第3話 少女探し (2)
部屋にはベッドが二つ置いてあるだけの簡素な部屋だった。
「お前は床で寝ろ」
「…はい」
夕食はコブが買ってきたパンを部屋で食す。
甘くてしょっぱかったが美味しかった。
コブの目の前には山のようにパンが積んであったが、みるみる減っていく。
「こんなときに…」
ミナリは不機嫌そうに言った。
齧りついていたパンを置くと、空中に手をかざす。
すると、彼が人差し指につけている指輪の中央に埋め込まれている石が光を放つ。
その光の中に人影が映り込む。だが、暗くて顔はよく見えなかった。
「おい、ミナリ!いつまで時間かかってんだよ!」
映写された中から少年の怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるせえ!ルルフ、黙って待ってろ!」
「早くしないとボスの機嫌が悪くなるよ」
ルルフとは違う少女の声までした。
どちらも初めて聞く声だ。
遠い場所にいても話せるスキルだろうか。
便利なスキルだ。
「わあってるよ。テオスの欠片はぜってえ取り戻す」
「あれがないとボスの目的は果たせないんだ。これで取り逃したら、分かってるよな?」
「ああ」
「分かってるなら早く取り戻して」
話し方からして、ミナリより立場が上なのかもしれない。
思っていたより彼らが属する組織は大きいのだろうか。
「ミルル、狭いからあっちいってろ!」
「早くケリつけろ、いいな?」
指輪から光が消えると、ルルフ達の声は聞こえなくなった。
苛立ったミナリがベッドの脚を思いっ切り蹴飛ばす。
「くそがっ!」
「ミナリ、落ち着け」
「分かってるよ!」
「分かっていない」
ミナリは舌打ちをすると、布団を頭まで被った。
「もう寝る!」
ふて寝したミナリを起こさないように、コブは電気を消した。
ゼインは床に寝転がる。
『テオスの欠片』。
ルルフが言っていた物は奴らにとって重要な物であることは明らかだ。
それがユーリが追われていた理由だろう。
今ゼインの手元にある石がそれなのではないか。
だとすると、何故彼女はそんな物を託していったのか。
いや、今はそれよりも二人をどう殺すか、その算段を立てなければいけない。
二人を同時に相手するのは厳しい。
できれば一人ずつ仕留めたい。
基本的に二人で行動するが、単独行動がないわけではない。
チャンスは必ず来る。
そのためには、奴らを殺せる武器を用意しなければいけない。
それに奴らは殺しに慣れている。
そう簡単には殺せない。
奴らの不意を突くような策も考えなければいけない。
夜が更けた頃、ゼインは目を開ける。
ベッドで寝る二人の様子は分からないが、今も寝息を立てている。
音を立てないようにそっと起き上がる。
部屋を出ようと扉のドアノブに手を掛けたとき、
「どこへ行く?」
振り返ると、ミナリとコブがゼインをじっと見つめていた。
物音は立てていないつもりだったが、どうして分かったのだろうか。
「ちょっとトイレに…」
「逃げようなんて思うなよ。てめえの首なんて二秒で落とせる」
首を切るような仕草をしながら笑うミナリ。
「…はい」
部屋に戻ると、ミナリがベッドに座っていた。
ゼインが戻って来るかを確認したかったのだろう。
心配しなくても逃げるつもりなど全くないのに。ご苦労なことである。
「遅えぞ」
「すみません、お腹を壊してしまって…」
ミナリは舌打ちをすると、またベッドに横になる。
「早く寝ろ」
「はい」
目を瞑ると、ゼインは昨日からの疲れがどっと押し寄せる。
気づいたら深い眠りに落ちていた。
「起きろっ!」
「ぐはっ」
起き抜けにミナリに腹を蹴られた。
ゼインは痛みと怒りを堪えながら起き上がる。
床で寝ていたから、身体の節々が痛かった。
まだ朝日が昇ったばかりのようだ。
朝飯を済ませると、また聞き込みをしてまわった。
昼を過ぎた頃、冒険者の男がユーリと似た少女を見かけたと話した。
