第36話 建国祭開幕
建国祭。
年に一度ロムレスの建国を祝う行事で、王都では五日間お祭りムードに包まれるらしい。
今年は四百年という節目の年ということもあり、街も含めて活気に溢れていた。
メインストリートは露店で埋め尽くされ、既に盛況な様子だ。
露店では様々な品物が売られていると聞いている。
こういう祭りでは面白い物があるかもしれないし、覗きに行ってみたい。
というか、これだけ大きな祭りに行ったことがないから、単純に行ってみたかった。
「露店見に行きたいなー」
ゼインが本心をぼそっと口に出す。
「ダメだよ。レイムさんからホムラの警護頼まれたの忘れたの?」
「冗談だよ。忘れてませんよー」
恨めし顔で言うゼイン。
凄い不満そうだ。
建国祭の開始の号令として、正午に国王が祝辞を述べる。
国王が民衆の前に出るとき、その傍らに王族の人達も共に並び立つ慣習になっているらしい。
無論、それはホムラも例外ではない。
ホムラを襲撃しようとした黒幕も捕まっていないため、兵士らは厳戒態勢で臨んでいた。
警護を頼まれたゼインがホムラの傍を離れるのは当然許されない。
僕は完全記憶のスキルを用いて、怪しい人物がいれば記憶する名目のもと、ゼインと共にいることを許された。
シリルはしれっとこの場に紛れ込んでいるが、特に誰にも咎められていない。国王妃がキャトリアを飼っているから、兵士達も害がない存在としてみなしているのかもしれない。
控えの間に国王と妃が姿を見せると、全員敬礼をするので、ゼイン達も倣って同じ仕草をした。
国王は身体つきは良いが、背中を丸めて杖をついているので、見た目より弱々しく見えた。顎からもみあげまで伸びた髭も白髪混じりだ。
健康だった頃は、精力的にこの国をまとめあげた人らしいが、近頃は病に伏せっているらしく、表舞台に立つことはあまりなくなったそうだ。
国王妃も付きっきりで看病しているらしい。
不治の病ではないらしいが、歩くだけでも息切れが起きるため、執務もままならないと聞いた。
今ではほとんどの仕事をレイムやハクトに任せているらしい。
近いうちレイムに国王の座を譲るだろうと言われてる。
そんな事情を持つ国王も今回は身体を押してでも出席すべき行事ということだろう。
国王はレイムに杖を渡すと、よろめく足取りでバルコニーに出た。
城の庭には国王の声を聞きたい見物人達が集まっていた。
「ロムレスの皆!久方ぶりであるが、健やかな日々を送れていただろうか?皆と共にこの祝いの時を過ごせることを心から嬉しく思う。この日を迎えることができたのも、皆だけでなく生前、このロムレスのために尽くしてくれた人々がいるからに他ならない。今までの全ての民の功績を労い、そして、これからのロムレスの繁栄を願い、この記念すべき祭りを思う存分堪能しようではないか!」
国王の言葉に民衆は沸き立つ。
挨拶を終えた国王は部屋の中に姿を戻す。
「お役目、ご立派でした」
そう言いながら、妃が国王の身体を支えた。
レイムから杖を受け取ると、即座に自室へと戻って行った。
容態はかなり悪いようだ。息が荒く、まともに立っていられていない。
死期が近いなとゼインは察した。
◆
夜になると城内の大広間へと場所を移し、貴族らのパーティーが開かれる。
ホムラが表舞台に出るのはこのパーティーまでだ。
元々はパーティー前に教会で国歌演奏を聴いた後、次期国王であるレイムからの挨拶があるはずだったらしい。
あの教会は建国当初に建てられたもので、今は老朽化に伴い、教会としては使用せず、平和の象徴として建国祭の日だけ使用されているそうだ。
だが、それもホムラが教会で襲撃されたため急遽取りやめになった。
代わりにパーティー中に演奏をするように変更になった。
このパーティーを乗り越えれば、明日には街に繰り出したっていいはずだ。
まだ明日は祭り二日目。店仕舞いする所は少ないだろう。
「ゼイン、なんか落ち着きがなくない?」
「い、いや、そんなことない」
まずは役目を果たさなければと思い直す。
その先にヤタガラスも待っているのだから。
パーティー参加者が大広間に続々と姿を現し始める。
「マイロ伯爵!お久しぶりです」
その聞き覚えのある名前に思わず振り返る。
あれがマイロ伯爵か。
強面だし、規則に厳しそうなおっさんだな。
マイロ伯爵と目が合い、ゼインは慌てて目を逸らす。
周りを見渡すが警備兵の中にディシーもいた。
