第8話 討伐 (1)
迷宮の森にこれほど大きなリザードは見たことがない。
その巨体に圧倒されている間もなく、リザードはその前足をルート達のもとに振り下ろす。
次々と振り下ろされる前足をどうにか避けるが、その勢いで地にヒビが入っている。
あれに踏み潰されれば致命傷だ。
戦う前からルートは既に身体が重く感じていた。
まだ毒の影響が残っているようだ。皆も動きが鈍い。
このまま逃げ切るのは難しいだろう。
ルートや兵士がリザードに剣を向けるが、全くびくともしない。
普通のリザードよりも鱗がかなり硬い。
リザードは追い払うように前足を動かすと、隊員らに噛みつこうと襲いかかる。
またもリザードは攻撃を外す。代わりに口に入った枝木が溶け始めていた。
鋭い牙があるうえに、口内には強力な酸が広がっているのか。
「距離を取れ!固まってるとやられるぞ!」
皆、避けるので精一杯だ。
そんな中、ゼインは雷を纏った剣をリザードに振りかざす。
彼は雷まで作り出せるのか。
その器用さには舌を巻く。
だが、その攻撃すらも奴は物ともしていない。
もしかすると、このリザードがマフィ小隊やノザノ小隊を喰らったのかもしれない。
そうであれば、この異常な大きさに納得がいく。
我々まで食べられれば、さらに大きくなり、力も増すだろう。
このまま野放しにしておくわけにはいかないが、この硬い外皮には太刀打ちできない。
内から倒そうにも、あの強力な酸があっては無理だ。
だが、奴は身体の大きさゆえに動きが遅い。
ここは逃げることを最優先に考えるべきか。
援軍を呼べばどうにかなるかもしれない。
「ルートさん!あんた、スキルとか使えないのか!?」
ゼインがリザードの攻撃を避けながら、ルートに呼び掛ける。
「私のスキルは、半径五百メートル以内の中にある生物を探せる。が、戦闘には不向きだ。小隊長もスキルを持っているけど、彼が視認した者の視線を一秒間自分に向けることだ。こちらも戦闘には向いていない」
「使えねえ。だが、あいつにお似合いなスキルだな」
無駄の多い動きでリザードの攻撃を避けるオズモを呆れながら見るゼイン。
兵士らの攻撃には期待できないか。
ゼインはリザードの口めがけて毒の入った小瓶を投げ入れる。
リザードは躊躇いもなく飲み込むが、全く苦しむ様子はない。
やはり身体の大きさに対して毒が少ないか。
木の後ろに隠れて身を潜めるても、人間の匂いがしているのかすぐ位置がバレる。
このままだと殺られるのは時間の問題だ。
どうする。
リザードを倒すには身体の内部から攻撃する必要がある。
少量ではダメだ。
大きな打撃を加える必要がある。
それぞれのスキル、手持ちの調合薬。
ゼインはルートに声を掛ける。
「ルートさん!この近くに幻樹スライムがいるか分かるか?」
「え、ええ、分かりますが、幻樹スライムなんてどうするんですか?」
「殺すんだよ、あのリザードを」
ゼインは調合の話をしたときと同じような笑みを浮かべていた。
「何か考えがあるんですか?」
「ああ、上手くいけばリザードを殺せる。けど、それには幻樹スライムがいるんだ」
「分かりました」
ゼインの意図は分からないが、彼の知識量をもってすれば、この場を打開する策を思いついたのかもしれない。
彼の言葉を信じ、ルートは地面に手をあてスキルを使用する。
目を閉じ、範囲内の魔物を探す。
南東にラビッタが数匹。北にスライム、チョウドリ。
幻樹スライムはどこだ。
…いた!
西に三百進んだ先に幻樹スライムの姿が見えた。
「いました!ついてきてください!」
ゼインは頷く。
ルートはオズモに届くように大声をあげる。
「小隊長、暫くの間リザードをお願いします!」
「何!?どこへ行く!?」
オズモの問いかけは無視して、西に真っ直ぐ走る。
「いた!」
ルートは剣を抜き、スライムを仕留めようとする。
「待ってくれ、そいつは倒さないでくれ!」
「どういうことです?」
「そいつ自身も使うからだよ」
ゼインは幻樹スライムに近づく。
スライムは人間の匂いにつられて寄ってくる。
「よし、こいつをこのままリザードの所まで連れていく」
ゼインの狙いが分からなかった。
彼のスキルをスライムに使うのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。
こんな弱小スライムを連れて戻っても、リザードを倒せるとは思えなかった。
リザードが暴れている場所まで戻る。
隊員達も息が荒い。もう身体が限界なのだろう。
すると、ゼインは近くにあった石をリザードに向かって投げる。
口に入ったのが石だと分かると、ペッと吐き出した。
ゼインは攻撃を避けながら、その石のもとに駆け寄る。そして、小瓶の中のどろっとした液体を石にかける。
あの液体は迷彩液か?
ゼインは自分自身の親指を噛み、それに血を何滴か垂らすと、包み込む迷彩液の色が赤黒く濁り始める。
それを幻樹スライムの前に転がすと、スライムはエサと勘違いしたのか石をひと飲みした。
ゼインがスライムを持ち上げるのを見ると、ルートは制止する。
「ゼイン、危ないですよ!」
「大丈夫だ。スライムは食事を終えた後、消化する方にエネルギーを使うから大人しくなるんだ。だから、暫くの間攻撃もしてこない」
とても信じられなかったが、現にスライムは大人しいままだ。
ゼインはスライムを持ったままリザードの尾まで走ると、その身体に飛び乗る。そのまま背を走り抜け、首元にまで近づいた。
彼は何をするつもりなんだ?
ゼインはスライムにスキルを使い始める。
準備は全て整った。
「今だ!オズモ!リザードにスキルを使え!」
「え?私?というか呼び捨て?」
「小隊長!お願いします!」
「全く何だと言うのだ!」
オズモはリザードを対象にスキルを使う。
リザードの視線がオズモに向いた瞬間、ゼインはリザードの頭上に立つ。
スキルの効力が切れて、ゼインに驚いたリザードが口を開ける。
瞬間、ゼインはその喉元に向かってスライムを放り込んだ。
リザードは反射的にスライムを丸呑みする。
ゼインがリザードの頭から飛び降りたとき、リザードの腹から爆発のような破裂音が何度も響いた。
口から煙が立ちのぼると、リザードは地に倒れた。
一体何が起きたのか?
「ふっ、私のおかげだな」
ドヤ顔するオズモをスルーして、隊員達は喜びあう。
呆然と立ち尽くすルートのもとにゼインが歩み寄る。
「ゼイン、これは…。何をしたんだ?」
「リザードの腹の中でスライムを爆発させたんだよ。幻樹スライムは油に似た粘液を体内に含んでいる。その油の成分と強い酸を合成して、物質粒子を不安定にすると爆発を起こせるんだ。だから、リザードの酸を含む石をスライムに飲み込ませて、俺のスキルでその物質粒子を不安定にさせた。ここまでデカい爆発を起こしたのは初めてだけど」
「本当に助かりました。ゼインがいなければ全滅するところでした。昨日に続いて、ありがとうございます」
ルートはゼインに深々と頭を下げる。
ゼインがルートに声を掛けようとしたとき、リザードの足がピクリと動く。
尾で木を薙ぎ倒しながら再度起き上がった。
「お、おい、嘘だろ…」
激昂したリザードがゼインに襲いかかる。




