10 バベルの守護者
扉の向こうは、ドーム状の部屋だった。床はコンクリートで作られている。天井は十メートルくらいの高さがあった。
壁にはいくつかのドアとシャッターが備え付けられている。なんとなく、俺はコロッセオを思い出した。〈オメガ〉の街にあったそれと、どことなく似ている。
俺は〈槌〉を消失させた。移動するには、こいつは重すぎる。
部屋の中心に、二人の人間が立っていた。
鎧を着て、武装を手に持っている。アバターだ。
「やあ、君が侵入者だね。僕はナロ」
「遠路遥々よく来たね。僕はナエ」
その二人が、かわるがわる喋った。声も見た目も抽象的で、女性とも男性とも取れる。
ナロと名乗った一方は〈双剣〉を手にぶら下げ、ナエと名乗ったもう一方は、〈弓〉を担いでいた。遠距離と近距離の組み合わせだ。
ナロの装備は軽装で、素早さを重視している。対するナエは重装甲で、機動性を度外視していた。
イメージとしてはナロが特攻隊で、ナエが固定砲台のような感じだろうか。
味方、ではないだろう。世良達が悪の組織を潰すアバター能力者なら、こいつらは悪の組織そのもののアバター能力者、ということだ。
「あんたらがここの親玉か?」
「僕らが親玉?」
「いいや、それは違う」
そして、二人は声を揃え、言った。
「僕らは、守護者さ」
「それは、何の?」
俺が問う。
「誰もが苦しまない理想郷」
「悲しみなどない桃源郷」
「腐った神が作り出したこの世界をぶち壊して」
「僕らバベルが本当の世界を作り出す」
「その守護者が、僕ら」
「それが、僕ら」
なるほど、バベルとやらが世良の言っていた「悪の組織」の名前か。
それは、かつて神に挑戦しようとして崩れ去った塔の名前だ。こいつらは、それと同じことをしようと言うのか。
それが、理想郷であり桃源郷。その為にアルカディアのユーザーを犠牲にして……
しかしそれは、理想郷か?
犠牲の上に成り立つ世界が、桃源郷か?
そんな世界が、正しいのか?
「それで、君は何をしに来たの?」
「君は何の為にここに来たの?」
「妹を取り戻しに」
「妹?」
「誰?」
「八雲香凜」
「ああ……君が、八雲周か」
「いや……君も、八雲周と言った方が正しいか」
引っ掛かる物言いだ。
恐らく、こいつらが言っていることは俺のほかにもう一人、「八雲周」がいる、ということだろう。
あいつだ。俺を襲ったあの男。黒い鎧を身に着けた男、ヴィティス。
やはりそうだ、あいつも「八雲周」なんだ。
「ヴィティスのことを知っているなら、全部吐いてもらう。どうせお前らは敵なんだろ?」
「君が、そう望むなら」
「僕らはただ、戦うだけ」
瞬間、俺は地面を蹴る。同時、固定能力の〈疾走〉を発動した。そして〈小型剣〉をジェネレートする。
「ナエ、援護よろしく」
「ナロ、前線よろしく」
ナロとナエが、二手に分かれた。〈双剣〉を持ったナロが前に、〈弓〉を持ったナエが後ろに。前衛と後衛か。面倒だ。
ナロの〈双剣〉と俺の〈小型剣〉の刃が衝突した。金属音がドーム状の部屋に響く。ナロの振ったもう一方の刃を盾で防ぎ、そして俺はナロを蹴り飛ばした。
ナロの体が軽く吹っ飛ぶ。直後、それと入れ替わるようにして光の矢が──〈弓〉を持つナエの放った矢が、俺に向かって来た。
「──ッ!」
俺は咄嗟に身を捩らせる。胸の先をその矢が掠めた。
〈弓〉は〈銃〉、〈魔法銃〉、〈杖〉と同じ遠距離武装だ。
特徴としては、ある程度はプレイヤーの腕前に左右されるものの、〈銃〉系統に比べ、精密な射撃ができる。〈銃〉のようには連射できないというデメリットがあるが、連携には適した武装だ。ある程度は魔法攻撃力も備わっている。
俺が大勢を立て直していると、さらにもう一発、矢が飛んできた。俺はそれを横に跳んで回避、しかし次の瞬間、〈双剣〉を持ったナロが切りかかってくる。
なんとか片刃を〈小型剣〉の刃で受け止めた。即座にもう一方の刃が、俺の脇腹を襲う。俺はそれを盾で受け止めようとして──
「特殊能力、〈重斬撃〉」
ナロの言葉と同時、〈双剣〉の刃が強く輝いた。
まずい。そう思った時には、すさまじい衝撃が俺に叩きつけられていた。身体が吹っ飛んで、壁に背が激突する。
盾を持っていた方の手の手が痺れ、激痛が走った。痛い。銃で撃たれた時の数倍は、痛い。これが、アバターの力か。
遠くから〈弓〉を引くナエの姿が見える。
俺は壁を強く蹴った。そのまま跳躍し、〈弓〉の射線から逃れようとする。しかし──
「特殊能力、〈弓撃三重奏〉」
ナエが、そう言った。同時、〈弓〉から矢が放たれる。
最初は一つだったそれが、突然三つに分裂した。そう、これはそういう技だ。
俺は咄嗟に〈大剣〉をジェネレート、空中でそれに身を隠した。
大剣の腹に、三つの矢が連続で直撃。俺の手に強い衝撃が走った。身体が吹っ飛ぶ。俺は空中で体勢を立て直そうとし、そして──その時にはもう、ナロの〈双剣〉が目の前に迫って来ていた。




