51 未来へ
後続は激減していた。アラガミがなんとかやっているのだろう。俺達は先に進み続ければいい。バベルの中枢へ、その心臓部へとたどり付けばいいんだ。
入り組んだ通路を、俺達は進んでいく。ルートは頭の中に入っている。隔壁が閉じられたなら、魔法や能力で弾き飛ばせばいい。
駆けて、駆けて、駆けて。進んで、進んで、進み続けて。
「荒上さん……」
レンゲがぽつりと、呟いた。後悔をしているんだろう。
「お前が気にしたって、しょうがない。あいつは、ああすることを選んだってことだ」
「わかります、それは。でも、やっぱり、私達は荒上さんを……」
見捨てた。レンゲはきっと、そう言いたかったんだ。そして、それは間違っちゃいない。
「そう……結局、こうなる」
「え?」
「あいつは誰かを犠牲にするバベルが、嫌だった。なのに今、俺達はあいつを犠牲にした……やっぱり、皮肉だ。矛盾してる」
理不尽が許せないから闘って。その為に理不尽を身に着けて。俺達が誰かにとっての、敵になる。
こういった話には、科学のように明確な答えがない。要は内面の話だ。外面なら、科学ならわかりやすい。一定の法則に従っている。だから、答えも一定数しかない。でも、内面は? 人が出す答えはそれぞれ違う。俺の答えと、誰かの答えは一致しない。世の中に無数の法則があるんだ。しかもそれは、個人のレベルで矛盾していることだってある。そんな中で世界に通じる一定の答えを見出すなんて、難しい。
それに、人は死ぬ。百年生きればもう、終わりだ。過去の内面的進歩は忘れ去られる。どこかに置いていかれて、消えていく。
俺達は、前に進めているのか? 前に進もうとしているか? 過去を過去と切り捨てて、そこから何も得てないんじゃないか?
「俺達は、どこに向かっている……?」
答えは出たはずだ。白紙なんだろうって。空白のままを抱えて俺達は生きている。それなのに……どうして?
俺は今、敵を殺している。この手で人を殺し、きっと世の中で唯一無二のものを奪っている。そこに喜びも悲しみも湧かない。ただ殺しているという事実だけがある。この間違った感覚を抱えたまま、俺はどこを目指している?
香凜を助けて、オヤジとの約束を果たせたとして、俺には何が残る? 何を得て、どこにたどり着く?
「私達は、きっと」
レンゲが口を開いた。
「未来に進んでるんです」
「未来に? それは、あまりにも陳腐な答えじゃないか?」
俺達は闘い続けている。オートマターを破壊し、アバター能力者を蹴散らしていた。でも、レンゲの声がはっきりと聞き取れる。あの声が、しっかりと頭の中に響いていた。
「でも、私達は未来が欲しいから闘っている。今を変えたいから動いている。そうでしょう?」
銃声の中、レンゲは言葉を続ける。
「露草も私も、未来が欲しかった。それが何かはわからないけれど、でも、欲しかったんです。過去を取り戻すことはできないから、掛け替えのない何かが欲しくて、でも怒りに染まってしまって、その為だけに戦って……でも、今は……」
広い場所に出た。エントランス、と言ったところか。三階建になっていて、中心が空洞になっている。洒落たデザインの場所だ。
円筒状のこの場所には、一つの階層に十数のドアがある。だけど、どのドアに進めばいいかはわかっている。
俺達は目当てのドアに向かった。瞬間、ドアが一斉に開き、大量のオートマターが這い出してくる。
くそ、ダメだ。まだここじゃ、〈超人化〉は使えない……
「周さん!」
レンゲが、俺の身体を突き飛ばした。俺の目の前でその身体が、光の矢に、魔法に、弾丸に、能力に、貫かれる。
俺を、庇った……?
身体を捻らせ、俺は体勢を立て直す。そして周囲に視線をめぐらせ、武装を〈魔法銃〉へと換装。素早くそれをオートマター達にかざし、そして叫んだ。
「ヴィル・レ・ライズルド! 〈流星超連弾〉!」
魔法と能力を一斉に放つ。レンゲに群がろうとする敵を、一斉に薙ぎ払った。弾丸がオートマターを貫き、光の獣がその鋼鉄を掻き消していく。
「レンゲ!」
俺はレンゲの元へ駆け寄った。そして、その身体を抱き寄せる。
大丈夫だ、まだ生きている。その身体は小さく呼吸を繰り返していた。これなら死なないはずだ。回復の能力を発動すれば、まだ……
その時、不意に、レンゲが俺の手を握った。
「これを……」
その呟きと同時に、レンゲの手が光る。そして、その光が俺に流れ込んできた。これは──
「何で、お前……」
「いいんです。これは、私が決めたことですから」
そう言って、レンゲは笑った。そして回復の能力を発動し、立ち上がる。その右手には、〈銃〉が握られていた。そしてその銃口をオートマターへと定め、引き金を引く。
「ツユクサが、そう言ったのか?」
「いいえ、私が決めたんです。そうやって生きようって、決めたから。誰かの為に死のうって、決めたから……」
俺も立ち上がり、銃口をオートマターへと定めた。そして引き金を引こうとして──レンゲがそれを、目で静止する。
……先に行けと言っているんだ。
「それなら、お前の未来はどうなる」
ここで一人で残る、ということだろう。だが、今のレンゲにこれだけの数を相手にできるとは思えない。回復能力のストックはまだあるだろう。だが、それでもこれは……
けれど、レンゲ何も言わなかった。もう、決めてしまった、ということなんだ。
「私が、時間を稼ぎますから……」
レンゲは引き金を引きつつ、呟いた。無理矢理にでも笑おうとしていて、それがただ、痛々しい。
「……ありがとう」
「周さんがお礼を言ってくれるなんて、ちょっと意外です」
俺はレンゲに背を向け、その場を後にした。立ちふさがるオートマター達を魔法と能力で蹴散らして、先へと続くドアへ向かう。
最後の時、レンゲの言葉は柔らかかった。俺の気のせいかもしれない。でも、そうであったらいいな、と思う。




