第41話 時間稼ぎ
建物を走り渡る影にもう一つの影が並ぶ。
「そっちはどうだ?」
「問題ないよ。タオウの連中は全員王都に入った」
「よし、あとはこのお姫様を連れていけばいいだけだな」
「薬はあとどのくらいもつの?」
「二時間くらいは大丈夫なはずだ」
二人は外壁を越え、王都から離れる。
森に囲まれた道をひた走る。ここならこの目立つ赤髪も木が隠してくれるだろう。
身体の振動に気づく。
ここはどこ…?
話し声が聞こえる。
誰かに担がれてる?
ゆっくり目を開けると、森の中の一本道を進んでいるのが分かった。遠方にはロムレスの城が見える。
方角的にここは南の森かしら。
そうか、私は攫われたのね。
視線だけ動かすと、私を担いでる男の隣でもう一人走る背中が見えた。
相手は二人。
それならどうにかなるかもしれない。
これ以上、王都から離される前に倒さないと。
ホムラは男のフードに視点を合わせる。
黒焔眼!
男のフードに黒い炎が燃え広がる。
炎に気づいた男は急いでフードを脱ぎ去る。その間にホムラは男から離れる。
「おいおい、かなり強い薬を使ったはずだぜ?なんでもう起きてんだよ」
「残念ね。昔から毒には多少慣らされているの」
この子達が私を攫ったの?
思ったより幼い。同い年くらいかもしれない。
それにこの二人の顔がそっくり。兄妹なのかしら。
「あなた達は誰!?どういうつもりなの?」
「どういうつもり?そんなの分かるだろ?うちのボスがお前の能力を欲しいんだってよ」
やっぱり狙いは私のスキル。
ボスってことは、どこかの組織に属してるってことね。
少年が脱ぎ捨てたフードは灰になり、跡形もなく燃え尽きていた。
腕は疼いているが、まだ耐えられる。
でも、薬のせいか身体全体が重たい。戦闘はできるだけ避けたい。
こうなったら…。
ホムラは二人がいる地面に向かって黒炎を放つ。しかし、タイミングよく避けられてしまった。
でも、これで道を塞ぐことができた。飛び越えようとすれば、黒炎が身体に移る。黒炎を避けるなら森に入って迂回するしかない。
これで多少は足止めになるはず…!
ホムラは王都に戻る道を走り始める。
瞬間、頬を鋭利な何かが切り裂いた。
え…?
振り返ると、少女は空中に浮き、少年は氷の翼を広げていた。
この二人、スキル能力者!
「ミルル、殺さないようにしろよ?」
「ルルフに言われなくても分かってる。次は足を狙う。風刃波!」
ミルルは風の刃を作り上げ、こちらに投げ飛ばしてくる。
ルルフは氷の剣を瞬時に作ると、こちらに向かってくる。
風の刃をどうにか避けつつ、ルルフに視点を合わせようとするが、左右に素早く動くので焦点が合わない。
「お前のスキルはネタが割れてんだよ!視線で狙いがバレバレだ!当たらないようにするなんて簡単だ!」
避けようと後ろに飛び退いた拍子に尻餅をつく。
まだ身体が…!
しかし、幸運にもそのおかげでルルフの斬撃は腕を掠った程度で済んだ。
剣を振った今なら、避けられないはず。
黒焔眼!
ルルフはすぐさま氷の盾をかざす。黒炎は盾に防がれ、無傷に終わった。
「へえ、スキルで作った氷も溶かせるのか。ボスが欲しがるわけだ」
氷の盾…。
あれで視界を防がれると、私の攻撃が届かない。
もう氷の盾を生成している。
私は普段訓練もしてないし、戦い慣れてない。
スキル保持者二人を相手にするのはかなり厳しい。そのうえ能力もバレている。
何か別の手は…そうだ!
黒焔眼!
