32 撃つか、撃たないか
正直言って、弱い。〈狂人化〉なんて全く必要かった。
単純に、レベルが低いんだ。それに何か、ためらっているような節もある。なら、闘わなきゃいいのに。
荒上の方へと視線を向ける。あいつの方も、決着がついたみたいだ。〈大剣〉を持った女アバターと、〈杖〉を装備した男のアバターがあいつの前で倒れている。
壁の前で倒れる男に向かって、俺は歩き出した。戦意を喪失しているようだ。近づく俺に怯えている。その身体は小刻みに震え、目には涙が浮かんでいた。
「やめて……殺さないで……脅されてたんだ。仕方がなかったんだ。だから……」
男がアバター化を解除した。その身体が光に包まれる。完全に降参するから助けてくれ、ってことだろう。
脅されてた、ってことは、バベルはこういったアバター能力者を何人も抱えているのか。
こいつらはきっと、ヴィティスやナロ、ナエみたいに自らの意思で戦っているわけではない。ああ、なるほど。思い切りがない理由も頷ける。
要するに、覚悟がないんだ。
別に、こいつを否定しているわけじゃない。当たり前の事だ。自分の意志で決めていないことを最後までやりきるなんて、簡単なことじゃない。
どうしようか。
俺は何となく、さっきの荒上との会話を思い出していた。
殺す必要って、あるだろうか。別に殺さなくてもいいかもしれない。こいつらが俺達にもう手を出してこないなら、それでいいじゃないか。
確かに、死ぬってのは怖い。こいつが怯えるのもわかる。そうだな、だったら別に殺さなくても──
瞬間、銃声。俺の頭に激痛が走る。
「痛って……」
俺は頭を手で押さえる。連続して銃声。頭付近に弾丸が直撃して、俺はよろめいた。
銃声のした方を振り向く。そこには〈銃〉を構える男がいた。さっき吹っ飛ばした男が、俺に向かって〈銃〉を撃ったんだ。
あいつ……
俺は舌打ちをしながら、〈銃〉をジェネレートした。その男に銃口を向け、引き金を引く。
「〈流星連射〉」
〈銃〉から一度に大量の弾丸が放たれる。光輝く弾丸だ。その全てが、俺を撃った男にめり込んだ。絶叫。そしてそいつの身体が光って──破裂し、辺りに血をまき散らした。HPが0になってアバター化が解除された、ってこと。つまり、死んだんだ。
ああ、やっぱりこんなものか。
情けなんて、いらないじゃないか。そんなものかけたって、こうやって裏切られるんだ。
別に、それが悪いって言ってるわけじゃない。本能に従うのは、生物として当たり前だ。死の恐怖から逃れるのにどんな手段を使おうと、間違っちゃいない。自分が死んだらそこで終わりだ。
だから。
俺は壁の前の男へと振り向いて、銃口を向けた。
「助けて……」
今にも泣きだしそうな表情だ。死ぬのが怖いんだろう。その気持ちは、わからなくもない。
けど、無理だ。
「悪いな」
俺はそう言って、引き金を引いた。弾丸が男の脳天にめり込んで、頭を破裂させる。血飛沫が辺りにまき散らされて、そして男は死んだ。
「無事か?」
気が付くと、俺の隣に荒上がやって来ていた。その視線が、男の死体に向けられる。その表情はいつもと変わらない、無愛想なものだった。
「不満か?」
「別に。俺も殺った」
荒上の背後を見る。確かに二つの死体が倒れていた。
「後味が悪いんじゃなかったのか?」
「殺すかどうかは、時と場合による。アバター能力者を生かしてたら、この先どこで足元をすくわれるかわからないだろ。後味が悪いのは変わらないが」
「そういうものか?」
「優先順位ってのがある。今の俺には敵の命よりも、バベルをぶっ潰す方が重いってだけだ。できるだけ殺したくないが、そのせいでこっちが終わるのはごめんだ」
まあ、確かにそれはそうだ。あのアバター能力者に同情しないわけじゃないが、だから命を助けるってわけにもいかない。
それに結局、他人に強制されていたのだとしても、自分で選択した闘いだ。その中で死んでしまうことに、俺達がいちいち干渉する必要は無いだろう。
殺さなくてすむなら、それでもいいと思うけど。けど、そのせいで俺達が死ぬようなことになったら、困るし。
俺達は通路を先に進む。途中で何度かバベルのメンバーに遭遇しつつも、それを退ける。荒上は普通の人間を殺しはしなかった。重傷を負わせて、動けなくしていた程度だ。
甘い、と思う。
ただ、別に俺がとやかく言うことじゃない。
俺がやる時は殺す。荒上がやる時はそうじゃない。それだけの話だ。




