犠牲になったみんなの為にも、だ。君に投げっぱなしってのが、情けないけどさ」
「ああ、そうだな」
「隠さないねぇ。でも君のそういうところ、嫌いじゃないぜ」
セラはいつも通りの口調だ。レンゲやアラガミとは違う。死を恐れていない。それは、セラが観測者とかいう存在だから? 死んでも死なない存在だから? そうじゃないと、俺は思う。きっとこいつは、死を受け入れている。そういうものだと、理解している。それかもしくは……死にたがっている。
「頼むぜ、僕らのジョーカー」
再び通路を光が照らした。同時に俺は、その場を後にして先に進む。
それから少しして、巨大な隔壁が俺の行く手を阻んだ。まるで門のようだ。この先が、バベルの中枢部だ。
俺は武装を〈槌〉に換装、〈衝撃〉と共にそれを振りかぶり、重い一撃を振り落す。一撃じゃ足りない、もう一発。
轟音と共に、隔壁が吹き飛んだ。俺の前に巨大な穴が開く。破片が辺りに飛び散って、その一つが俺の頬を掠めた。
その奥へと、足を踏み入れる。
灰色の壁、半球をした、ドーム状の部屋。これまでもこういった場所はいくつもあった。ということは、ここも何かの実験場なのか?
ドーム中心が、祭壇のようになっていた。その一番上にカプセルがある。人が一人入り込めるくらいの大きさだ。冷凍カプセルだろうか。
その前に、一人の男が俺に背を向けて立っていた。カプセルを見つめたまま、そいつは口を開く。
「よく来たなァ、ニセモノ。ここに来るのを待ってたんだぜ。ずっとよ」
その声は、俺の声。その後ろ姿は、俺のもの。そう、ヴィティスだ。こいつがここにいるということは、この先が最終地点なのだろう。
「香凜がよォ、目を覚ましてくれねぇんだ」
ヴィティスがそう、呟いた。
「何でだろうなぁ。おかしいよなぁ。ずっとここで寝たまんまなんだよ。俺はあの日、香凜を助けたはずなんだ。トラックに轢かれちまってよ、めちゃくちゃ痛くてよ……そのはずなのに、香凜がずっと寝たままなんだ。目を覚まさない。覚ましてくれない。何故だろうな。なあ、どうしてだと思う? 俺はな、こう思うんだ。きっと、香凜が目を覚まさないのはテメェがいるからだ。ほら、あいつ、優しすぎるんだよ。ニセモノが蔓延る世界なんて、だめなんだ。だから俺達はアルカディアに行かなきゃならないんだよ。そうじゃなきゃ、こんな腐った世の中なんて、香凜は受け入れられないわけ。わかる?」
そして、ヴィティスが俺を振り向いた。同時にその身体が黒い光に包まれて、その身体がアバター化する。
〈大剣〉がその手に握られた。それを引きずるようにしながら、ヴィティスは俺へと歩み寄ってくる。
「だからさ、死んでくれよ。もういいだろ? もう十分生きたろ? これ以上はなくてもいいじゃねぇか。終わってくれよ。なあ、ニセモノ。お前だって、もういいって思えるだろ?」
「それは、無理だ」
「ああ?」
「約束があるんだよ。オヤジとの、約束が」
「親父だと? そんなの、テメェにはいねぇよ。テメェは所詮、コピーだろうが」
「さあ。それはどうだろう。ただ……約束があったことは、本当だから」
「ハッ! いいぜ、やるのかよ」
「ああ、やろう」
俺は〈大剣〉をジェネレート、その手に握って構える。
そして俺達は、呟いた。




