第7話 迷宮の森 (2)
「うっ…」
ルートはゆっくりと目を開ける。
身体を起こすと、オズモと隊員達が横たわっていた。全員、息はある。気を失っているだけのようだ。
どれくらい倒れていたのだろうか。
ここは洞窟の中か。
入口の方を見ると岩盤で塞がれていて、外の様子は全く分からなかった。
しかし、洞窟内はやけに明るい。
各所に淡い光を放つ石のような物を置いているようだ。
洞窟の奥には少年が背を向けて座っていた。
「やっと起きたか」
少年はルートが起きたことに気づいて立ち上がる。
彼が介抱してくれたのだろうか。
「あんた達、運が良かったな。たまたま俺がいたから良かったが」
「私達はどうして…」
「毒にやられたんだろ。そのまま倒れていたら魔物達のエサになっていただろうな」
「どれくらい眠っていたか分かりますか?」
「一時間くらいじゃないか?」
倒れてからそこまで時間は経っていないことに安堵する。
「君が助けてくれたんですよね?」
「薬の知識は多少あるんでね。全くこんな時間にいい迷惑だ」
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「出口を教えてもらうためだ」
次第に隊員達全員が目を覚ます。
「天女が川の向こうで私を待ってくれていたのに、気づいたら何故か洞窟の中に…!」
「小隊長、それ死にかけてただけですよ」
目覚めて早々オズモはいつもの調子だった。
ルートは状況を整理するため、少年に事情を聞く。
「私達は魔物の討伐をするために、この森に入りました。君の名前を教えてくれませんか?」
「ゼインだ」
やはり彼が行方不明になった少年に間違いない。
「私はルートと言います。ゼインはずっとこの洞窟に?」
「ああ」
「この森には一人で来たのか?ここは一度入れば出るのが困難だと知っているだろう?」
オズモがゼインに尋ねる。
見たところ彼は十二歳くらいだろうか。
年端もいかない少年が、一人で立ち入るとは考えにくいとオズモも感じたのだろう。
「俺だって好きで入ったわけじゃない。連れが入るのについてきただけだ」
「その連れの方は?」
「死んだよ」
「…そうでしたか」
顔を背け話す少年の様子からして、よほどのことがあったのだろう。
あまり詮索すべきではないか。
しかし、これでゼインの事情は把握できた。
後は、こちら側の問題を整理しなければならない。
ルートはオズモに向き直る。
「小隊長、我々は早急に騎士団に戻る必要があると思います。恐らく携帯食に毒を仕込んだのはフルータル団長です」
オズモの眉がピクリと動く。
「団長が?そんなことをして何の意味があるというのだ?」
「レスタード家、ノザノ小隊長、そしてオズモ小隊長のトロイアス家。どなたも保守派側ですよね?」
「なるほどな…」
オズモはルートが何を言いたかったのかを理解する。
今、タオウは隣国であるロムレスに戦争を仕掛けるかどうかで派閥が分かれている。
大きくは開戦派と保守派だ。
団長が毒を仕込んでいたとすれば、実力のあるノザノやマフィ小隊が戻らないこと、この任務にオズモ小隊を担当させたことにも合点がいく。
全員を亡き者にし、開戦派の思惑通りに事を進めるただったということか。
「フルータル団長は開戦派なのか…しかし、本当に…」
「ゼインも保護しましたし、ひとまず早く森を離れるべきかと。真相は騎士団に戻ってから団長に聞くしかありません」
「いいだろう」
オズモはルートの提案を承諾した。
しかし、立ち上がった瞬間、オズモは激しい目眩に襲われる。
「全く酒に酔いしれたような気分だ」
「小隊長、それはただふらついているだけです」
ゼインは倒れ込むオズモの容態を確認する。
「毒の成分が残っているんだろう。今日は安静にした方がいい。こんな状態で魔物と遭遇したら、全滅だってありえる」
ゼインの言う通り、この状態で森を出るのはリスクが高い。
ルートはオズモに代わって兵士らに指示を出す。
「今日はここで休んで、明日の朝騎士団に戻ります」
「はっ!」
体調が比較的回復していたルートが最初に見張りを担当した。
ゼインはまだ起きて、木板に何か物を並べてはノートにメモをしていた。
静かな洞窟だ。天井から滴る水滴の音すら大きく聞こえる。
ルートは洞窟の入口に近づき、岩壁に手を伸ばす。
「そういえば、この壁は一体どうやって…」
「触るな!」
ゼインが大声を出す。
咄嗟にルートは手を引っ込めた。
「す、すみません」
「あ、いや、その迷彩液は力が加わると剥がれるんだ。また塗り直すのが面倒だから、出るとき以外は触るな」
そういえばオズモが手を伸ばしただけで、ドロドロと剥がれ落ちたことを思い出す。
「分かりました。これもゼインが?」
「ああ、これはスライムとスパイダーの糸、変身トカゲの鱗に削った石を加えて調合した物だ」
「…凄いですね。それが君の能力ですか?」
「俺は素材同士の結合や分離をすることができる。これもその一つだ」
ゼインは地面に置かれた光源を拾いあげる。まるで光る小さなスライムのようだ。
これも彼が作ったのか。
「これは何を調合したんですか?」
「ヤコウダケとスライムを調合させた。この森にもヤコウダケがあって、どうして光っているかずっと気になっていたんだが、ヤコウダケの中にある光る源となる成分は、夜になるにつれて増えていくことが分かったんだ。ただ充分な光を浴びないと、この成分は光を放たない。だから、満月の日だけヤコウダケは光る。だから、その光る成分を抽出したものを合わせて、スライムの中に閉じ込めてから、陽の光を浴びせれば、これだけ光を維持することができる」
目を輝かせながら早口で捲し立てるゼインの勢いに気圧されるルート。
楽しそうに話す様子は年相応の少年に感じて、微笑ましく思った。
元々こうして誰かと話すのが好きだった少年だったのだろう。
彼が木板に並べていたのは、素材の研究だったのか。
それから見張りを交代するまで、ゼインの行ってきた研究の話を聞いていた。
◆
翌朝、準備を整えると洞窟を出る。
ゼインが力を加えると、昨日と同じように石の幕が剥がれていった。
柔らかい日差しと澄んだ空気に開放的な気分になる。
しかし、その光を遮るように空に大きな何かが覆い被さる。
「お…おい…」
「なんだこれは…」
そこには全長十メートルはある大きなリザードが待ち構えていた。




