23 矛盾する狂気
これだ。
この感覚だ。
全身が滾る。何もかもが身体の奥底から湧き出てくる。
痛みが薄れて感情に変わっていく。
怒り、憎しみ。そう、それは衝動だ。全てを破壊したいという衝動。
目の前のこいつを、ぶちのめしたい。
ぐちゃぐちゃにして殺してしまいたい。
そしたら、俺の存在に悩む必要なんてなくなるだろ?
ああ、そうだ。殺そう。
今、この場で、殺そう。
俺は〈双剣〉をジェネレート。
そして、ヴィティスとの間合いを詰めた。
二つの刃を同時に振う。ヴィティスがそれを同じく〈双剣〉でガードして──その身体がそのまま吹き飛んでいった。
俺はさらに追撃。跳躍して上昇、ヴィティスの腹に上から蹴りを叩き込んだ。呻き声が聞こえる。ヴィティスの身体が地面に叩きつけられた。
俺はその上に馬乗りになる。そして、ヴィティスの首元に〈双剣〉を突き刺した。それを横に引き抜き、もう一度突き刺そうとして。
目の前で、ヴィティスが〈双剣〉を振りかぶっていた。
「……〈クリスタルブレイド〉!」
ヴィティスの声の直後、俺の身体を二つの水の刃が襲う。俺はそのまま天井まで吹き飛ばされた。
それから追い打ちをかけるように、数発の水の刃。俺は下方向に向けて〈跳躍〉を発動、寸前のところでそれをかわした。
痛みは感じない。代わりに熱があった。その熱が感情を刺激し、さらなる熱を呼び込んでくる。
俺が地面に着地するのと同時、ヴィティスが地面から起き上がった。口元を歪ませ、笑い声を上げている。
「なるほど、これがジョーカーたる理由ってのか。いいねぇ、面白いねぇ。そういうのは最初から出してろよ。期待外れかと思っちまったじゃねぇかよ!」
ヴィティスが〈双剣〉を俺へと構え、そして叫んだ。
「なら俺もさらにギアを上げてやる。能力、〈攻撃強化〉〈速度強化〉!」
同時、俺はヴィティスに切りかかった。
俺の〈双剣〉とヴィティスの〈双剣〉が激突する。俺とヴィティスの間を〈双剣〉の刃が何度も何度も往復した。
金属音だけがドーム状の部屋に響き渡る。
「ヒャハハ! いいぜ、最高だ! ゾクゾクくるぜ、その殺気!」
「黙れ!」
「つれねぇなぁ、もっと楽しもうぜ!」
「そんな必要ないだろ? ただ俺は、お前が死んでくれさえすればいい!」
「クハッ! そうかよ。そうだ、それでいい。俺とお前は、互いに否定しあってりゃいい!」
互いの刃が弾けた。一瞬の静寂。そして再び、俺達は斬り合った。
「互いに互いを否定して、互いに互いを殺し合って! そして最後に勝つのは俺だ! うざってぇニセモノを、この犬畜生どもの世界をぶっ壊して、そして俺は理想郷にたどり着く! そうだ、俺の妹と、香凜と共に!」
「理想郷なんて、この世に存在しない」
「存在しねぇから、作り出すんだろうが! 誰も彼もが泣かない世界を!」
「誰かを犠牲にして、踏み台にして?」
「ああ、そうだ。何時の時代だって人間はそうじゃねぇか。他人を虐げ踏み台にして。ちょっとばかしの富と名誉と快楽に酔いしれて。ああ、汚い。くだらない。なあ、お前もそう思うだろ? そんな奴ら、蹴散らされて当然だね。その世界を許容した奴らも同罪だ!」
「けどそれは、お前らだけの理屈だろ?」
「なら他の犬畜生どもがどれだけの理屈を持ってるって言うんだよ!」
俺とヴィティスは互いに距離を取った。武装を〈双剣〉から〈銃〉に換装。互いに引き金を引き、そしてその場から飛びのいて弾丸をかわした。
「あいつらがどれほどのことを考えている? 人の苦しみをわかろうとしてるか? 悲しみをわかろうとしてるか? 目の前で誰かが泣いていたとして、それに手を差し伸べるか? そんなことよりもまず、テメェのことだろう! 腐ってる。腐敗してる。もう手遅れってレベルにな!」
「ならお前はどうなんだ? 他人を殺して自分の理想を押し付けようとしているお前は、一体なんだ」
「これは復讐なんだよ! 香凜を受け入れなかった世界。無条件に排斥した世界。間違ったことを間違っているとも思わない世界! だから俺は殺す。すべて殺す。何もかもを破壊してやる!」
その理屈はおかしい。こいつは破綻している。狂っているんだ。
自ら世界の腐敗を嘆くなら、自分自身はそうであってはいけないと、そう思うものじゃないか?
こいつがやっていることは、こいつの嘆きそのままだ。自分の思想と世界が相容れないから、排斥しようというだけのこと。その結果、世界を作り替えようというだけのこと。
けど……そんなことはどうでもいいんだ。
熱い衝動がこみ上げる。ああ、これは殺意。暴力の快楽。胸の高鳴りを抑えられない。
結局、俺もこいつと一緒か。快楽に身を任せる、犬畜生か。
……そんなことすら、どうだっていい。
「楽しもうぜ。どうせぶっ壊す世界なんだ。テメェと俺の衝動を、ああ、この黒くて熱くて最高な感情を、ぶつけ合おうぜ!」
ヴィティスがそう叫んだ、直後。
〈銃〉を放つヴィティスに、炎の魔神が激突。そしてその身体が炎に包まれた。




