47 まどろみに落ちて
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全てが、終わった。敵を全滅させたのだ。
それと同時、俺の意識がゆっくりに、周囲の世界が加速していく。
樹海は炎で焼け、木々は倒されていた。死体と鋼鉄の数々がいたるところに転がっている。後に残ったのは、俺と、そして向こうからやってくる、三人だけだ。
疲労感がどっと押し寄せていた。けど、これは今までの〈狂人化〉と変わらない。
「ご苦労さん、周くん。君のおかげで助かったよ」
世良が俺の前に現れた。その両脇には荒上と蓮華。
相変わらず、世良は飄々としている。俺達が親父の話を聞いている間、ずっと一人で闘ってたっていうのに、何事もなかったようだ。そんなに強いんだろうか。
〈オメガ〉のなかでのこいつは……どうだっただろうか。イマイチ思い出せない。でも、最強、ってわけではなかった。俺と同じか……そんなところだった気がする。
「すごいな、その力は。あいつから貰ったのか?」
「ああ。そんなところ……」
不意に、急に。
俺の身体が、ふらついた。
「おい、どうした!?」
荒上が俺の身体を支えた。助かる。どうにも身体に、力が入らなかった。なんというか、眠い。体が動くことを拒んでいる。それに、脳も。なんだろう、意識が擦れて、何もかもが曖昧になって……
「八雲さん、大丈夫ですか?」
蓮華の声がした。俺の視界は霞がかっていて、蓮華の顔を認識することはできない。
「いや……ダメだろう。多分……」
そんなことを呟いて、俺は、意識を失った。
「そもそも、アバター化能力を有している時点で、脳は許容オーバー寸前のはずなんだ」
世良の声がした。ここはどこだ? ここはいつだ? これは俺の夢か? 俺は起きているのか? わからない。ただ、声だけが響いている。
視覚がない。目の前に映るものがわからなかった。五感のなかで、聴覚だけが残っている。
「しかも君は、電子的な記憶をクローンの身体に移植した存在。記憶が曖昧であやふやだ。だから、そう、これ以上の負担をかければ、意識の混濁が起きるのは当然だ。まあ、そんな存在だからこそ高い具現化力を有して、〈超人化〉を許容できるんだけどね。何て悲しい二律背反だろう」
俺は何も言わなかった。言うつもりもなかったし、言うことができなかった。
ああ、でも、それは違うかもしれない。
俺が何かを言って、世良が何かを答えている。これは、記憶なのかもしれない。夢の中でそれを、思い出しているだけ。
「でも君、後悔していないだろう? 君のお父さんは、八雲戒はそれがわかってたんだよ。君に必要なのは、保身を考慮した中途半端な力じゃない。自らを滅ぼしてしまうほどの、強力な力。狂人のその先、超人の力だってことを」
あれからどれくらい時間が経った? 何十日も経過した気がするし、まだ一時間しかたってないような気がする。
これは記憶か?
現実か?
どちらだ?
「でも──超人になるってことは、狂うのと同義だ。普通なら、あの感覚で頭がいかれてもおかしくないんだけどね。意識の混濁程度で済んでいるのは、君だけだよ。ある意味、才能ってヤツ? 自分に対する固執が薄いから、変わっていく自分を許容できる。だから、相対的に君は他者からの肯定を求めるんだろうね。それも、強いつながりを持った者からだけの、肯定だけを。だから、他人なんて、と思っている。正直だね。俺は好きだよ。そういうの。なあ、周くん………俺は…………こん…………た…………神を…………………」
世良の言葉が途切れ途切れになっていった。俺の意識も、曖昧になっていく。何もかもがあやふやで、まるで空に浮かぶ雲のように。
そして、俺の意識がまた、まどろみの中に溶けていった。




