第70話 密告 (1)
翌日、俺は武道場の前に配置された。
特に変わったところはなかった。というか、あまり人が通らない。
食堂前ならもっと人は多いのだろうが。
だが、守り人になってみて分かったが、男女交代で食事の時間を設けているようだ。
ちょうどログ達の食事時間とはズレているのか、その姿は確認できなかった。
直接話したかったが、そう上手くはいかないか。
すると、ここに来たばかりと思しき囚人が何人か通った。
周りをキョロキョロと見渡しているからすぐに分かった。隣には同室であろう男もいた。この施設の話を聞いているようだ。
俺も来たばかりの頃は、あんな感じだったのだろうか。
そろそろスタングが食事に来る時間か。
予想通りスタングが俺の傍をゆっくりと通る。
だが、まだ話せることはない。
俺は小さく首を横に振った。
それを見たスタングは俺を素通りして監房地へと戻って行った。
これは俺達が事前に決めていた合図だ。
守り人と囚人が話していればそれだけで怪しまれる。
だから、俺が首を振ったときは共有事項なしとして話さないように決めていた。
俺は監視業務を終え、庶務室に向かった。
他に書類業務をしている守り人は他に一人いるだけだった。
カノーゴやフキはまだ仕事か。
今日は特に書類整理の業務は割り当てられていないが、仕事がある振りでもしよう。
ゼインは不審がられないように資料を取る仕草をしながら棚に目を向ける。
しかし、闘技場や施設構造に関するそれらしいファイルは見当たらない。
だが、施設については正直あまり期待していない。
たとえ守り人であろうと囚人には変わりない。そんな脱獄の隙を与えるような資料が置いてあるとは思えなかったからだ。
「おい!ちょっと確認してほしいんだけど」
「どうした?」
部屋の外から呼び掛けられた守り人が、その男について部屋を出て行った。
運が良い。今なら探し放題だ。
守り人が戻ってこないか注意しながら、机の引き出しや置かれている書類を調べる。
そのとき、立ち去った守り人が座っていた場所に置いてある書類が目に入る。
パラパラと何枚か捲ると、闘技場の過去の組み合わせが載っていた。
もしかして、これか?
ファイルの下にある別の書類には次の闘技場の組み合わせも載っていた。
もう決まっていたのか…!
だが、そこにスタングの名前はなかった。
良かった…。
それに当日の警備体制まで記載されていた。
闘技場の日はかなり警備に人が割かれるようだ。
貴族のような奴らが来るなら当然か。
そのとき、外から話し声が聞こえてきた。
ゼインは慌てて元のページにして部屋を出た。
あとは守り人になって行けるようになった場所を確認しに行くか。
もし何か咎められても新人だからと言い訳がきく。
居住場所と管制室、庶務室以外に行ける廊下は三つ。
左は風呂場への道。ここはそれ以上先に道はない。
残り二つはまだ行ったことがない。
まず真っ直ぐ進んでみる。
薄暗い廊下を進むと守り人が二人と扉があった。
「お前!何をしている!」
マズい。気づかれたか。
「す、すみません。最近守り人になりまして、風呂に行こうとしたら、道を間違えてしまいました」
「風呂はここを戻って、分かれ道を左だ」
「すみません、ありがとうございます。ちなみに、ここは何の扉なんですか?」
「何だ?お前、ここを出たいのか?」
「あ、いや…」
「お前みたいな新入りはよくここに迷い込んでくる。風呂と間違えたってな」
言い訳は通じないか。
だが、思ったより重く捉えられていない。
これなら怪しまれず話を聞けるかもしれない。
「だがな、ここからの脱獄は諦めろ。この扉は鋼鉄でできてるし、幹部の掌紋をかざさないと開かない。一応外には繋がってるらしいが、俺達もここがどこに出るか知らない」
ここもその仕組みなのか。厄介だな。
もう一人の守り人がさらに付け加える。
「それと、分かれ道の右には行くなよ」
「どうしてですか?」
「あっちは幹部達の私室だ。見つかったら殺されるぞ」
「なるほど。ありがとうございます。お邪魔しました」
ゼインは分かれ道まで戻るが、右の道の真偽を確かめる必要はなかった。
そこから幹部の服を着た男がやって来たからだ。
見たことはない男だった。
怪しまれないように会釈をすると、男は俺を一瞥して監房への道を歩いて行った。
俺は部屋に戻るとベッドで横になる。
守り人にはなれたが、ここでの脱出経路の確保は難しそうだ。
そうなると、当初の予定通りの場所から出ることになるだろう。
作戦も考えてあるし、闘技場の日は警備がそちらにも人が割かれる。
つまり、より脱出しやすい状況になる。
スタングが選ばれていないなら、その日を決行日にするで問題なさそうだ。
交流会まで時間もない。
それに早くこんな所から出たい。
俺は今朝の監視業務のときに採ったグリートリーフに脱出日と作戦について記す。
明日これを置いておけば、ログにも伝わるはずだ。
◆
翌日、同じように監視業務をしていると、食事を終えたスタングがやってくる。
「うわっと…!」
スタングは俺の前で倒れ込み、動かなくなる。
俺は不自然にならないように手を差し伸べる。
「おい、大丈夫か」
心配する振りをして、俺はスタングの耳元で小さく端的に話した。
「おっさんは賭け試合に呼ばれない。試合は三日後だ。そのときに脱出する。グリートリーフには書いてある」
「分かった」
スタングはよろめきながら立ち上がる。
そして、ひらひらと手を振る。
「すまんな、最近貧血気味でよ」
「気をつけて歩け」
「はいはい」
そのやり取りを見ていたカノーゴ。
端から見ると、不審な点はない。
だが、昨日ゼインは庶務室で何か調べ物をしていた。それに不自然に施設を歩き回っていた。
あれはただの好奇心というわけではない。確実にアイツは何か企んでいる。
カノーゴは庶務室で囚人達に関する書類を調べる。
すると、ゼインと話していた男が元同室者だと記されていた。
書類をしまうと、エンキの姿を探す。
廊下で他の守り人との話しをしているのを見つける。
ちょうど話が終わったところのようだった。
「エンキ様、お耳に入れておきたいことが」
「何だ」
カノーゴはエンキの耳元で調べたことを囁く。
「何だと?」
◆
エンキはスタングが住まう牢檻へと真っ直ぐ向かう。
鍵を開けると、その部屋へと入る。
「な、何ですか?急に」
突然の来訪者にスタングは明らかに目が泳いでいた。
幹部が雑談をしに監房に来るなんてありえない。
少なくとも何かしらの疑いが向けられていると察しがついた。
エンキはスタングを壁に押し当てる。
「これからの問答次第ではお前は命を落とすことになる。正直に答えろ」
エンキの圧にスタングは思わず生唾を飲み込む。
「お前はゼインと共に脱獄を企んでいるな?」




