第9話 討伐 (2)
リザードの鉤爪が目の前に迫る。
ズドンッ!
大きな衝撃音がした後、リザードの爪がゼインの目の前に転がる。
…死ぬかと思った。
今さら襲ってくる緊迫感に心臓の鼓動が鳴り止まない。
リザードを見ると、完全に息の根が止まっていた。
その頭上に立つ男が目に入る。
「大丈夫か?」
ミナリ達と対峙していたシュナイダーだ。
あのとき感じた恐怖が蘇る。
まだこの森にいたのか。
あそこにいたのが俺だとバレてないだろうか。
「あ、あなたは…!稀代の三戦士の一人、シュナイダー・テンペスト!」
ルートは男がシュナイダーだと分かると興奮気味に叫んだ。
この男が稀代の三戦士?
ルートの様子からして、シュナイダーは有名人のようだ。
「どうしてあなたがこんな所に!?まさかリザードの異変を察知していたのですか?」
「…いや、迷子」
「え?」
「だから、迷子」
平然と答えるシュナイダーに呆気に取られるルート。
ゼインにはもう聞き覚えのある問答だった。
ルートは空気を変えるように軽く咳払いする。
「では、迷宮の森の出口まで案内します」
「助かる」
オズモはシュナイダーに悠々と歩み寄る。
「私はトロイアス家のオズモです。以後お見知り置きを」
「ああ、君がオズモくんか」
「まさかあなたのような方の耳にも私の名が轟いているとは実に光栄です」
「あ、いや、君は次期当主の割に冷静さに欠けて、心配だと聞いていた」
笑顔で話すシュナイダーに対して、顎が外れたかのように大きな口を開けるオズモ。
周りは皆、吹き出して笑っていた。
オズモが隊員らを睨みつけると、慌てて背筋を伸ばす。
「だが、君のような人物であれば、そんな心配は杞憂だな。安心したよ」
「ええ、もちろんですよ!心配性のどなたかが言ったんでしょう。このオズモがいれば、トロイアス家は安泰です」
「ああ、是非その調子で頑張ってくれ」
シュナイダーの様子からして、あの場にいたのが俺だとはバレていないようだ。
ゼインは安心して、息絶えたリザードに近寄る。
「ゼイン!どうしたんですか?」
「いや、リザードの素材を採取しようと思って」
ゼインは嬉々として、剣を使ってリザードの爪や鱗を削り取る。
「目玉も貰っておくか」
生々しい光景に兵士らは思わず目を逸らす。
シュナイダーはゼインが持つ剣がミナリと同じ物だと気づき、ミナリやコブはこの世にいないのだと悟る。
致命傷は与えていないつもりだったが、力加減を誤ったかもしれない。
惜しいことをした。
いや、彼らとは歩む道が分かれたのだ。
いずれはこうなる運命だった。
彼らの幼少期を思い出す。
少しずつできることが増えていった彼らの成長を見守るのは微笑ましかった。
あれほどの強さを身につけたのも頼もしく感じていた。
それでも手を下したのは自分だ。
これ以上感傷に浸るのは彼らに失礼だと、それ以上考えるのは止めた。
素材を採り終えたゼインは、満足そうな笑みを浮かべる。この素材を使って早く実験したい好奇心を抑えるのに必死だった。
シュナイダーも加えた一行で迷宮の森の出口まで向かう。
メイジがつけた印を頼りに難なく森を脱出できた。
森を出た先の道でシュナイダーは足を止める。
「俺はこちらに行く」
「シュナイダーさん、もしよろしければタオウに来ては頂けませんか?」
「何故だ?」
「タオウはロムレスに戦争を仕掛けようとしています。私達は開戦には反対の立場です。あなたはタオウの英雄です。是非、あなたにも反対派に加わって頂きたいのです」
「悪いが、タオウに戻ることはできない。俺には俺で、旅の目的があるんだ」
「そうですか…残念ですが、私達は私達でできる限りやってみます」
「ああ、戦争なんて馬鹿げたことは止めてやってくれ」
「はい、シュナイダーさんも良い旅を」
「ああ、ありがとう。ではな」
シュナイダーは軽く手を上げると、タオウとは反対の方へと歩き始める。
「俺もここで」
「ゼインはタオウに戻らないのですか?君の姉も心配しているでしょう」
「姉?俺に姉はいないが…」
「しかし、君の姉のユーリという人から騎士団に捜索願いが出されている。だから、我々もここに来たのだ」
オズモの言葉にゼインは目を見開いた。
あの女、どこかでミナリ達と共に迷宮の森に入ったのを見ていたのか。
ユーリの目的は分かっている。
奴らが言っていた『テオスの欠片』を返してもらうためだろう。
俺から全てを奪っておいて、自分の物は返してくださいってか?
お前の思い通りにはさせない。
「俺はそんな人知らない。俺に姉はいないし、タオウに知り合いもいない」
ゼインは冷たく言い放つ。
「…そうか。何かの手違いだったのかもしれないな」
オズモはゼインの答えに違和感を覚えるが、それ以上追求しようとはしなかった。
ルートは胸に手をあて、ゼインに敬意を払う。
「ゼイン、改めて、君がいてくれて本当に助かりました。何かあれば私のもとに来てください。できる限り力になります」
「ありがとう。それじゃあ」
早く実験できるような場所を探さなければ。
ゼインはオズモ小隊と別れると、シュナイダーとは別の道を早足で進む。
◆
丘の上からゼイン達のやり取りを眺めていたユーリ。
肩の上にいる鳥が囁く。
「タオウには行かないようだな」
「そうみたいだね、でも想定内だよ」
ユーリはゼインの背を見ながら呟いた。




