14 イカロス
二人から遅れて、もう一人のアバターがやってきた。女性型の、幼いアバター。恐らく、風水蓮華だろう。
「大丈夫ですか……?」
そう言うのと同時、蓮華は俺に向かって回復魔法を唱えた。数秒後、体が軽くなる。体力が回復したんだ。
「ありがとう」
「い、いえ……当然のことですから……」
自信なさげに蓮華が言う。
「三人は、どうしてここに?」
「世良が言ってたろうが。最初っから俺らはここに乗りこむつもりだったんだよ」
「そーゆーこと! 兄ちゃんが先突っ走っちゃったのは予想外だったけどねー。でもお蔭で、ここまで来やすかったよ。エグイ戦い方するよねぇ、兄ちゃんも」
あははっ、と風水露草が笑う。どこか、残酷な笑い方だ。
「君ら、イカロスのアバターか」
「バベルに敵対する愚か者か」
黒い蟹の上から、ナロとナエの声が聞こえてくる。
自動防衛機械は今、体勢を立て直していた。装甲の一部が破損している。能力の一撃を二発連続で喰らったからだ。
ナロとナエの言葉に、荒上と露草は不快感をあらわにする。威勢よく前に出て、そして、叫んだ。
「愚か? ハッ! 何で俺が、テメェらに枠付けされなきゃならねねーんだよ」
「そうそう。そーゆーのは自分で判断するよ。反抗期なめんなってさ!」
この二人は、こういうタイプか。わかりやすいと言えば、わかりやすい。
そんな二人を、蓮華は不安げに眺めていた。やはりこの少女はあまり喋らない性格らしい。露草が喋りすぎるせいでそう感じるのかもしれないが。
「まあいいや。どうやら二人して兄ちゃんをいじめてたみたいだけど、形勢は逆転だ。とにかく、ぶった切っちゃうぜ? 蓮華、兄ちゃんを頼むよ」
露草が両手に持った〈大剣〉を自動防衛機械へと構えた。
蓮華はそれに、無言で頷く。そしてその手に、二丁の〈魔法銃〉をジェネレートした。
本来、武装は一つしかジェネレートできない。露草もそうだか、この兄妹は二つの武装を同時にジェネレートしている。何故だ?
「あ……これは……私、〈二丁拳銃〉の能力を持ってて……」
疑問に思う俺の眼差しに気が付いてか、蓮華は途切れ途切れにそう言った。
ああ、そうか。聞いたことがある。
銃系統の武器を同時に二つまでジェネレートできるようにする能力か。それと同種の〈二刀流〉も確か、あったはずだ。レアリティは相当高かったけど。
露草と荒上が前に出る。
瞬間、自動防衛機械がマシンガンを発射した。二人はその射線から逃れると、そのまま自動防衛機械との間合いを詰める。途中で襲いかかる弾丸を素早くかわして、そのまま懐に潜り込んだ。
荒上が〈拳〉で自動防衛機械の腹にあたる部分を殴りつける。機体がぐらついた。動きが鈍る。
「さあ、いくよ! 〈牙刃乱舞〉!」
露草が叫んだ。同時、その両手の〈大剣〉が輝きだす。
露草が踊るようにして自動防衛機械の足に〈大剣〉を数度叩きつけた。機体がよろける。同時、自動防衛機械がマシンガンを放った。
その時にはもう、露草は自動防衛機械の射線上から離れている。ヒット&アウェイ。〈オメガ〉でのボス戦における、基本戦術だ。
今度は自動防衛機械の銃口が荒上に向けられる。
瞬間、荒上は銃口に向かって、〈拳〉を振りかぶっていた。
「〈波動雷迅拳〉」
同時、銃声が鳴る。
雷を伴った衝撃波が荒上の〈拳〉から放たれた。それが弾丸を全て消し去って、そのまま自動防衛機械を吹き飛ばす。
「やるね、なら俺も!」
嬉々とした表情で露草が駈け出した。地面に崩れ落ちた自動防衛機械に向け、二振りの〈大剣〉を振りかぶる。
その、瞬間。
露草の身体を、光の矢が貫いた。
「僕らも一応、いるんだよね」
「忘れないでもらえるかな」
今、ナロが魔法を放った。その手には〈魔法剣〉が握られている。
光属性レベル2魔法、ライティアが荒上を襲った。鋭い閃光の直撃を受け、荒上は後退する。
「痛って!」
再び露草が叫ぶ。新たな矢がその胸に突き刺さっていた。さらに銃弾の雨が襲いかかる。
俺の隣で蓮華が心配そうな表情をしていた。そんなに加勢したいのなら、すればいいのに。俺は何も問題ない。
荒上が〈疾走〉を使って自動防衛機械の懐へもぐりこむ。そして、その両の〈拳〉が赤く輝きだした。
「〈重拳撃〉」
荒上が自動防衛機械の腹を強く殴った。機体が浮く。それが跳ね上がり、露草から弾丸が逸れていった。
「サンキュ、凌!」
露草が自動防衛機械を追って跳んだ。〈跳躍〉を使って上を取る。そして銃弾の雨を片方の〈大剣〉で防ぎながら、もう一方の〈大剣〉を甲羅の上のナロとナエへと振った。
「能力、〈衝撃〉!」
光の刃がナロとナエを襲う。二人はその場から飛びのき、地面に着地する。
その間、露草と荒上は自動防衛機械に能力による攻撃を叩き込んでいた。
数度のインパクトを喰らって黒い蟹は吹き飛んで、そして気味の悪いモーター音をうなりあげた。まるで、悲鳴を上げているかのようだ。
ナロとナエはそれを見て、駈け出した。自動防衛機械に加勢するのではない。自動防衛機械のやってきたシャッターの向こう側へと、逃げて行ったんだ。
「あいつら……」
逃がすわけにはいかない。あの二人は俺の顔をしたあいつのことを知っている。それを聞きださないわけには、いくものか。
俺はその場から駈け出した。ここにはいなくてもいいだろう。どうせ、あの二人だけでも自動防衛機械は倒せる。
「あの、待ってください、八雲さん!」
蓮華の縋るような声が聞こえてくる。だが、そんなのは知ったことじゃない。悪いとは思うが、それよりも優先すべきことがある。
俺は薄暗い通路を駆けて、先を行く二人の後を追った。




