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2 ノイズ、そして夢の終わり

 〈オメガ〉の街は賑やかだ。ざわめきと足音が入り混じって、仮想現実なのに現実のような錯覚を受けてしまう。アルカディア内の施設が、ほとんどすべてそうなのだけれど。

 俺は香凜を、アルを探して商店の立ち並ぶ大通りを歩いていた。


「やぁ、ソーマ君じゃないか」


 不意に、声をかけられる。振り向くとそこには、見知ったアバターの姿があった。

「久しぶりじゃないか。どうしたんだい? 今日はアルトリスちゃんといっしょじゃないのかい?」

 そう口を開いたのは、セラという名の男性アバターだ。俺が〈オメガ〉に接続した時に最初に声をかけられたアバターで、なかなか温和な性格をしている。

 セラはアルとも面識があった。俺を含めて三人でクエストを受けることもある。

 多分だけれど、セラは年上だと思う。リアルで会ったことはないし年齢も聞いたことはないから、確かではないが。


「飯食ってたんですよ。これから会いに行きます」

「なんだ。そっか。ソーマ君がアルトリスちゃんと一緒にいないなんて、何事かと思ってさ。ケンカでもしたのかと勘違いしちゃってたよ。でもそんなのないか。君らに限って」

「どういう意味ですか、それ」

「だって仲良しすぎるじゃない。君に下心とかも全くなさそうだし。なんていうんだろう、兄妹(きょうだい)って感じ?」


 セラの言うとおり、本当に兄妹(きょうだい)なのだが、それをここで言う必要は無い。


 それから数分雑談をして、俺はセラと別れた。

 俺はアルを探して〈オメガ〉の街を歩く。露店にはいない。武器屋や防具屋も何件か覗いたが、いなかった。となると、探す場所は大体一つだ。

 俺はこのスクエアの中心地、巨大な噴水のある広場へと向かう。


 広場に行くと、すぐにアルが見つかった。用事が済んで暇になっていたのだろう。アルは数人のアバターと談笑をしている。楽しそうだ。

 アルは俺に気が付いたようだ。


「あ、ソーマさん!」


 明るい声が聞こえてくる。アルはアバター達に軽く挨拶をすると、こちらに駆け寄ってきた。

 ふと、身に付けている装備が違うことに気がつく。


「どうです、これ。今持ってるレアアイテムをフル動員して強化したんですよ!」

「もしかして、二段階一気に強化したのか?」

「えへへ……ちょっと奮発しちゃいました。でもこれで、来月更新されるっていう新装備の強化条件まであとちょっとですよ!」


 アルは──VR(げんそう)の世界でアルトリスと名乗る香凜は、いつも笑っている。

 香凜は、この創られた世界でなら笑っていられるんだ。俺と話してくれる。俺とも繋がっていてくれる。

 だから俺は、〈オメガ〉をプレイしているんだ。他に、香凜と繋がる術を知らないから。

 香凜は外の世界に怯えている。一歩も出ようとしない。けど、ここは違う。アルカディアの中なら、〈オメガ〉をプレイしていれば、外に出なくても誰かと繋がることができる。いや、仮想現実の中でもう一人の自分を生み出すことができる。


 香凜にとっては、こっちがリアルなんだ。

 香凜が、ソーマと名乗るプレイヤーの正体が俺と気が付いているかどうかは、わからない。いや、もしかしたら気が付いているかもしれない。

 けど、そんなのはどっちでもいいんだ。


 ソーマとアルトリスは〈オメガ〉に入り浸るVRゲーマーで。

 いつも同じクエストに行くほど仲が良くて。

 そのプレイヤーがリアルでどうだろうと、関係ない。

 俺はこの世界ではソーマで。

 香凜はこの世界ではアルトリスなんだ。

 それ以外は、どうだっていい。


 そうすることで俺たちは繋がっていられる。リアルとは違うもう一つのリアルで、俺たちは一緒にいられるんだ。


 それで、いいじゃないか。

 それじゃ、ダメなのか?


 ああ、なんて皮肉だろうか。親父の送ってきたコネクトシステムがあるせいで、きっと香凜は外に出なくなっている。それのせいだけじゃないだろうが、でも、その一端を担っているのは確かだ。

 けど、コネクトシステムがあるから、香凜は〈オメガ〉と繋がっている。そして、俺も香凜と繋がっていられる。

 こんなもの、なくなってしまえばいい。だけど、香凜と繋がれなくなるのは嫌だ。

 ……俺は、矛盾している。


「ソーマさん、新しく更新されたクエスト行きましょうよ!」


 香凜が、いや、アルが俺の手を引いた。そして、この幻想の街を走り出す。

 この一年半以上、俺たちはずっとこうして来た。 だからそう、この後もずっとこの時が続くと思ってたんだ。そんなこと、ありはしないのに。


 ──ザッ……


 何か奇妙な音が聞こえた気がした。


「ん……?」

「ソーマさん? どうかしたんですか?」

「あ、いや。多分、気のせいだ。何ともないよ」

 そう、例えるならラジオから聞こえるノイズのような粗くて耳障りな音。けど、今は聞こえない。空耳か?


 それから、すぐに。


 ──ザザッ……ザザザッ……


 また音が聞こえた。

 何だ? 幻聴? いや、違う。気のせいじゃない。なんだこの音は。


「何、これ。気味悪い……」

 アルにもそれが聞こえているようだ。足を止めその場に立ち止まり、耳をふさいでいる。

 ノイズの音が大きくなるのと同時に、周囲にざわめきが走り始めた。このノイズが皆に聞こえ始めたのだろう。


 ──ザザッ! ザザザザザッ!


「ソーマさん、なんですかこれ。何が起きてるんですか?」

 アルは怯えていた。俺にすがるように抱き着いて、俺はそれを抱きしめる。

「大丈夫だ。すぐに収まる。心配しなくていいよ」

 俺は口ではそう言いながらも、どこか不安を拭いきれずにいた。

 これは何だ? 〈オメガ〉のバグか? 一体、どうしてこんな……

 俺がそう考えた、次の瞬間。


 視界に、灰色のノイズが走り始めた。


 ──ザッ!! ザザザザザッザザザッザザッザザザッザザザッザザザザザザザザザザッザザッザザザッザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザ!!


 悲鳴が上がる。視界が灰色のノイズに埋め尽くされていく。

 アルが震えていた。俺はその身体を強く、抱きしめる。アルも俺を強く抱きしめた。暖かい。けれど、次第にアルの姿も見えなくなっていく。

 何が起ころうとしているのか。俺には全く分からなかった。ただ、その時俺は何となく思っていたんだ。


 ああ、やっとか、と──


 ──ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザッザザザザッザザザザザザッザザザザザザザザッザッザザザザザザザザザザザッザッザザザザザザザッザザザザッザザザッザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザッザザザザ!!


 そして全ての音がノイズに掻き消され、視界もノイズで埋まり……


「……お兄ちゃん……」


 薄れゆく意識の中で、俺はその声を聴いた気がした。

 けれどそれは、俺の気のせいだったかもしれない。


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