第27話 それぞれの時間 (1)
「警護なら兵士達に頼めばいい。わざわざ俺がやる必要ないでしょ」
「近頃、ホムラの命を狙っている者がいる。調べさせてはいるが、まだ尻尾が掴めていない。建国祭には数多くの人が出入りする。兵士には当然警護にあたってもらうが、不測の事態に備えて君にも頼みたいんだ」
不測の事態。
万が一、ホムラが怪我を負ったときに治療してほしいってことか。
「悪いけど、前の依頼の報酬が果たされてないのに、次を受ける気にはならないね」
「ふむ、それもそうか。では今回はすぐ渡せる報酬ならどうだ?」
「どういうこと?」
「城の書庫には様々な地方からの書物が保管されている。医術や剣術の資料以外にも花や木の実、魔物の図鑑もある。中には街で出回っていない物もあるだろう。引き受けてくれるなら書庫の出入りを許可しよう。書物は自由に読んでもらって構わない。これでどうだ?」
街に出回ってない本だと?
足元を見られたものだ。そんな物で俺が釣れると思ってるのか。
「やります!」
目を輝かせ、身を乗り出して答えるゼイン。
ゼインの回答にレイムは満足そうに頷いた。
「チョロいニャ」
「ほんとに」
ゼインを呆れながら見つめるログとシリル。
研究のことになると、知能指数が低くなる癖は治してもらいたいところだ。
レイムはログへと視線を移す。
「それと、ログとシリルにはホムラの話し相手になってもらえたら嬉しい。ホムラもきっと喜ぶ」
「報酬はニャいのか?」
「シリルまでなに言ってるの!」
「もちろんある。引き受けてくれるなら、今よりグレードを上げた食事を用意させよう」
「任せるニャ!」
誇らしげな表情を浮かべるシリル。その口元にはよだれが見えていた。
うんうんと笑顔で頷くレイム。
「シリルもチョロいじゃん…」
「ログくんにも何か褒美を取らせようか?」
「いえ、僕は大丈夫です。こんな贅沢な生活をさせてもらってるだけで充分なので…」
「ログも欲出してけよ」
「そうニャ」
「いいから、二人は黙ってて」
二人の目に金貨が見える気がするが目を合わせないようにした。
ゼインはともかく僕の依頼はホムラ様と話すことだ。大して難しくもない。
それに報酬を要求するのは何か違う気がした。
「三人ともありがとう。実は兵士達にもう話は通してある。書庫も自由に使って構わない」
元々この依頼は俺たちに受けさせるつもりだったのか。
もっと報酬をふっかければよかったと悔やむゼイン。
三人揃って執務室を出る。
「部屋の場所も聞いたし、僕はホムラ様のところに行ってみるよ」
「俺は書庫に行く」
食い気味に告げると、ゼインは足早に去って行った。
シリルと共にホムラの部屋の前に行くと、兵士が二人立っていた。
見るからに厳重な警備だ。
ログに気づいた兵士がギロリと睨む。
「何者だ」
「あ、あの、僕はログウェルと言います。ホムラ様とお話がしたいんですが…」
「よそ者がホムラ様と話すなんて許されるわけないだろ!」
き、聞いていた話と違う。
このままでは門前払いになってしまう。
レイム様に説明してもらうしかないか。
すると、部屋の扉が静かに開く。
「許されています」
部屋の中からショートカットの金髪女性が顔を出した。
この人は確かホムラ様の後ろに控えていた人だ。
兵士が背筋を伸ばしている。どうやらこの人の方が偉いらしい。
「レイム様から話は聞いています。どうぞ、お入りください」
「し、失礼します」
話が通じてる人がいて良かった。
中に入ると、部屋まで伸びる長い廊下が続いていた。
金髪の女性は格式高そうな格好をしている。
この人もホムラ様の警護をしているのだろうか。
女性はくるりと身体を翻すと、丁寧にお辞儀をする。
「私、ホムラ様のお傍を任されております。チェイズと申します」
「あ、ログウェルです。よろしくお願いします」
慌ててログも頭を下げる。
「ホムラ様はお部屋にいらっしゃいます。どうぞ」
先導して歩くチェイズについて行く。
部屋に入ると、そこは尋常じゃないほど広い部屋だった。
