第26話 火傷の理由
彼女はレイムの妹だったのか。
それなら何故昨日レイムの名を出したとき逃げ出そうとしたのだろう。
「もしかして二人は仲悪いのか?」
「何故そう思う?すこぶる良いが」
ホムラはまだレイムのマントに隠れ、チラチラとこちらを覗き見てくる。
いや、そもそも兄の後ろに隠れるなんて、仲が良くないとやらないか。
レイムは不思議そうにゼインを見る。
事情を話そうとするゼインを見て、ホムラは慌てて話すなとジェスチャーをする。
しかし、その動きはゼインの視界には入らなかった。
「いや、だって昨日の夜、庭でたまたま会ったとき、レイムさんの名前出したら走って行ったから…」
レイムの表情が笑顔のまま固まる。
その表情の裏にとてつもない圧を感じた。
ホムラはレイムから慌てて離れ、明らかに動揺していた。
「ホムラ、どういうことだ?」
「…違うの、レイム兄様…その…少し外の空気を吸いたかっただけなの!」
「無事だったから良かったものの、一つ間違えたらどうなっていたのか分かっているのか!」
「ご、ごめんなさい…」
「まあ、いい。今日は部屋にちゃんといるんだぞ」
「…はい」
ホムラは使用人と思しき金髪の女性に連れられ、城の中へと戻っていった。
それにしても妹に対して過剰な反応な気がした。
ホムラはロムレスの姫にあたるはずだ。その彼女が城の庭に出ることに何か問題があるのか。
「ゼイン、話があるんだ。執務室に来てくれないか。ログも一緒で構わない」
執務室に入ると、レイムはゼイン達にソファに腰掛けるように促した。
レイム自ら紅茶を人数分淹れる。
ひと口飲んで落ち着いたのか、息を軽く吐いた。
「実は普段手袋で隠しているが、ホムラの腕には火傷の痕があるんだ」
「ああ、それなら昨日見たけど」
「話が早いな。あの腕は大陸中の名医と言われるどんな医者に尋ねても治せないと言われた。だが、ゼイン、君なら治せるんじゃないか?」
ゼインは顔を落とし、ホムラの腕の痕を思い出す。
普通の火傷なら治すことはできる。
詳しくは見ていないが、あれは普通の火傷ではない。
皮膚の細胞が焼かれているような、そんな感じだった。
昨日の様子からして腕は動かせていたから、筋繊維まで破壊されていないようだが、それでも治せると断言することはできなかった。
「…難しいと思う。普通の火傷なら治せる。でも、あの腕は細胞自体が破壊されているように見えた。それを治すのは今の俺にはできない。腕を動かせているのも奇跡的なくらいだ」
「そうか…。ホムラの腕は動かせはするが重たい物は持てないし、指も細かくは動かない。昔はピアノを弾くのが好きだったが、それも叶わなくなった」
残念そうに顔を落とすレイム。
スキルでなら治せると期待していたのだろう。
レイムが俺を留まらせたのは、ホムラの痕を治せるか確認したかったのもあったのもしれない。
一国の姫にそんな傷があると知られれば、好ましく思わない人も出てくるだろう。
あの肌で彼女の今後が変わってくるのだ。
「あの火傷は何でできたんだ?」
「…あれはホムラ自身がスキルを使ってついた傷だ」
こんなに辛そうに話すレイムを初めて見た。
自分自身でつけた傷とはどういうことなのか。
ゼインの疑問に答えるようにレイムが補足する。
「ホムラのスキルは強力だが、代償として自分の身体が焼けてしまう。あの痕も子どもの頃にできたものだ」
◆
十年前。
城の外に行ってみたい、というホムラの願いが聞き入れられ、三兄妹揃ってロムレス近郊の草原に出掛けていた。
もちろん厳重な警備を敷いていた。
ホムラは同世代の子が周りにおらず、一人で過ごすことが多かった。
レイムとハクトも剣術やスキルの稽古に時間を取られていたので、三人揃うのは久しぶりのことだった。
「レイム兄様、見て!綺麗なお花を見つけたの!」
鮮やかな花々を手に持ち、駆け寄るホムラ。
楽しそうにはしゃぐホムラを見て、レイムとハクトも嬉しそうに微笑む。
「本当だな。どこで見つけたんだ?」
「あそこの丘に咲いてたの!」
ホムラの手にある花の中に、四つ葉の青い花を見つけた。
「ホムラ、この花は珍しいものだぞ」
「そうなの?」
「ああ、多くは三つ葉なんだ。だから、見つけた人には幸せが訪れると言われている」
「じゃあ、レイム兄様にあげる!」
「でも…」
「ハクト兄様と私の分も探すから大丈夫!」
そう告げて、ホムラはまた走り出す。
キーソン達が慌てて追いかけている姿は見ていて面白かった。
そちらに視線を奪われて、自分の背後に賊がいるなんて思いもしなかった。
「お前が第一王子だな、その首もらうぞ!」
全く気配がしなかった。
何かのスキルか?
いや、それよりも早く逃げないと。
身体が動くより前に男が振り下ろすナイフが自分に刺さると直感した。
「レイム兄様!」
ホムラの声と同時に男は一瞬で黒炎に包まれた。
苦しみもがく手足。独特の悪臭。
その炎は水をかけても消えることはなく、賊の亡骸を焦げ炭にするまで消えなかった。
遠く離れたホムラの瞳は赤く変化していた。あの子がスキルを使ったのだとすぐに分かった。
それが、ホムラがスキルを発現した日になった。
「うぅっ…痛い…」
座り込むホムラの手は赤黒く染まっていた。
医師に診せると、それはスキルを使ったことによってできたもので今の医術では治せないと言われた。
ホムラは痛みに苦しみ、夜も眠れないほどだった。
俺が油断せず賊に対処していれば、ホムラにこんな思いをさせずに済んだのに、と自分の不甲斐なさを痛感した。
◆
「だが、悲劇はまだ続いた」
レイムは両手を強く握りしめ、再び重い口を開いた。
「ホムラの能力は、眼に映る対象を灰になるまで燃やし続けることだ。『滅びの焔』と言う者さえいた。だが、どこでどう広まったのか、その力を利用しようと考える輩が次々と現れた。そいつらを倒すために、ホムラはスキルを何度か使ってしまった」
ホムラの赤黒い肌は肘まで広がっていた。
あれ以上広がれば、もう二度と腕を動かせなくなる可能性もある。
最終的には……。
「このままスキルを使い続ければ、ホムラは命を落とすことになる」
だから、レイムはホムラが外に出ることに、あそこまで過敏になっていたのか。
一人でいるときに賊に襲われれば、スキルを使わざるを得ない。
「だから、普段は警備を兼ねた使用人がいる部屋で過ごしている。ホムラに窮屈な思いをさせてしまっているのは分かっているが、命には代えられない」
花を愛でるホムラはとても幸せそうだった。
きっと花も楽器も外の空気も好きな至って普通の少女なのだ。
だが、彼女の立場と力がそんな普通を許さなかった。気の毒としか言いようがない。
レイムは姿勢を正すと、ゼインを見据える。
「ゼイン、建国祭の話はしただろ?」
ゼインはこくりと頷く。
「建国祭には必ず王族が出るしきたりになっている。だから、君にホムラの警護を頼みたい」