扉の前で忙しなく指示をしているのはヤトムか。
レイムとハクト、ホムラの三兄妹が壇上に上がる。ホムラの後ろにはチェイズが控えていた。
疑いのある人物は、偶然か必然かここに揃っていた。
何かあるとしたら、このパーティーか。
国王と妃は姿を現さなかった。
昼間無理をしたせいで、国王の体調が良くないのだろう。
レイムが前に立つと、周りが一斉に静かになった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。今日という日を迎えられたのは、ここにお集まりいただいている皆様のお力もあってのことです」
レイムは手の平を見る仕草をする。
「あ、原稿を見てるだけなのでお気になさらず」
おどけるレイムに会場が笑いに包まれる。
さっきレイムの手の平を見たが、何も書かれていなかった。
だが、たったその一言で重苦しい空気が和んだのが分かった。
「まだ不束者の私ではありますが、この国のためであればどんな努力も惜しみません。どうか、これからも私達と共にロムレスを支えて行きましょう!」
レイムの乾杯の音頭を皮切りに、それぞれ貴族達が歓談を始める。
ホムラはレイムに連れられ、貴族らに挨拶回りをするようだ。
ほとんどの時間を部屋で過ごすので、知らない顔ぶれが多いからだろう。
俺達も一定の距離を保ちながらついていく。公の立場ではないから、近すぎないようにしなければ。
ちらっと見ると、ハクトも他の貴族と話していた。相手の長話に社交辞令の愛想笑いを浮かべていたのは少し面白かった。顔に出すぎだ。
「今のところ大丈夫そうだね」
「そうだな」
ゼインはテーブルに置かれた軽食を摘む。
「ゼイン、はしたないよ」
「だって腹減ったし」
「ゼイン!シリルのも取ってニャ!」
ゼインは生魚を使った料理を渡すと、シリルはあっという間に食べ終えた。
平穏な時間が暫く続いた後、大広間の照明が落とされる。
いつの間にか壇上に立っていたレイムに明かりが向けられる。
「皆様、今宵のパーティーを楽しんでいるでしょうか?今夜は特別に、この広間に楽団を呼んでいます。演奏中、中央ではダンスも是非お楽しみください」
楽団による演奏が始まると、自然と男女がペアを作り、ダンスを始める。
貴族は変なことをするもんだなあ。こんな所で踊ってどうするんだろうか。
皆、どこかで練習したかのように息ぴったりだ。
「ゼ、ゼイン様」
ホムラがいつの間にか傍に来ていた。
「びっくりした。どうした?」
「あの、一曲踊っていただけませんか?」
「え?俺と?」
「はい。ダメ…でしょうか?」
ダメも何も俺はあんな風に踊れない。
村の祝いの場でテキトーに踊ったことがあるだけだ。
「いや、俺、踊れないんだけど」
「大丈夫です。ゼイン様と踊りだけですから」
「ゼイン、踊ってあげたら?」
「本当に踊れないんだって」
「大丈夫です!私がリード致します」
ホムラは全く引く気がないようだ。
「恥かいても知らないぞ?」
「はい!ゼイン様となら恥をかいても構いません!」
俺は恥ずかしい思いなんてしたくないのだが。
しかし、ここまで言われては、いくら断り文句を並べても無駄かと諦める。
仕方なくホムラの手を取り、部屋の中央へと歩く。
「左手は私の手に、右手は私の腰に添えてください。そうです。あとは私に身を任せていただけますか?」
「身を任せる?どうやれば…」
話し終える前にホムラの動きに引っ張られる。そのステップにつられ、足が勝手に動いた。
ぎこちない俺の動きに合わせて踊ってくれているようだ。
足を踏まないように気をつけないと。
心なしか音楽のテンポもゆったりしているように聞こえる。
俺、上手く踊れているのか?
「ゼイン様、何も考えず、私を見てください」
楽しそうに笑うホムラ。
踊ってるだけなのに。そんなに楽しいのか?
こうして着飾っているホムラを見ると、俺とは次元が違う場所にいるのだなと思う。
普段は子どもっぽいところがあるのに不思議だ。
同じステップの連続に身体が少し慣れたとき、演奏がクライマックスに差し掛かる。
それに合わせて、ホムラがくるくると回転し、背中を反らせる。
俺が踊るの初めてだって知ってるのに、そんなことするなよ!
慌てる俺を見て、ホムラはイタズラっぽく笑う。
ホムラの表情は次々変わって忙しい。休んでる暇が無い。
演奏が終わると、周りから拍手喝采を浴びる。
次の瞬間、爆発音と共にガラスの割れる音が鳴り響いた。




