33 飛沫
それからしばらくして、露草、蓮華のペアと合流した。通路の途中で、俺達のことを待っていたようだ。二人とも特にこれと言った疲労は見えていない。
「よー、兄ちゃん。凌。生きてたんだね」
明るく露草が笑った。こいつは闘っているというよりも、遊んでいるという感覚なんだろうか。もしかしたら、昨日の夜に言っていたようなヒロイズムに酔っているのかもしれない。
対して、蓮華は二丁拳銃を手からぶら下げているだけだ。無言でいる。ただ、不機嫌だとか悲しいとか、そういうわけでもなさそうだ。何も思っていない、というのが正しい気がする。
通路には俺達しかいない。バベルの人間は誰もいなかった。自動防衛機械の残骸もない。
ここから先はメインサーバのある部屋まで、一本道しかない。無事だったら全員、ここを通ることになっている。
俺はてっきりこのあたりに強力な防衛線があるものだと思っていたが、まだそれはなかった。
「当たり前だろうが。俺が死ぬかよ、クソガキ。真瀬達はまだ来てないのか?」
「マっちゃん達はまだだね。でも、俺達が来たのもほんのちょっと前だったから、先に行ったってこともありうるよ」
「真瀬がそんなタマか? 芳阪もそういう性格じゃない。あの二人ならここで待機してるんじゃないのか?」
瞬間。
轟音が通路の奥から聞こえてきた。それが何度も続く。
誰かが戦っているのか? 音からして、高レベルの魔法や強力な重火器を使用したのだろう。なんにしろ、ただ事じゃない。それに闘っているとしたら、真瀬や芳坂ということになる。
「行こう」
俺はそういって、その場から駈け出した。荒上達もそれに続く。
真瀬達が先に行って戦っている? 何でだ。荒上が言っていたように、二人は先に行くタイプじゃない。なのに、どうして?
それから少しして、分厚い扉が見えてきた。メインサーバに続く隔壁だろう。厳重な扉だ。
人影はない。倒れている人間も自動防衛機械の残骸も、何もかもがなかった。隔壁はあといくつかあるだろうが、それでもここまで手薄なのか?
一番最初に着いた俺が、カードキーを電子ロックの中に刺しこんだ。ほどなくパスコード入力画面が映し出される。俺は世良に教えられていたそれを数度入力し、そしてカードキーを引き抜いた。
扉がゆっくりと横に開き始める。向こう側から聞こえる轟音が、さらに大きくなった。それに混じって、悲鳴が聞こえてくる。これは、そうだ。芳坂の声……
そして、向こう側が見えるようになって。
鋭い光が俺の目に飛び込んできた。
正方形の広い部屋だ。
そこに無数の木々が生い茂っていて。
土がまき散らされて。
辺りには金属片が飛び散って。
炎がいたるところで揺らめいていた。
部屋の中心では光の翼を生やした騎士の姿がある。
そして、その騎士が、木々の上に縫い付けられた一人のアバターに向かっていた。
武装から見て、多分、芳坂だ。木と土、そして金属の矢が突き刺さり、炎に全身を焼かれている。悲鳴はかすれた音に変わっている。それはもう、かろうじて人の姿をしているに過ぎなかった。
芳坂は動けない。木の高さは五メートルほど。いくら暴れても、全身に絡み付いた木と土、そして金属の矢が芳坂を離さなかった。
今、光の騎士が芳坂の身体を貫く。
芳坂の身体が一瞬強く痙攣して。
身体が光に包まれて。
その光が球体上に膨れ上がり。
破裂。
木と土と金と炎で埋め尽くされた部屋に、赤い血が飛び散った。
そして肉塊が音を立てて、地面に落ちる。
「は……? どういうことなんだ、オイ」
俺の後ろで、荒上が呟く。露草も蓮華も、絶句していた。
部屋の奥には、一人の男の姿がある。アバターの姿だ。
俺はそれを知っている。他の三人も、そうだ。
「何やってんだよ、真瀬! テメェ何してやがる!」
そう、そこに立っているのは真瀬健司。
〈杖〉を手に持ち、俺達へと視線を向けた。
怯えている目だ。それが何に対してかはわからない。けど、これだけはわかる。
真瀬が、芳坂を殺したんだ。




