第6話 迷宮の森 (1)
フルータル団長の命を受け、オズモは小隊を連れて、迷宮の森を訪れていた。
「おや、ラビッタがこの私を出迎えてくれているようだ」
「小隊長、あれは威嚇です」
攻撃を仕掛けてくる小さい魔物を隊員達で処理する。
副隊長であるルートは密かに溜め息をつく。
オズモは街を出てから終始この調子だった。
家柄が良い彼が、このような任務を受けること自体稀だった。
「メイジ、そこの木に傷を」
ルートがメイジに指示する。
メイジは頷くと、木の幹に一本線をつける。
「小隊長、目的地はどの辺りなのですか?」
ルートはオズモに尋ねる。
オズモはフルータルとの会話を思い返す。
◆
「いや、もう既に二度小隊を向かわせたが、誰一人帰ってこないんだ」
「なんですって?」
予想外の答えだった。
小隊は六人で構成される。
その全員が戻ってきてないということか。
「元々の任務は単なる迷い人の捜索だった」
フルータルはオズモに依頼書を見せる。
読むと、行方不明になった弟を探してほしい、といった内容だった。
「だから、マフィ小隊を向かわせたが、誰一人戻ってこなかった」
マフィはオズモと同じく古くから続く名家の一つ、レスタード家の長男だ。
最近昇格し、隊を任されるようになったと聞いていた。
「何かあったのかと思い、念の為ノザノ小隊を向かわせたんだが、彼らまで戻ってこなかった」
「誰も戻らないなんてことが…」
「向かった場所が迷宮の森というものある」
「迷宮の森…ですって?」
迷宮の森はタオウ国の傍にある魔境の一つだ。
一度入れば抜け出せないと言われた森で、好んで足を踏み入れる者はいない。
しかし、小隊だってそれも分かっているはずだ。
脱出方法も用意していただろう。
それに小隊が全滅すると判断した場合には、騎士団に報告するため撤退するように指導されている。
さらに、ノザノは騎士団でもトップクラスの剣術使いだ。
その彼が、それすらできなかったということは…。
「それほど強い魔物がいるのですか?」
「分からん…だが、思ったより厄介な敵がいるのかもしれない」
フルータルは悔やしそうな表情を浮かべる。
「迷宮の森付近で人を襲う魔物が現れたという報告もある。結果的に、南門からの通行者数が減りつつある。だからこそ、オズモ。君の腕を買ってこの任務を任せたい」
「…承知しました」
そうまで言われて引き下がるわけにはいかない。
オズモは団長に頭を下げると、部屋を下がった。
◆
「分からない。団長からは、前任者のマフィとノザノ小隊は誰も戻ってこなかったと聞いている」
隊員達の雰囲気が変わる。任務の難易度を理解したのだろう。
「それと今回の任務は、あくまで魔物の討伐だ。少年の捜索も二の次だ」
つまり、フルータル団長はマフィやノザノ、行方不明になった少年も魔物に殺されたと考えているのだろう。
確かにそれほど強い魔物がいる森で何日も過ごせるとは考えにくい。
「安心したまえ。この私がいるんだ。大海原に乗った気持ちでいるといい」
「小隊長、それでは海に沈んでしまいます」
オズモは楽観的に考えているようだが、彼のスキルは戦闘向きではない。それに彼はノザノより実力も劣る。
ルート自身の能力も含めて、オズモ小隊はどちらかというと偵察向きの部隊だ。
少年の捜索が目的でないのであれば、フルータル団長は何故ノザノ小隊の任務をオズモ小隊に引き継がせたのだろうか。
緊張感が漂う中、森をさらに進む。
時折、メイジは木に印をつけていく。
ルートはスキルを使い、周囲を索敵する。
しかし、いるのはスライムやラビッタのような小さい魔物ばかりで、ノザノ小隊長を苦しめるような魔物は見当たらなかった。
「小隊長!」
「どうした」
メイジのもとに皆が集まる。
傍にある樹木には最近つけられたと思われる十字傷があった。
マフィやノザノ達と同じ道を辿っているようだ。
日が落ち始めたので、今日の探索は諦め、また明日改めることになった。
休めるような大木や洞窟が見当たらなかったので、岩壁を背に休む。
夕闇が広がる空に焚べた火がパチパチと燃えて散る。
木の傷は何個か見つかったが、結局魔物や小隊の行方は分からずじまいだった。
携帯食を食べ終えると、交代で見張りをする。
最初はオズモとルートで担当することにした。
「小隊長、この任務、些か疑問があります」
「疑問?」
「ノザノ小隊長がこの森にいるような魔物に倒されるとは思えません」
「それは確かにそうだが彼も人間だ。ミスの一つや二つあるだろう。私はそんなミス犯さないが」
普段であれば、オズモの言動に反応するところだが、今はそんな余裕はない。
露骨なポーズで今か今かと待っているがスルーさせてもらう。
迷宮の森には基本的に小さい魔物しかいない。
エサとなる人間が来ないからだ。
にもかかわらず、誰も帰還しなかった。
そして、抜擢されたマフィ、ノザノ、オズモに共通する点。
ルートはある一つの考えが頭に浮かんでいた。
違っていて欲しいと願いたいが、嫌な胸騒ぎがする。
早急に騎士団に戻る必要がある。
「ん?」
オズモは岩壁に預けた身体をすぐさま起こした。
「どうしました?小隊長」
「いや、この岩、何か違和感が…」
オズモは立ち上がると岩壁に触れる。
やはり何か材質が違う。
岩より硬くないうえに、少し弾力があった。
ゆっくりと壁を押すと、ドロドロとした幕が剥がれていった。
その中には広々とした洞窟が広がっており、奥の方は何故か少し明るかった。
あれは火とは違う。まるで照明のような光り方だ。
そこには木板を並べて座る子どもが一人座っていた。
「誰だ、お前ら」
少年は落ち着いた口調で尋ねてきた。
よく見ると何か小瓶をいくつか並べている。
様子からして、昨日今日ここに来たわけではなさそうだ。
「どうして子どもがこんな所に…」
「まさか彼が行方不明になった少年か?」
「あんた達、出口は知っているのか?」
生意気な少年だと感じる。だが、ちょうどいい。
騎士団に戻る口実ができた。
「え、ええ。小隊長、明日彼を連れて騎士団まで戻り…」
ルートはそう告げた途端に倒れる。
「ルート、どうし…た…」
オズモの視界が宙を舞うようにぐるりと回る。
洞窟のひんやりとした感触が伝わってきた。
少年が慌てて、こちらに駆け寄ってくる。
「おい!」
少年がそう言ったのを聞いた後、オズモの意識は途絶えた。




