EX 荒上凌
サイドストーリーです。
本編にはあまり影響ありません。仲間の背景をちょっと書く、と言った感じで。
今回は荒上凌です。
後半の時系列は、アルカディアでの通信障害から二日後。
あと何か、世良が出張りまくりです……
荒上凌は、俗に言う不良だった。
素行が悪く、教師の言うことを聞かない。喧嘩に明け暮れる毎日。中学二年生の頃には、同級生を殴って自主退学させられた。
そんな荒上が〈オメガ〉を始めたきっかけは、ある一人の男に誘われたからだった。
その男の名前は世良新醐という。
世良と初めて出会ったのは、学校を退学になった直後だった。場所は薄暗い裏路地。警察から追われている時に、ばったり会ったのが始まりだった。
「へぇ、君、喧嘩して逃げてるのか。面白いね。そういうの好きだよ、僕は」
そんなことを言って、世良は荒上のことを空のポリバケツに押し込んだ。そして警察を上手く誤魔化して、荒上のことを救ったのだ。
「これで貸しが一つだね。なあ、荒上凌くん。俺はね、借りは必ず返さなきゃいけないと思ってるんだ。だったらこの場合、君はどうするべきだと思う?」
恩着せがましく、世良はそんなことを言った。
「そんなのどうだっていい。つーかよ、テメェ、何で俺の名前を知ってる?」
「それは……そうだな、君が喧嘩番長として有名だから、とか?」
「見え透いた嘘ついてんじゃねぇよ。本当のことを言えよ」
「君のことを知ってたから」
「ハァ!? 馬鹿にしてんのか!?」
「事実を言ったまでさ」
世良はそんな、あやふやな男だった。スーツを着てまっとうな社会人のような風貌をしているが、中身は曖昧で捉えどころがなく、ふざけているようにしか思えない。
しかし、助けてもらったことは事実だ。荒上もそう邪険にはできない。
「ところで君、コネクトシステムって持ってる?」
唐突に世良が話題を変えた。
「コネクト……そんな高価なモン、ウチにはねぇよ」
「それじゃ、この懸賞に応募してみるといい」
世良が、一枚のはがきを荒上に差し出す。荒上はそれを受け取って、そこに記された文字を読む。
「……『祝〈オメガ〉ユーザー二億人突破キャンペーン』?」
「それを応募すれば、コネクトシステムが当たる……かもしれない。もし当たったら、〈オメガ〉をプレイしてみないか? 名前くらい聞いたことあるだろ。世界最高峰のVRMMOゲームだよ」
「何で俺が、そんなこと……」
そう言いつつ、荒上は顔を上げた。
誰もいない。裏路地には荒上だけ。世良が消えてしまったのだ。
それから数日後、荒上は世良から貰ったはがきを出すことにした。無視してもよかったが、心に引っ掛かるものがあったのだ。
そして二か月後──コネクトシステムが、当たった。
荒上はマニュアルを読みながら、コネクトシステムに接続。アルカディアへとダイブし、〈オメガ〉へと向かった。
荒上の手にしたコネクトシステムには、既に〈オメガ〉のデータがある程度入っていた。〈オメガ〉主催のキャンペーンだったのだから、それくらいの付加価値があって当然だろう。
そして、荒上が〈オメガ〉の地に足を踏み入れると──そこに待っていたのは、またも世良だった。
「やあ、凌。久しぶり。懸賞に当たったようだね。よかったよかった」
世良新醐、この世界ではセラという名のアバターが、〈オメガ〉の街で荒上に声をかけてきた。
「テメェ、世良か。なんかしやがったな? 偶然にしちゃ出来過ぎだろうが」
「まさか。そんなことないよ。僕は純粋に仲間を増やしたかっただけさ。ここはどうかひとつ、リア友及びネトゲ仲間として、よろしく頼むよ」
そんなところが、荒上が〈オメガ〉を始めた理由である。
「うう……っ」
荒上が目覚めてまず最初に思ったのは、苦しい、だった。何か、温かくて柔らかいものが身体にのしかかっている。
──俺は、何を……そうだ、俺は〈オメガ〉に接続していて、そんでもってノイズが聞こえてきて……
目覚めたばかりで動きの鈍い頭を使って、荒上は思考する。
──ここは何処だ? なんつうか……動いている。どっかに向かってる? しかもめちゃくちゃ苦しくてキツイな。とにかくこいつをどけるか……
荒上は自らの上に覆いかぶさるそれを、押しのけようとする。重い。重量がずっしりと手に掛った。
「この……っ」
力を込めて、それを押しやった。眩しい光が荒上の目に入ってくる。目がくらんだ。
荒上の周囲には、まだ温かくて重いそれが、大量にあった。とりあえず身体を起こそうと、ぼんやりとした視界の中で、荒上は脚や腹部に乗っていたそれを、どけていく。
