第38話 捜索
ハクトはログ達と別れ、最短で城の屋上に駆け登る。
あそこか。
竜が今も東の塔を鉤爪で叩き壊し、尾で官舎を破壊している。
ここからだと距離が遠い。
屋根伝いに走っていると、竜がこちらを視認した。
射程範囲に入ったタイミングで、ハクトは剣を抜く。すぐさま左から迫る竜の手に剣を振るう。
切り落とされた手に激昂した竜が火球を放とうとしたとき、その首元に飛び込み、目に見えないほどの剣速でその首を切り裂いた。
絶命した竜を見下ろすハクト。
これでここは大丈夫だ。
高所に飛び移り、周りを見渡す。
北の空から竜の群れが王都に向かって飛んでくるのが小さく見えた。
街には既に竜が十体以上飛び回っている。
何でこんなに集まってくるんだ。
観察していると、竜の中には上手く飛行できていなかったり、自傷してまで建物を砕いている個体もいた。
まるで錯乱しているようだ。
竜は元々かしこい魔物だ。縄張り意識が高く、人里に降りてくることはほとんどないし、我を失ってまで人を襲うことはないはずだ。
まさか誰かがスキルを使って竜を操っているのか?
もしそうなら街全体を把握できる位置、例えばどこか高い場所にいる可能性もある。
竜を操っている奴がいないか探すか。
ハクトは竜を始末ながら、怪しい人物を探し始めた。
◆
ゼインはホムラの姿を探しながら建物を渡り走る。
しかし、どこにも赤髪を持つ姿は見当たらない。
ホムラの笑顔が脳裏に浮かぶ。
くそっ!どこに行った!
進む方向を決めかねるゼイン。一度足を止め、四方を見渡す。
まだそこまで遠くには行ってないはずだ。
だが、以前会った情報屋のような空間を移動する能力者の仕業であれば、探すのはかなり難しい。
最悪なことばかりが頭に次々と浮かぶ。
そのとき、ふと街の様子が視界に映る。
昼間とは違う喧騒が広がっていた。
あちこちでロムレスとタオウの兵士による争いを繰り広げていた。
傍の道の中央を走る兵士がいたが、ロムレスの人間ではないようだ。腕にロムレスとは違う紋章がつけられていた。
道の端や露店の裏に隠れて、敵兵に怯えるロムレスの市民もいた。
そのとき敵兵の中に見知った顔が目に入る。
「ルートさん!」
「ゼイン!」
ゼインに気づくと、ルートは足を止める。
ルートがいるということは、やはりタオウが攻め込んできたのか。
二人の間を割って入るように、決めポーズをする男が滑り込んできた。
その鳥のような独特なポーズは何なんだ。
「おや、ゼインくん。私のことを忘れてないか?」
「あ、えーっと、誰だっけ?」
「オズモだよ!共に生死を乗り越えた仲じゃないか!」
「冗談だよ。その動きの煩さは、そう簡単に忘れられない」
そうだ、久しぶりの再会を喜んでる場合じゃなかった。
藁をも縋る思いで、ゼインはルートに視線を戻す。
「ルートさんのスキルでホムラの居場所分かりませんか?誰かに連れ去られたので探してるんです」
即答してくれると思ったが、ルートは意外にも何も答えなかった。
隊列の先頭に立っていた男が剣を携え、こちらに歩み寄ってくるのに気づく。
何だ?何か雰囲気が…。
「待ってください、フルータル団長。旧知の中ではありますが容赦はしません。ここは私が止めますので、先に行ってください」
フルータルって確か、ロムレスと開戦させるためにオズモ達を迷宮の森に行くように言った男が、そんな名前だった。
フルータルはルートの表情を見定めるように睨みつける。
数秒の後、剣をしまうと背を向けた。
「早くそんなガキ始末して合流しろ。オズモ、ルートに加勢しろ。オズモの担当兵はここに残れ」
「はっ!」
フルータルは残る兵士に耳打ちをした後、他の兵士らを連れて行った。
オズモ隊長の担当兵を残した。それは完全に私を信用していないことを意味している。部下の前で背信行為はしないよな、と試されているのだ。
万が一、背信行為を働いても部下に私を殺させる算段だろう。さすがに鍛えられた兵士三人を相手では私も生き残れない。
「オズモ隊長、私はゼインに恩義があります。だから…」
「大丈夫だ、分かっている」
オズモも同じ気持ちのようだ。こういうときは心強い。
ルートは剣先をゼインに向ける。
「ルートさん?始末って何?俺のこと?」
「ゼイン、申し訳ないが私達にも事情がある。ここで終わりにします」
まさか本当に戦うのか?
ルートはゼインに突進すると、刀を大きく振りかぶる。
その一振りを避けると、ゼインも剣を抜き、雷を纏わせる。
オズモは戦う気がないのか、ゼインの周囲を剣舞を踊っている。気が散るな。
ルートのスキルの力を借りれないなら、ここに留まる必要はない。
一刻も早くホムラを探しに行かないと。
「オズモ隊長!」
ルートの合図でオズモはスキルを使用する。
しまった。
オズモが周囲を舞っていたのはこのためか。
強制的に一秒間オズモに目を奪われる。
スキルの効力が切れたとき、ルートの刃が迫ってきていた。
どうにか剣で受けると、ルートが剣を抑える力を少し抜いた。
ゼインにしか聞こえないくらいの小声でルートが話し始める。
「ゼイン、このまま聞いてください。私達はタオウの兵士としてここに来ています。君は今、形はどうあれロムレスの民として認識されています。君のためにスキルを使うと、私達は国賊として扱われてしまうのです」
「だから、戦えってことでしょ?」
「いえ、そうではありません。こうして戦ってるふりさえしてもらえれば大丈夫です」
ルートは集中するために目を閉じてスキルを使う。
この街中から、特定の人間を探し出すのはかなり難しい。
だが、ロムレスの王女、ホムラ様はかなり目立つ。
攫われているのであれば、眠らされている可能性が高い。
人を抱えながら、街の外に逃げようとしている人に絞れば…。
ルートのスキルの強みは自身がイメージした内容を脳内でフィルターを掛けることができることだ。
スキル使用範囲は狭いものの、それをカバーして余りある力だった。
「南西四七〇メートルに国を出ようとしてるフードを被った人がいます。その人がホムラ様を抱えているようです」
「あ、ありがとうございます…!」
「いえ、命の恩人の頼みですから。お気をつけて」
ゼインは周りにいるタオウの兵士らに気づかれないように小さく頷いた。
後ろに飛び退くと、軽快に建物を登り、その場を離れた。
少し会わない間に大人っぽくなった気がする。
きっといい出会いがあったんでしょうね。
オズモがドヤ顔で決めポーズを見せつけてくる。これは自分に酔いしれているときのバージョンか。
「ルート、私のスキルが役に立っただろ?」
「ええ、助かりました。素晴らしい演技でした」
「演技?」
「え?」
「ん?」
「…いえ、何でもありません。フルータル団長のもとへ戻りましょう」
もしかして本当にスキルを使ったのか。
危うくゼインを斬るところだった。
今度からオズモ隊長の言葉は真に受けず、事前にこれからすることをきちんと伝えようと心に決めるルートだった。