「そいつ、どこへ向かったか分かるか?」
「あんた達、何者だ?」
フードを被る三人組を男は警戒しているようだ。
ミナリがフードを取るとコブも顔を出した。ゼインも倣ってフードを取る。
「俺達は家出をした妹を探してるんだ。俺達が探していると分かったら警戒するだろうから、こうして身元を隠して探してる」
警戒していた男の顔が和らいだ。
男は安心したように話し始める。
「ああ、そういうことか。確かに、その子何かに追われてるって感じで走っていたなあ」
「で、どこに向かって行った?」
「タオウの方に行ったのは見たけど」
「タオウか…。助かった。感謝する」
「いやいや、これくらい。妹さんが見つかっても、あまり叱らないであげてくれ。彼女ボロボロだったから」
男はユーリを追い詰めたのが目の前にいる男だとは思っていないだろう。
「タオウか、潜り込まれると厄介だ。すぐに追うぞ」
早々に街を出ることになった。
街に入った門とは正反対の場所にも同じように門が構えられていた。
こちらは向こう側と違い、人の行き来が少なかった。
石橋を渡った先には、さらに平地が広がっていた。
ミナリ達は左に曲がると、やや早歩きで進む。
ゼインはコブに小声で尋ねる。
「あの、タオウに行かれたらまずいんですか?」
「あそこ警備厳しい。俺達、自由に行動できない。だから、あそこで見失ったら、俺達困る」
ミナリはすれ違う人にユーリのことを尋ねるが、目撃者は現れなかった。
「もしかすると迷宮の森を通ってるかもしれねえな」
ミナリは進む方向を変えて歩き始める。
「迷宮の森?」
「森入ったら出られない」
「そんなとこ入ったら僕らも出れなくなるんじゃ…」
「迷ったら、俺、木を全部倒す」
とんでもないことを言ってのける。
いや、こいつの怪力なら可能だろう。顔を歪める程の力を持っているのだ。
ゼインは拳を強く握りしめる。こいつらを早く殺したくて仕方がなかった。
慌てて深呼吸をする。
今は取り乱してもしょうがない。まずは冷静になって隙を見つけなければ。
暫く歩くと森が見えてきた。
ミナリは躊躇いもなく足を踏み入れる。
「あったぞ」
森のすぐ傍にある木の根本辺りに足跡が残っていた。
大きさからしてユーリの物で間違いないだろう。
足跡を追いかけながら森の中を進む。
日が暮れても尚、二人は歩き続ける。
奴らの体力は底なしなのか。
ゼインは次第に二人から距離が開き始める。
「ミナリ、少し休憩しよう」
ミナリは舌打ちをすると、開けた場所にある切り株に腰を下ろした。
木に背を預け座るが、足は棒のように重い。朝から歩き回っているから当然だ。
赤い木の実が足元にいくつか転がっているのに気づく。
リーチェだ。
昨日、ノルシが持ってきた木の実の中にもあった。
土を払うと口に含んだ。
まだ成熟してないからか酸味が強くて美味しくなかった。
さらに運よく地を這うワームがいた。
ゼインはミナリ達にバレないようにワームとリーチェを並べて調合すると、赤い色の液体を作り出した。
「何だよ、それ」
ミナリがゼインを覗き込むように囁いた。
ヒッと身体をのけぞらせる。
「こ、これを傷口に塗ると毒消しに使えます」
ミナリは何か怪しむように赤い液体を見た。
「お前、その薬を飲め」
「え?」
「毒じゃないなら飲めるだろ」
これが毒じゃないかと警戒しているのか。
小瓶に入った液体を少し飲むが、ゼインの身体に変化は起きなかった。
「ほら、大丈夫ですよ。毒じゃありません」
「ふん、ならいい」
瞬間、ミナリとコブの顔色が変わった。
臨戦態勢を取る二人は同じ方向を向いている。
何かいるのだろうか?
ゼインはそっと茂みの後ろに隠れた。
足音が近づいてくる。
とんでもない奴がこちらに向かってくると、ゼインにも分かった。
森の奥から現れたのはマントを羽織った中年の男だった。
銀髪に青い瞳を持つ、その男にミナリは大声で叫んだ。
「やっぱりてめえか、シュナイダー!!」




