第40話 想い (2)
姫様は失意の底に沈んでいた。
彼女から笑顔は消え、自室に籠もってずっと泣いていた。
「失礼します。姫様、少しは食事を召し上がった方が…」
「出てって」
「しかし…」
「出てってよ!」
彼女に何と声を掛けたらいいか分からなかった。
今まで傍にいたのに、部屋の前で彼女の泣く声を聞いていることしかできなかった。
これほどまでに己の非力さを感じたことはない。
お傍を守る役目を全うすることしか頭になかった。
だから、こんなとき何の言葉も出てこないのだろうか。
数日後、タオウで蔓延する感染症はロムレスの仕業だという報告が入ってきた。タオウを貶め、自国の領土を広げようと考えているといった、内容だった。
ロムレスの国王や殿下方の会話を聞いたこともあるが、こんな姑息な真似をするとは思えなかった。
しかし、姫様はその話を聞いて態度が一変した。
「ロムレスの奴らがユノイを殺した…絶対に許さない!」
姫様は躍起になって開戦準備を進めた。そうでもしないと生きていけないような、そんな危うさを感じさせた。
それでも俺には与えることのできなかった生きる目的を得たのだ。理由はどうあれ、その姿を見て安堵する自分がいた。
いずれ彼女はタオウ国の王となり、別の御人と添い遂げることになる。
それまでは俺が彼女を支える。
今まで彼女のことを想い、寄り添おうとしないようにしてきた。してはいけないと思っていた。
ただ姫様が幸せであってくれればそれで良かったから。
立場も身分も違う。それに姫様には支えてくれるユノイ様がいた。
しかし、そのユノイ様がいなくなった。今、彼女を支えられるのは俺しかいない。
たとえ彼女がどんな道を進もうと、俺は共に歩み、支えていく。
この命に代えても。
◆
リューズは槍を構えると再び水像を作り上げる。しかし、すぐさま攻撃に移らず、レイムを囲うように位置取る。
距離を取られると一人ずつ倒しにいかなければならない。そうなれば他二人に背後を取られる。
動けないな。
だが、リューズ殿の武器も槍である以上、必ず距離を詰めてくるはずだ。
槍の周囲を波状の水が渦巻く。リューズは三人同時に強く地面を踏み込み、突進する。
「水槍陣!」
三方向からの攻撃、これなら避けれないはずだ!
包囲されたレイムはリューズの技を見極める。
避けきるのも、拳での相殺も無理だな。
それなら…。
レイムは両手を地につける。
「熱波煌煌!」
両手を中心に炎が入り混じった熱波を四方に放散させる。
水像は蒸発し、リューズの両腕は高温で焼けたように痛みが走った。
腕に上手く力が入らず、槍を落としてしまう。
拾おうとしたとき、無防備な右頬に強烈な一撃を食らう。
「ぐあっ…!」
レイムがメイランに向かって一気に距離を詰める。
リューズの技でもダメージがないなんて。
メイランは迎撃するために、水でできた狼を五体作り出す。
「蒼鋭狼牙!」
レイムを追いかけるように水狼が飛びかかる。
追尾するのか。まるで本物のウルフのようだな。
だが、噛みつく水狼を物ともせず、レイムは拳で叩き潰した。
そんな…!こちらの技が悉く破られる。
スキルのレベルが違いすぎる。いや、そんなことは分かっていた。
だから奥の手を用意していたのに、どこに行ったの!
メイランに迫るレイムの前をリューズが立ち塞ぐ。
息も荒く、槍も上手く持てていない。
もう満身創痍だろう。立っているのもやっとなはずだ。
だが、俺もロムレスを守るために全力でやらせてもらう。
容赦なくリューズの腹を殴り、壁まで吹っ飛ばす。
リューズがやられた。もう私しかいない。
こんな奴に手も足も出ないなんて。私が私を許せない。
メイランは涙を流しながら剣を抜き、水弾と共に突っ込んでくる。
このままこんな奴に負けるくらいなら死んだ方がマシだ!
レイムは大振りの刃を避けると、水弾を片手で払い除ける。
メイランの懐に走り込み、腹部を殴打する。
「うぐっ!」
「まだ続けるか?」
「ま…まだだ…絶対にお前は許さない…」
気絶しないように手加減したが、まだ諦めないか。
彼女の口から降参と言ってくれれば、終わりにできたのだが。仕方ない。
リューズはよろめきながらメイランの前に再び立ち塞がる。
まだ立てるのか。なんてしぶとさだ。いや、執念か。
「その心意気は素晴らしいが、これで終わりだ」
レイムは拳を振りかぶると、炎の渦を伴う炎拳を放つ。
「紅蓮撃!」
もう身体が動かない。
せめて…。
リューズはメイランを守るように抱きしめた。
「リューズ!離して!」
「離しません!」
周囲に無音が広がる。
レイムはゆっくりと二人に近づき、気絶していることを確認する。
タオウがロムレスに戦争を仕掛けてきたのは藻毒による感染症が理由だったのか。
もっと早く原因調査に人を向かわせるべきだったか。
いや、タオウが攻め込む話があった以上、国境に兵を向かわせるのは得策ではない。
この戦は避けられなかったか。
むしろこうなるように仕向けられたのか?
これ以上は考えたところで仕方がない。戦は起きてしまったのだから。
しかし、戦力差を考えるとタオウは他国に協力でも仰ぐ可能性もあるかと思ったが、そういった様子もなかったな。
ひとまず二人を拘束して、ハクトの手伝いに行くか。
そのとき、ガラスの割れた破片を踏みつける音がした。
「お、何だよ。もう終わっちまったのか?」
黒いコートを着た銀髪の男が、にやけながらこちらに歩み寄ってきた。
「誰だ、貴様」