体を起こす。その頃には、視界も回復していた。
そして、荒上は気が付く。
自分がどかしたのが、人間だったということに。
「は……?」
荒上は、人の上に座っていた。荒上の周りには気絶した人が無数に倒れていた。それが、どこかに向かって動いている。ベルトコンベアに乗せられているのだが、荒上にそれを確かめる術はない。
「何だ、これは……」
無骨な機械と鉄骨から、ここが何かの工場だというのは判断できた。しかし、何故荒上はここにいるのか。荒上自身に、思い当たる節はない。
周囲の人間が目を覚ます様子はなかった。ここから抜け出すために、荒上は人の上を這いつくばる。そしてコンベアの上から滑るようにして、落ちた。
荒上の身体が床に叩きつけられる。痛みが走って、音が周囲に響いた。
「く……っ」
荒上はなんとか起き上がる。服装は〈オメガ〉に接続していた時のものと同じ、高校の学生服だった。
周囲を見回す。見渡す限りの機械の山。その中にいくつか、光るものがあった。
荒上は目を凝らして、それをよくみる。
それは何かのガラスケースに入れられているようだ。中身は培養液で満たされている。その中にあったのは──
「脳味噌……?」
そう、脳だ。人間の脳。バベルが自動防衛機械を制御するための、ユニット。それが、ざっと見渡すだけでも十数個ある。
「どこなんだよ、ここ……」
荒上は目の前に映る光景に、力なく呟いた。
荒上のいる場は、バベルの所有する実験施設だ。人々はその脳を取り出すために意識を失わさせられている。各地から集められた意識不明の人間たちが、ベルトコンベアに乗せられて脳だけを取り出されているのだ。
だが、荒上はそれを知る由もない。
「おい、意識の戻ったやつがいるぞ」
どこからか、声が聞こえてくる。それから少しして、作業服に身を包んだ男たちが荒上の元へと駆け足で向かって行った。
「何なんだ、テメェらは」
荒上は男たちに向け、身構える。
「何だよ、これは。どうなってやがる。なんで俺はここにいる。あれは何だ、ここはどこだ! 答えろ。全部だ。今すぐ!」
威勢よく荒上は吼える。だが、男たちがそれを気にする様子はない。
「アバター能力者の可能性がある。確保しろ」
数人の男が、荒上に向かって行った。荒上はその男の一人に向かって、思いっきり殴り掛かる。
「答えろって言ってんだろうが!」
男が吹き飛んだ。ざわめきが走り、そして、男たちが拳銃を取り出した。その銃口を荒上に向ける。
「おとなしくしていろ。抵抗すれば撃つぞ」
「拳銃!? テメェら本当に、一体」
その荒上の声を掻き消すかのように、爆音が響いた。荒上の視線の先で、爆発が起こる。
全員の視線がそちらへ向けられた。煙の中から、一つの影が浮かび上がってくる。それは──
「やあ、凌。危機一髪ってやつかい?」
アバターの姿をした世良新醐が、へらへらと笑いながら歩いてきていた。
「撃て! 撃て!」
男たちが一斉に、世良へと銃口を向ける。そして発砲。だがその時にはもう、世良はその場から消えていた。
「ラル・ダクズルド」
その声の直後、男たちの真横から、黒のグリフォンが直撃した。全員が一斉に吹き飛ばされ、機械へと叩きつけられる。
荒上はそれを、半ば混乱しながら眺めていた。
「テメェ、世良? 何でそんな格好を。つーか、今のは……」
「詳しい説明は後さ。今は脱出が先だ」
世良に促されるまま、荒上はそのあとに続いた。世良が吹き飛ばした壁の穴を通り、通路の中を走り抜ける。
その途中、銃声が響いた。荒上達を狙ったものではない。別の誰かに向けられたものだ。
「さあ、来いよ、来いよ、来いよ! 逃げてちゃ俺には勝てないぜ!?」
荒上の耳に、その声が聞こえてくる。風水露草だ。通路の一角で、二振りの〈大剣〉を振り回して男たちを切り付けている。その近くでは、風水蓮華が二丁の拳銃を乱射していた。血が辺りに飛び散って、悲鳴と絶叫が響いている。
「あの二人は……」
「仲間だよ。僕らイカロスのね」
「イカロス?」
「そう。この騒動を引き起こした奴らを、ぶっ潰すための組織さ。僕が創ったんだ。カッコいいだろ?」
こんな状況だというのに、世良はふざけているとしか思えない。
「……また何かを企んでいるのか、テメェは」
「僕がどんな男か、君はよく知ってるだろ?」
「企んでる、ってことか」
「心外だなぁ」
そんな言葉を交わしながら、荒上達はバベルの実験施設から脱出した。




