新居の春
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全員を力でねじ伏せ、状況の分析をするために近場の喫茶店で二時間ほど現実逃避を経て、新居へと足を向けた。今はただ、一人になりたかった。
しかし、雛井は思い出す。
「あ、荷物。」
そう、今日は荷物が届く日だった筈。ヤバい、時間をとっくに過ぎている。
先日入居して、未だ家具の無い部屋へと急ぐ。
………。
未だ現実味のない現実から逃げるように部屋へ入った彼は、虚しさを感じていた。
それは、失われたバラ色の生活故だろうか?
それとも、整然と並べられた未だ生活臭の無い日用品達のせいだろうか?
恐らく、答えは否。
その虚しさはきっと、逃れられない違和感が告げているものだったから。
「何でお前が此処に居る?」
「いや、何故と言われても。ダーリンの新居を調査し、密かに合鍵を製作し、同棲の為に侵入し、これから訪れるであろうイチャイチャらぶらぶ生活に想いを馳せながら、帰宅した亭主を三つ指ついて迎える為に此処に居るのだが。」
………。
落ち着け兼定。先ずは状況を整理しよう。
新居である寂れたアパートの鍵を開けたら、俺の知らない新妻が裸エプロンで三つ指ついていた。
………うん、分らん。きっと部屋を間違えたのだ。
落ち着こう。きっと隣の部屋が新居なのだ。
そして
「あ、申し訳ありません。部屋を間違えた酔うデス」
さっとドアを閉じて、横へ移動しノブを回し、ドアを開け、凍りついた。
だって、部屋の内装が奇抜すぎたから。
赤。灰色。緑。桃色。白。
ナニかを連想させる配色を無造作にぶちまけた様な壁紙。
中央に鎮座するキングサイズのベッド。
そこに腰かける少女が二人
「あら?お兄s」
「あれ?兄s」
バンッ。と、ドアを殴らんばかりに兼定は扉を閉じた。
あれはいけない。あの配色はいけない。完全に壊れている。どんな狂人なら、内装に人のナカミを選ぶというのだろう。
………ああ、駄目だ。これは駄目だ。此処はきっと昨日寝泊まりした寂しくも安らぎを与えてくれるあのアパートとは異なる建築物だ。もう一度住所から確認しよう。
うん、番地はOK。没問題。次に部屋番号。これも無問題。
うん分った、きっと国が違うんだ、きっと此処は別の国だ。
きっといつの間にか知らない国に拉致られて、キャトルトルミューティレーションなんだ。此処は日本じゃない、国旗を間違えたバングラディシュなんだ。バングラディシュなら仕方ない。(バングラディシュの方、ごめんなさい。)
………。周りの看板や広告に踊る文字が、どうしようもなく此処は日本だと告げていた。