37 崩壊する自己
自動防衛機械が、銃を放った。
俺達の身体を、弾丸が貫いていく。痛み。苦しみ。直立できず、俺は膝を追った。
それから数秒後、荒上が攻撃能力を放った。自動防衛機械が弾き飛ばされ、そしてそれがヴィティスを襲う──だが、それはヴィティスの振った攻撃能力によって、掻き消された。
さらに、ヴィティスがもう一度〈大剣〉を振う。斬撃が荒上を襲った。吹き飛び、地面に叩きつけられ、自動防衛機械がそこに群がっていく。
「さあ、次はテメェだ。ニセモノォ!」
ヴィティスがこちらに駈け出した。俺はふらつきながらも、立ち上がる。〈魔法剣〉をジェネレートして、それを構えた。
ヴィティスが〈大剣〉を振う。俺はそれをかわそうとして──弾丸が再び、俺を貫いた。動きが止まってしまう。そして、二振りの〈大剣〉が俺の身体を切り裂いた。
俺は、その場に崩れ落ち、地面へと倒れた。俺の胸に〈大剣〉の刃が突き刺さる。体が一瞬、痙攣した。苦痛で身悶えるが、起き上がることができない。
「あの迫力は何処にいっちまったんだよ。こんなんじゃ手ごたえ無さすぎる。つまらねぇな。ああ、もういいや」
俺の目の前で、ヴィティスがその手を真っ黒に輝かせる。黒を纏った手を俺の身体に押し付け、そして沈み込ませた。
「〈全知全能〉」
途轍もない不快感が俺を襲う。体の中をかき乱されているというよりも、脳の中を引っ掻き回されているという感覚だった。
世界が回転する。暗転と明転が繰り返される。何重にも視界が歪んで、何度も狂ったように世界が歪曲した。
そして、俺の中から何かが抜け落ちていく。そして、ヴィティスが俺の身体から手を引き抜いた。その手にあるのは、光の球体。そう、俺の中にあった力──俺の、能力だ。
奪われた。
奪われてしまった。
俺の中で虚無感が続いていく。立ち上がれない。立って取り戻さなくてはと思っているのに、身体が動かなかった。
〈狂人化〉や〈全武装〉だけじゃない。俺の所有していた能力が全て、剥奪されている。もう、どうにもならない。俺はこいつに勝てないんだ。香凜に逢うことも、仇を取ることもできないまま……
仇?
何で俺は、こんなことを考えている?
そんなことどうだっていいはずなのに……
不意に。
どこかで、ドアの開く音がした。
誰かが歩いてくる。その足音が不気味に部屋の中で響いていた。誰だ?
「終わったか、周」
声がした。聞いたことのある声だ。
……なんでだ?
なんで、この声が聞こえる。どうしてだ。おかしい。あんたがバベルのメンバー? どういうことだ。あんたが、このクソみたいな組織を率いてるっていうのか?
俺は、顔を上げた。ヴィティスの背後、自動防衛機械の群れの隙間に、そいつはいた。
「どういうことなんだよ、親父……」
今更出てきたと思ったら。どうして親父がバベルにいる? 俺と香凜を放置して、連絡一つよこさないで金だけ渡して。香凜が引きこもった時も何もしないで。そんなあんたが、どうしてそこにいる!
「どういうことだ。なんであんたがバベルにいるんだ。答えろ。答えろよ、親父ッ!」
俺は、めちゃくちゃに喚き散らしていた。さっきまでの虚無感なんて、吹っ飛んでしまっている。
ぐちゃぐちゃになっていた。
怒りと悲しみと苦しみとやるせなさと──それらが混ざり合って俺の感情をかき乱している。わけがわからない。なんなんだ、この状況は?
床には芳坂と真瀬、そして露草の死体。大量の自動防衛機械。それを前に暴れる荒上と、なすすべもなく呆然としている蓮華。
そして、目の前には親父がいる。俺達を見捨てた、あの、素晴らしくてイカしたクソ親父が。
「私がここにいたら、何だというんだ?」
「ふざけんな。理由を説明しろ。なんでだ! どうして!」
「うるせぇな。少し黙ってろよ」
俺が叫んだ直後──ヴィティスに頭を踏みつけられた。顔面が床に押し付けられる。
ちくしょう、なんなんだ。めちゃくちゃだ。どうしてあんたが出てくる。何で今更、何で敵として。ああ、どうして……
「そもそも私は、貴様の親などではない。私の息子は、周だけだ」
親父の声が、聞こえてくる。
「貴様は周の人格をコピーし、改変して造られた擬似人格だ。周の人格が持つ、具現化能力を利用するために造られた存在。だから世良のジョーカーであり、切り札。そう、貴様は全てが嘘だ」
うるさい。
「テメェの中の思い出は全て俺のモノ。思い出してみろよ。テメェ自身の記憶。そうだな、一カ月前、高校で何があった? 思い出せるか? ダチの名前は? 教師の顔は? わかるか? 何か一つでも思い出せるか? できないだろ、テメェには」
黙れ。
「これまでの貴様の存在は全て、データの中での出来事だ。仮想空間の中で、生きていただけ。アルカディアネットワークと直結した、仮想世界でな。それを世良が、この世界に引っ張り出してきただけの事。データの記憶に、周のクローンである肉体を与えただけのことだ。故に──貴様は何もかもが希薄だろう? 自身の生に対する渇望も、他者の生に対する価値観も、何もかも。だから、潜在的に自身を肯定しようとする。何かに縋ろうとしている。違うか?」
聞きたくない。
「テメェは観測者に操られていただけに過ぎねぇんだよ。あいつは手を加えてないふりして、人の心理を誘導しようとしやがる。テメェの初陣だって、どうせそんな感じだろ? そう、テメェは観測者の傀儡。記憶も存在も何もかもが幻想だ。テメェは俺じゃない。八雲周なんかじゃない。ましてや香凜の兄貴でもないんだ」
ああ……
なんなんだろう、これは。
俺という存在が、崩れていく。
わかっていたはずなんだ。俺と言う存在が、きっと、あってはならなかった存在だってことは。ナロとナエがそう言っていた。ヴィティスが俺のことをニセモノと言っていた。だから、わかっていたはずなんだ。それなのに……
俺は、動けなくなっている。俺は完全に、力を失っていた。




