おまけ 美味いパンを求めて
ーーーこれはリクとシリルがまだ出会って間もない頃の話。
「お腹空いたニャー」
「そうだな。飯を調達するか」
リクはゲルダから離れる道を進む。
「どこ行くニャ?」
「隣町に美味いパン屋があるんだ」
「リクはこの辺に詳しいのニャ」
「まあね」
森の中を迷わず進むリク。
もしかして、リクはゲルダ出身ニャのかな。
十五分程歩くと、小さな町が見えてきた。
パンの看板を提げている店に入ろうとするが、鍵が掛かってるようだった。
「あれ、やってないのか」
リクは店の裏手にまわると、牛小屋があった。
そこにいた二頭のモーウシは、どこか痩せ細っており、元気がない様子だった。
世話をしていた男がこちらを振り返る。
「親父さん、今日は休み?」
「悪いね…。今は休業中なんだ。向かいの店でも買えるから、そっちに行くといい」
モーウシが体調を崩しているから、パンを作れないのか。
店主も少し痩せてみえる。
モーウシをつきっきりで世話していたのかもしれない。
仕方がないので、向かいにある店に入ると、ツリ目の浅黒い男が不釣り合いな笑みを浮かべていた。
数種類の並んでいるパンの値札を見ると、どう考えても相場の二倍はしている。
「高いな」
「この辺でパンが食べれるのはうちくらいだよ。貴重なんだから、値段が高いのは当然だろ?」
店主は至極当然だと言わんばかりの態度だ。
ゲルダ収容所があるせいで、この辺で店を開く奴は少ない。値段が少々高いくらいは妥当だと思うが、これはさすがにやりすぎだ。
「じゃあ、これで」
金貨を渡すと、男はパンを二つリクに渡す。
「まいどあり」
店を出て、すぐ一口食す。
パンの表面も硬く、食べるだけでボロボロと崩れ落ちる。
どう見ても値段相応の品質とは言えなかった。
「美味しくないニャ…」
「だね」
リクはその足で、再び最初に訪れたパン屋の店主のもとへと向かう。
「おや、君はさっきの…」
「親父さん、何で今は休業なんかしてるの?身体でも悪いの?」
「いや、今はモーウシの乳の出が悪くてね。材料が用意できないんだ」
リクはモーウシの状態を確かめる。もう立ち上がる元気もないようだ。
「最近、何か変わったことなかった?」
「変わったこと?」
店主は何か思い出したように顔を上げる。
「あ、そういえば…。モーウシ達が体調を崩す前に牧草が燃やされたことがあったんだ。最近何件かボヤ騒ぎがあったから、その巻き添えを食らってしまったみたいでね。事情を聞いた向かいの店主さんが、牧草を分けてくれたんだ」
「それって犯人は見つかったの?」
「…いや、まだだね。誰の仕業か知らないが、困ったもんだよ」
「なるほどね。まずはモーウシ達を治そうか」
「リク、治せるニャ!?」
シリルの声に店主が驚いた声を上げる。
「わっ!キャトリアが喋った!」
「あ、そうそう。この子はちょっと訳アリみたいなんだ。俺もさっき会ったばかりだけどね」
「シリルは凄いニャ」
「はぁ…。って、それよりモーウシを治せるのかい!?」
「たぶんね。ちょっと材料集めてくるよ」
その後、リクは森の中で薬草をいくつか摘んで店に戻る。
材料を鍋に入れて火にかけ、熱を冷ましてから、すり鉢に入れてペースト状になるまですり潰した。
「これを食べさせてみて」
「あ、ああ」
店主はモーウシの口に薬を飲み込ませる。
「これだけでいいのかい?」
「ああ、これで暫く様子見かな」
「今日はうちで泊まっていくかい?簡単な食事くらいは出せるよ」
「やったニャ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
その夜、物音がしたので目を覚ます。
窓から外に出ようとするリクの姿があった。
「リク、どこ行くニャ?」
「散歩かな。すぐ戻るよ」
窓辺から飛び立つと、暗闇の中へと消えていった。
睡魔に呼び戻されたシリルは、再び深い眠りに落ちていった。
翌日、牛小屋に行くと、食欲を取り戻したモーウシが勢いよく牧草を食べていた。
「元気になってるニャ!」
「一体どうして…」
「原因は寄生虫だろうね」
「寄生虫?」
「恐らく牧草の中に寄生虫が紛れ込んでたんだろうね。それを食べたから、食欲が落ちたんだと思う。だから、それに効く薬草を食べさせたんだけど、効果あったみたいだね」
「ありがとう!君は私の恩人だよ!」
「いや、俺は恩を返しただけだよ」
「え?」
「親父さんは覚えてないだろうけど、昔俺が飢えそうになってたとき、パンをくれたんだよ。おかげで俺はこうして生き延びれた」
「そうだったのか。すまない、私は覚えてなくて…」
「いや、全然いいよ。じゃあ、俺はこれで」
「待ってくれ!今なら乳が取れるから、お礼にパンを持っていってくれ」
店主は生乳を搾乳すると、手慣れた動きでパンを焼き上げ、袋いっぱいにパンを詰める。
「さあ、どうぞ」
「どうも。じゃあ、俺はこれで」
「近くに来たら、また是非うちに寄ってくれ」
リクは微笑むと、店主に答えるように手を挙げる。
袋からパンを取って食べると、モチモチとした食感に優しい味わいが口に広がる。
「美味しいニャー!」
「だね」
「リク、凄いニャ。ゼインみたいニャ」
「ま、これくらいはね。前にも似たようなことを見たことがあったから」
「もしかしてリクは研究とかしてるニャ?」
「いや、俺は何でも屋だよ」
◆
それから、三日後。
営業を再開したパン屋を訪れた客が、向かいの店を指差す。
「あれ、向かいのパン屋はやってないんだね」
「ええ。店主さんが森の中で転んだのか、頭を打って亡くなっていたようです」
「じゃあ、商売敵がいなくなったんだね」
「ええ、まあ。お気の毒なことです」
「親父さんはもうちょい人を疑った方がいいんじゃないか?絶対あの人が親父さんのモーウシに寄生虫入れたんだろうぜ」
「さあ、それは分かりませんが…。私は人を疑うよりも信じたいので」
優しく微笑む店主を見て、客は軽く溜め息をつく。
「親父さんはお人好しだな」