今泊まっている部屋の何個分だろうか。
ぬいぐるみが積まれている場所、本棚が置かれてる場所、天蓋付きのベッドがある場所、何箇所にも分かれてそれぞれスペースが作られていた。この部屋だけで生活できるようにしているのか。
しかし、それよりも目を引いたのは部屋に窓がないことだった。
命を狙われている。
その言葉の重みをようやく理解した。
部屋の中央でポツンと座る少女と目が合う。
昨日はレイムの後ろに隠れて、あまりよく見えなかったが、その姿はまるで人形のように美しかった。
でも、その表情はどこか寂しさを覗かせているような気がした。
「あなた、さっきの…」
「ログウェルと言います。ログとお呼びください。こっちはシリル」
「ログとシリルね。私のことはホムラと呼んで」
「え…」
王族を呼び捨てだなんて失礼にあたらないのだろうか。
ホムラの後ろに控えていたチェイズが僅かに頷いた。
「ダメかしら…?」
「いえ、そんなことは…。では、お言葉に甘えます」
「ホムラ、よろしくニャ」
挨拶をするシリルを見て、目を見開くホムラ。
「その子、キャトリアよね?喋るの!?」
「あ、そうなんです。シリルはなんでか喋れるんです」
「シリルは凄いニャ」
「かわいい!!」
「ニャあ!?」
ホムラはシリルを強く抱きしめる。
「ホムラ様!そんなに強くしてはいけません!」
身動きがとれないシリルを見て、チェイズが慌てて制止する。
シリルは息苦しさから解放されると、ログの後ろに隠れた。
「あ、ごめんなさい…嬉しくて、つい。うちにもキャトリアがいるんだけど、いつもお母様の傍にいるから、あんまり触ったことなくて」
「僕たち暫く城にいるので、シリルでよければいつでも触ってください」
「優しくなでなでしてニャ」
ホムラは恐る恐るシリルを撫でる。
次第に慣れ始めると、シリルは気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。
「そういえばログは今いくつなの?」
「十二歳です」
「じゃあ、私が一つお姉さんね!ログは、その、ゼイン様と兄弟なの?」
「いえ、今は訳あって一緒にいるだけで、兄弟とかじゃ…」
「そうなのね。その、ゼイン様のこと、色々教えてほしいの。いいかしら?」
顔を赤らめながら、指遊びをするホムラ。
そういえば二人はもう顔見知りだって言っていたな。
ログはゼインに対してホムラの様子がおかしかったのを思い出す。
まさかゼインが何か失言をしたんじゃないだろうか。
「それは全然いいんですが…。もしかしてゼインが失礼なことしなかったですか?」
「そんなことないわ!それどころか…」
ホムラは自らの腕をそっと擦る。
「ねえ、私の腕のことは聞いた?」
「あ、はい。レイム様から…」
「私の腕を初めて見る人はね、皆、不気味がるの。怖いって。でも、あの方は嫌な顔せず、私の腕の傷を治してくれたの。まるで本に出てくる王子様みたいだった…だから、あの方のことをもっと知りたいの!」
本来のゼインを知ったら幻滅しないだろうか。
しかし、知りたいと言われれば隠すこともない。
レイムからゼインへの依頼もあるし、いずれゼインの性格は知られることになる。
今隠したところで意味はないか。
「僕でよければ知ってる限りゼインの話をしますよ」
チェイズがティーセットと茶菓子を持ってきた。
「ホムラ様、お茶をご用意いたしました」
「ありがとう」
「本日は、バタフライ・フレールでございます。淑女のお二人にふさわしい紅茶です」
「淑女のお二人?チェイズ、一人の間違いではなくて?」
チェイズは首を横に振る。
ログの顔が少し赤くなる。
まだ城の人には言ってないのに。どこで分かったんだろう。
ホムラはログを数秒見た後、ようやくその意味を理解したようだった。
「え!?ログ、あなた女の子なの!?」
「…あ、はい」
「わーっ!私同い年くらいの女の子と話したことないの!嬉しい!」
ホムラは両手を合わせ、満面の笑みを浮かべた。




