29 待機中の他愛の無い話
ペアは露草と蓮華、芳坂と真瀬、そして荒上と俺だった。
まず手筈通りに、世良がバベル内部に侵入する。そして何かしらの騒動を起こしてかく乱、内部がごたついているうちに俺達が突入。
恐らく世良が一人で暴れる時点で陽動だということはバレるだろうが、やらないよりはマシだろう。
バベルの本拠地は、都心からわずかに離れた場所にあった。と言っても、都心に近いからと言って栄えているわけではない。
見た目はただの、何の変哲もない街だ。ビルが少々あって広い道が一つあって、その脇に小さな商店やコンビニが並んでいる。だが、その地下にはバベルの研究施設が広がっている、らしい。
俺と荒上はある雑居ビルへと向かっていた。その地下に、研究施設へと通じる通路があるらしい。結局、イカロスもバベルも、やってることは大体一緒だ。
「お前は、何のために闘う?」
雑居ビルの階段を下る途中で、荒上が訪ねてきた。暇つぶし、と言う奴だろうか。ともかく俺は、それに付き合うことにした。
「妹ともう一度逢うためだよ」
「八雲香凜か?」
「香凜を知っているのか?」
俺は荒上に、妹の名前を教えた覚えがない。
「中学で同じクラスだったことがある」
「……香凜はどうして学校に行かなくなったか、わかるか?」
「いじめだろ。結構、陰湿な奴だ。教師はそれに気が付かないふりをしていたな」
やっぱり、そうか。
そうこう話しているうちに、地下の部屋へとたどり着いた。パイプとタンクが並んでいる。何の変哲もないボイラー室のようだが、その奥には電子ロックのドアがあった。バベルへの入り口だろう。俺達はそこへ向かう。
「わかる範囲で、香凜のことを教えてくれ」
「ああ、いいぜ。あいつのことは、よく覚えているしな。なんというか……あいつは無理をしていた。周囲に馴染めなかったんだろうな。集団が持つ独特のあの、半強制的な空気が苦手だったんだろう」
「香凜と話したことがあるのか?」
「何度かな。あいつは妙に優しすぎる奴だった。話してて、そう思ったよ。ただ、俺は中二の時に生徒を殴って退学になっちまってる。その後の事は何も知らない」
悪いな、と荒上は言った。
「お前も何度か見たことがあるぜ。よく、あいつと一緒に公園に居たろ。たまに見かけた。声をかけようとまでは、思わなかったが」
「香凜の事、気にしてたんだな。なんでだ?」
「なんでって……そうだな。あいつが周囲に馴染めていなかったからだな。それで何となく、気になったんだよ。俺も大体、そんな感じだったから」
「お前が?」
「そうだ。俺はいつも周りにイラついてた。善人面して何もしない奴が、特にイラつく。内心人を見下してるやつは、もっとイラつく。そんなテメェらがどれほどのものか、って話だ。だからなんとなく、馴染めなかった」
「ああ、それなら俺にもなんとなくわかるな」
人は、人をどこかで見下している。
それは仕方がないし、きっと、どうにもならないことなんだろう。けど、そうであってはならないと、考えもしない人間がいる。何故だろう。自分がその立場になったら嫌がるくせに、人を見下しているんだ。
随分と、都合のいい話じゃないか。親や教師がよく言う、自分がされて嫌なことを人にするな、というのは間違っちゃいない。それを言っている親教師が守れているかどうかは別として。
「どいつもこいつも、協調性なんて都合のいい言葉を並べる奴らばっかりだ。本当に他人のことを思ってるわけじゃない。協調性って言葉を吐くやつが、同じ口で他人を貶めるんだぜ? 矛盾もいいところだ。多分、あいつも、その矛盾に耐えられなかったんだ。だから無理をしていた。そしてその無理が周囲にわかったから──排斥されたんだろう」
よくある話だ。考え方が違うから排斥する。その行動は生物として正しい。人間として正しいかはまた違うが。ああ、でも、人間にとっての正しさの定義なんて曖昧か。
ブレーキを踏む人間がいなければ、それをおかしいと思う人間がいなければ、歯止めはきかない。時に人を殺す。そう、矛盾と自己中心的な理論に押しつぶされて、そして誰かが消えていく。
それが現実だ。香凜はそれにやられたんだ。
「荒上は、何のために闘ってるんだ?」
荒上の話を聞きたくなって、俺は尋ねた。理由は特にない。ただなんとなく、だ。
「バベルが、ムカつくから」
「それだけの理由で?」
「あいつらは人の存在を数値としか見ていない。上から目線で物を考えて、道具としての認識しかないんだろうよ。それが、気に入らない。まあ、そういう点じゃお前も大概だが……まあ、それだけが理由じゃないしな」
荒上は言葉を続ける。
「あいつらは虐殺と恐怖で世界を支配するつもりだ。許せるか? 俺は、無理だね。それにもしバベルに支配されたなら、後に残るのは苦痛と後悔だけだ。だったら、俺は闘う」
「死ぬかもしれないのに?」
「後悔まみれの果てに死ぬよりは、マシなんじゃないか」
「へぇ……」
ふとその時、地面が一度、大きく震えた。それからすぐに爆発音がどこか遠くから聞こえてくる。世良が行動を起こしたんだ。俺達もそろそろ、動かなくちゃならない。
「それじゃ、スタートだ。行くぞ、周」
「周?」
「俺は八雲って名前より、そっちの方がいいと思うね。呼び捨ては嫌か?」
「別に。それでいいさ」
少し驚いたが、悪い気はしない。
二人同時に、エンゲージメント、と呟いた。体が光に包まれて、その身体がアバター化する。
俺は世良から貰っていたカードキーでドアのロックを解除した。扉が開く。俺達はその扉の先へ、バベルの本拠地へと乗り込んだ。