ルルフは左側に軽やかに跳ぶ。
「危ねえ。少しでも止まると黒炎の餌食ってことか」
避けられるのは想定内。
私の狙いは彼の背後に立つ木を燃やすこと。
城の人達がこの炎に気がつけば、助けに来てくれるかもしれない。
「そうやって油断してるからルルフはダメなんだよ」
「ダメってなんだよ!」
「ダメダメでしょ。眠り姫はこうして起きちゃったわけだし」
ミルルがこちらを睨みつける。
そのまま二人でお喋りしててくれればよかったのに。
そんなに都合良くいかないか。
「まだ質問に答えてないわよ!あなた達は誰なの!?」
再び攻撃を仕掛けられないように、どうにか時間を稼がないと。
「ああ、そういやそうだっけか。俺らはハクエイのもんだよ」
「ハクエイ?ハクエイって、あの?」
「へえ、引き篭もりのお姫様でも俺らのこと知ってんのか」
知らないはずがない。
裏社会を支配する組織はハクエイだと聞いたことがある。しかも組織にいる人間の殆どがスキル保持者で、その中でも実力の高い上位十人を使者と呼ぶそうだ。
もし使者に遭遇したら、戦わず逃げるようにとチェイズに教えられた。
幼い頃、レイム兄様を襲ったのもハクエイの人間だったらしい。
「俺はハクエイの第十の使者ルルフ。あっちは妹のミルルだ」
この子がそのハクエイの使者。
ハクエイの使者がどうしてロムレスに…。
そういえばレイム兄様がタオウの戦力でロムレスに進軍するのは変だって言ってた。
ハクエイはお金さえ積めばどんな仕事でも請け負う。
まさか…。
「あなた達、タオウに頼まれてロムレスに攻めてきたのね!」
「ご名答。ついでに俺らは俺らで組織としての仕事を遂行中ってわけ。ロムレス進軍への加勢は別にいるよ」
組織としての仕事、それが私を連れ去るってことね。
「ルルフ、喋りすぎ。そんなだから、いつまでも十位なんだよ」
「なんだと!?お前は使者に選ばれてもないだろ!」
ミルルはルルフの尻を蹴飛ばす。
「私がルルフのために尽くしてあげたの忘れないで。今日のおやつも忘れないで」
「分かってるよ。このお姫様を連れていけば褒美がもらえるだろ。その金でたらふく食おうぜ。さあ、続きといこうか」
このままだと捕まるのも時間の問題。
でも、ここで諦めたら皆と二度と会えなくなる。
どんな醜態を晒そうとも諦めるわけにはいかない。
ルルフは氷の盾を前に押し出しながら迫りくる。
黒焔眼!
氷の盾を溶かした瞬間、ホムラは靴を脱ぐ。そのままルルフに投げ飛ばし、靴に向かって黒炎を放つ。
腕に激痛が走る。腕の火傷の範囲が広がってきていた。
「風縛渦!」
風の渦が靴を吸引し、ルルフに当たる直前で防がれてしまった。
まだまだ!
ホムラはミルルに向かってもう片方の靴をミルルに向かって投げる。
このタイミングなら当たる!
「ミルル!」
「衝風壁!」
しかし、不意をついたはずなのに、これも彼女の周囲を覆う風の壁によって防がれてしまった。
くっ…もう打つ手がない。
ホムラは王都に続く道を再び走り出す。
土で汚れた足、破れたドレス、不格好な姿になってでも私は城に帰りたい。
誰か…!誰か…!
ミルルの風刃波がホムラの足に当たり、地面に倒れ込む。
「ああぁぁああぁ」
痛みで足先の感覚がない。
振り返ると、左足が切断されていた。
「お姫様がみっともねえぞ!」
氷の剣と盾を持ったルルフが襲い掛かる。
ここまでか…。
「ホムラ!」
「ホムラ様!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、視界が滲む。
「ゼイン様!チェイズ!」




