第32話 探る (1)
「マイロ伯爵」
城の廊下で前を歩く背中に声を掛けるレイム。
マイロはその声に足を止め、振り返る。
キーソンに頼んで、この時間に人が通らないようにしてもらっている。
マイロはベクター家の生まれで、ロムレスの中でも権力が強い貴族の家柄だ。
確か四十歳は過ぎていたと記憶している。
整えられた黒髪の中に白髪が見え隠れしている。
業務のストレスは多少抱えているのだろう。性格は至って真面目で、この国のために尽くしてくれている。
だが、個人的に会話することはあまりない。彼がどう思い、考えているかはよく知らなかった。
「レイム様。どうされましたか?」
「タオウとのこともある。何か困ったことはないかと思ってな」
「お気遣いありがとうございます。ですが、戦火に巻き込まれたときに備えは整えております」
「それは心強いな」
「レイム様の方こそ、お身体にお気をつけください。ハクト様と共にこの国を背負っていただかなくてはなりません」
「もちろんだ」
ホムラについては何も言わないか。
彼にとってホムラは表に立つことはない存在だと認識しているようだ。
チェイズの報告は正しかったようだ。
「実はホムラが襲撃に遭ったんだ」
「…存じております。ホムラ様には自然の多い場所で静養していただいた方がいいのではないかと思いますが」
「ホムラにはこの城にいてもらわねば困る」
「何故です?」
「家族だからだ」
淀みない眼で告げるレイムを、マイロは怪訝な表情で見る。
家族だというなら、尚更彼女を遠ざけるべきだというのに。
彼女の護衛をするためにロムレスの兵が何人も傷ついている。
その事実を彼女が良しとしているはずがない。
「貴殿の憂いも分かるが、それでも俺はホムラを守り抜くと決めている」
「左様でございますか」
マイロの考えを見透かしたように話すレイム。
考え方の違いなのだ。これ以上、何を言っても無駄だろう。
「ところで、その襲撃者から奇妙な話があがってきてな」
レイムは本題を切り出した。
「…奇妙な話ですか?」
「オドールという兵士を知っているか?」
「私は存じ上げませんが」
「その者がホムラを誘拐しようとしたんだが、その彼を唆した者がいるらしい」
「その男が罪を逃れたくて嘘を言っているのではないですか?」
「裏は取れている。間違いなくオドールの裏に少なくとももう一人いる」
「それは穏やかではないですな」
「全くだ。貴殿も怪しい者を見かけたら一報くれ」
「かしこまりました」
マイロは静かに去っていく。
これといった反応は無かったな。
あとは今の話を聞いて、彼が何か動きを見せるかどうかだな。
◆
ゼインはログとシリルを引き連れ、兵士が訓練しているという兵舎へ向かった。
城の中では西に位置しており、レンガ造りでできた建物だった。
屋上には砲台まである。
ここは迎撃の起点としても機能しているようだ。
行くと、既に兵士達が広場でランニングをしている。
三十人くらいはいるだろうか。
今、勤務している者も含めれば、かなりの大所帯だろう。この広い敷地を警備するとなれば当然か。
兵士を監視するように立つ男が一人。
背筋が伸び、その顔立ちには凛々しさが際立っていた。
風貌からして、彼がここの団長ヤトムだろう。
年は二十代後半くらいだろうか。
兵士には青少年が多い。
それだけ兵士として長く生き残るのは難しいということだろう。
ゼインは男に歩み寄る。
「ヤトム団長ですか?ゼインと言います」
「ああ、君か。レイム様から話は聞いている。今日、彼らは一日訓練なんだ。ランニングが終わったら参加してくれ」
「分かりました」
ゼインは準備体操した後、兵士達の訓練に加わる。
最初はスクワット、腕立て伏せ等の筋力トレーニングだった。
筋肉痛で身体が重いが、まだ耐えれる。
次は二人一組になって、一人が馬となり、もう一人をおぶって障害物を避けながら走る、というものだ。
これは怪我人を運ぶことを想定しての訓練だろう。
相方を運びながら走っていると、こちらを睨みながら走る男がいた。
なんだ?
男はその後のトレーニングも事あるごとに張り合ってくる。
何なんだ一体。
でも、負けてやるつもりもない。
勝ったり負けたりを繰り返してる内に休憩となった。
すると、張り合ってた奴が近づいてきた。
年は俺よりいくつか上そうだ。
男の目に敵意を籠もっているのが分かった。
「おい、お前」
「何?」
「名前は?」
「まずあんたから名乗るのが筋じゃないの?」
「俺はイラギだ」
「ゼイン」
「どんな手を使ったか知らないが、レイム様に取り入ってるらしいな。だが、俺の方が優れているとすぐ分からせてやる」
レイムに取り入っている?
何か勘違いされている気がするが、否定するのも面倒だ。
「次は対人戦の訓練だ。お前の相手は俺がしてやる」
周りが「また言ってる」「いつもの新人潰しか」と兵士らが囁き合っている。
目の敵にされる理由が分からないが、売られた喧嘩は買ってやる。
対人戦が何試合か行われた後、イラギとの順番がやってくる。
周りの兵士らも注目しているようだ。
「あの人はどんな人なんですか?」
ログがヤトムに尋ねる。
「そうだな…プライドが高くて、あまり協調性はないな。だが、実力は確かだ」
ゼインは大丈夫だろうか。
ハクトに打ち倒されている姿を思い出す。
「大丈夫ニャ。ゼインが勝つニャ」
「え?」
シリルは自信を持って言い切った。
何か感じ取れる物があったのだろうか。
審判の兵士が両者の準備が整ったことを確認し、号令をかける。
「では、始め!」




