第31話 フードの男
捕まった兵士は、名をオドールというらしい。
元々裏稼業で暮らしていた人物だった。と言っても、どこの組織にも属さず、小さな盗みをしていた程度らしい。
ある日、酒屋で飲んでいると、フードを被った男からホムラの誘拐を依頼されたという。
王族の誘拐なんて即刻処刑される大罪だ。
オドールは当然フードの男の依頼を断った。
だが、その男が懐《ふところ》から出した物にオドールは目を奪われ、驚愕した。
それは二人分の小指だったのだ。
小さな緑色の宝石がついた指輪をしている指。
まだ小さく幼さが残る指。
瞬時にそれが妻と娘の指なのだと悟った。
切断したときの様子を楽しげに話す男に、こいつは普通じゃないとオドールは思った。
震えるオドールに男はもう一度尋ねた。
「姫を攫うか、妻と娘を殺されるかどちらがお望みだ?」
オドールは王女の誘拐を引き受けた。
その答えを聞いて、フードの奥でニヤリと白い歯が見えた。
「さすがだ、兄弟!」
男は急に馴れ馴れしく肩を組み、酒を注いできた。
「王女を攫うための手引きは手伝おう。上手くやれば、お前の家族は解放しよう」
それからオドールは兵士として潜り込んだ。
元々長期の任務だ。
すぐチャンスが来るとは思っていなかったが、三ヶ月経ったある日、ホムラの護衛として任命された。
恐らくフードの男が裏で手を引いているのだと思ったそうだ。
それから運ばれてくる料理に薬を仕込んだり、夜襲をかけたりしたが、護衛に阻まれ失敗に終わった。
運良く正体はバレなかったが、警戒が強まってしまった。
自宅宛に定期的に暗号にした報告をあげていたので、その旨も記したが、毎回『ニンムゾッコウ』の文字が並ぶだけだった。
だが、あるとき『キョウカイニヒメアリ。カクニンシタラサラエ』と書かれていた。
そして、どうやって入手したのか知らないが、教会の鍵も同封されていた。
言われた通り教会の中を覗き込むと、本当に王女の姿があった。
しかも、護衛もつけず一人でだ。
それから彼女を襲う小型の弓を調達した。弓は使い慣れているし、発射時の音もしない。足に当てれば、捕らえるのも容易だ。これほど都合のいい武器はない。
誘拐した後の逃亡ルートも選定した。
後は実行するだけだ。
だが、彼女は毎日教会に来るわけではなかった。
チェイズの監視から逃れたときだけ、息抜きのように来ているようだった。
非番の日、いつものように教会の二階で待っていると、ようやくホムラ様が現れた。
彼女は一人ではなく、着飾った少女も一人いたが、護衛ではなさそうだ。
これを逃せば次はないかもしれない。
ここで仕留める。
しかし、発射した弓は連れの少女によって防がれてしまった。
初撃を外せば、奇襲の成功率は格段に下がる。だが、もう後には退けない。
追撃の弓を放つが、座席に阻まれ、ホムラ様に当たることはなかった。そのうえ、連れの少女の妨害でホムラ様に逃げられてしまった。
これ以上ここに残るのは得策ではない。
オドールは急いでその場を立ち去った。
宿舎に帰ると、兵士らが自分の部屋に押し入ってくるのでは、と気が気ではなかった。
それでも運良く、襲撃者の正体が自分だとバレなかった。だが、その日は一睡もできなかった。
暫く大人しくして、また別の手段を考えなければ。
そう考えた矢先、ログという少年に襲撃者だと見破られてしまった。
◆
「ということだそうです」
ホムラを襲った兵士から聞いた証言をチェイズが代弁する。
急展開の幕切れから一転し、ゼインはレイムの執務室でログと共に彼女の言葉に耳を傾けていた。
「建国祭の前にホムラを襲う人間を捕らえられたのは良いことだが…」
「はい。新たに別の問題が出てきました」
「あの、別の問題って…」
レイムとチェイズの話が飲み込めなかったログは、チェイズに尋ねた。
「オドールに依頼を持ち掛けた人物の存在です。彼の証言が正しければ、ホムラ様の護衛として任命されたのはフードの男の手引き、ということです」
「入隊後三ヶ月でホムラの護衛を任される、というのも何かしらの裏工作があったと考えていいだろう」
レイムは深いため息をつく。
「なかなか心が休まらないな」
「オドールには依頼主との定期報告は続けてもらっています。それと、人質になっていた彼の家族についても調べましたが、既に二人とも殺害されていました…」
チェイズの報告に少なからず動揺した。
オドールの雇い主は、容赦なく人を殺す相手のようだ。
彼は助からない家族のために必死になっていたのか。
気の毒には思うが、フードの男の依頼を引き受けた時点でこうなることは予想できただろう。
力がなければ大切な物は奪われていくのだ。
「チェイズ、怪しい人物をピックアップしてくれ」
「かしこまりました」
「ゼインはハクトと稽古。ログとシリルはホムラの傍についていてやってくれ」
三人が部屋を出た後、キーソンはレイムに紅茶を淹れる。
「気休めですが」
「ありがとう」
レイムは紅茶から流れ出る匂いをゆっくりと吸う。
「うん、良い香りだ」
◆
それぞれの時間を過ごした翌日、再びレイムの執務室に呼び出されたゼインとログ。
「調べた結果、怪しい人物が二人浮かびました」
チェイズが調査結果を話し始める。
たった一日で城にいる人たちをもう調べたのか。
「まず一人目、マイロ伯爵です。政務官として勤め、城に常駐している方です。ホムラ様に対し、あまり良く思っていないという話が出ています。二人目は、ヤトム団長。騎士団団長であり、兵士の配置は彼が決めています」
「チェイズ、調査ごくろうだった」
チェイズが頭を軽く下げる。
「マイロ伯爵は俺が探りを入れよう。ヤトム団長はゼインが話を聞いてきてくれ」
「なんで俺が?」
「皆、建国祭に向け手が空かないからな。マイロ伯爵から自然に話を聞くには俺が出向くしかない」
レイムがキーソンに視線を向ける。
「調整いたします」
「ああ、頼む」
都合がつくのであればレイムが団長のもとへ行けばいいのではないか。
城のことはあまりよく知らないし、外の者がうろちょろしていれば怪しまれるだろう。
それに稽古のせいで全身筋肉痛だから、あまり動きたくない。
そのせいで研究も読書もろくにできてないのだ。
「じゃあ、そのヤトムって人もレイムさんが話を聞けばいいんじゃないの」
「いきなり俺が訪ねていけば不審がられるだろう。だが、ゼインはハクトと共に稽古に励んでいる。稽古の一環として、兵士らの訓練に参加してもらう。そうすれば自然に話が聞けるだろう」
確かにその方法であれば、俺でも自然に話は聞ける。
でも、タダ働きはご免だ。
「…いいけど、報酬は弾んでくれるんだろ?」
「これはホムラの警護の任務に含まれる。報酬は出せないな」
食えない男だ。
主導権はあくまで自分にあることを示してきた。
これ以上の交渉は無駄か。
「分かったよ。調べてくればいいんでしょ」
「よし、じゃあまた明日ここで報告するとしよう」
レイムの掛け声で、その場は解散となった。




